外面大悪党は今日も戦火に這い寄られる

時偶 寄道

第1話 依頼其の一、米特殊部隊を撃滅せよ1



 誰かに成りきるということを経験したことがあるだろうか。



 おそらくだが、大多数の人はイエスと答えるのではないだろうか。最も身近な例としては、ドラマなどで見られる演劇があげられるだろう。その物語の登場人物に自分を重ね、物語を後世する一つの要素となる。そこにどんな人物がいてどんな性格の持ち主がいようとも、それは脚本に登場する架空の人物であり、演じている役者などではない。

 自分でない別の誰かになる。それはある種の現実との乖離であり、現実を忘れられる時間でもある。自身に登場人物という殻を纏い、現実と直接触れ合うことを絶つ。触れたくない現実がある者にとって、その時間は何よりも甘美で魅惑的なものだ。



 かく言う俺も、そんな魅力にとり憑かれた一人だった。場面ごとの登場人物の心情を理解し、どうすればそれを表現できるのか。そしてこの登場人物の行動で、他の登場人物はどう思うのか。そしてそれが、物語にどういった波紋を呼ぶのか。考えているその時間だけ、そこは現実とは物語の世界となり、一種の『現実離れ』という底なし沼に沈んでいくような感覚に囚われるのだ。そして沼に沈めば沈むほど、身体が自分の意識とは別に意思を持ったかのように勝手に人物を演じるという現象が起こることがある。その瞬間こそが、『俺』という人物が完全に世界から切り離される瞬間であり、『俺』という個が消える瞬間である。その時に得られる何とも言えぬ感覚が、俺を掴んで止まなかった。俺はその感覚を味わい続けたいという、ある種の禁断症状に似た勢いでひたすらに演劇に打ち込み続けた。



 中学、高校と、日本に存在するそれなりに名門と言われる学び舎で学を得て、同じ市内に存在する有名な事務所に見習いという形で籍を置かせてもらい、『演じる』ということにひたすらに打ち込む毎日。学校生活という現実(リアル)では仮面を纏った自分を演じ続け、そして事務所にて現役で活躍するプロの役者に手ほどきを受け、たまに映画のスタントマンの一人として参加させてもらったりと、それなりに忙しかったが充実した毎日を送っていた。




 だがそんな俺の生活は、高校最後の夏休み。飛行機事故に巻き込まれて一変することになる。






◆◇◆◇






「あ~暑ぃ~」



 温暖化の影響を身体を張って実感するようになった今日のこの頃。三階建てのオフィスの二階、仕事場の机に突っ伏して照り付ける日差しに苦言を申す男がいた。日本人に多く見られる黒髪に黒のタンクトップに黒とグレーのカーゴパンツといういで立ち。その体つきは鍛えていることがすぐわかるほど引き締まっていた。外気に晒されている上腕には鍛えらえれ、そして絞られた筋肉がびっしりと付いている。

そして、彼のすぐそばには平然と二挺の拳銃が置かれていた。


 ストレイヤーヴォイト・インフィニティ・カスタム


 使用者の要望に合わせてカスタムしやすいという利点から、世界中に愛用者を持つ銃だ。そして彼の銃もその例に洩れず、かなりカスタムが加えられ、尚且つ使い込まれている。どれほどその銃をホルスターから抜いたのか、それは容易に察せられるものではなかった。

 ここは銃の規制が緩いのか、とか思う者もいるかもしれないがそんな生温い話ではない。すぐ外の大通りを見てみればそれがよくわかるだろう。


 体中に刻まれた刺青に何本も耳につけられているピアス。厳つい顔つきに、服越しにもわかる鍛えられた筋肉。サンサンと照り付ける太陽に焼かれた肌を露出させ、堂々と歩くその様はまさにその手の人間と思わらざるを得ない。いや、まあ実際にその手の連中なのだが


この街の名は『アトロシャス』


 アジア大陸の沿岸部に位置するこの街は、人口が極端に少ないわけでも、何か世界有数の特産品があるというわけでもない。にも拘わらず、この国は世界で知らぬ者はいないほどに有名な場所だ。この都市の蔑称は、『犯罪横行都市』、『犯罪者の吹き溜まり』、『悪の掃き溜め』etc……。世界でもぶっちぎりでワーストワンを誇る治安の悪さ。銃の売買に制約など皆無で、麻薬や人身売買に殺人……。思い浮かぶ犯罪は日常茶飯事で、何もない平和な日が続けばそれは嵐の前触れだとだれもが思うほどにどこかネジがズレている街なのだ。

 そしてここは陸路、海路の交易にも明るい場所。公にはマズい代物は基本この場所を通ってからは輸送されているとも言われており、それを狙って各地で暗躍するマフィアやギャングと言った後ろ暗い連中が勢力を伸ばしてきているのだ。



 ロシアン・マフィア『S.R.H』


 イタリアン・マフィア『ユニオン・コルス』


 香港・マフィア『玉樹會』



 老舗とも言える代表的な顔ぶれから、大捕獲劇を生き延びた生え抜きまで、どの組織も一様に世界を股に掛ける大組織と言える面々だ。彼らはそれぞれの幹部をこの地に送り込み、幾年にも及ぶ血みどろの勢力抗争を行ってきた。そして、このまま抗争を続ければ街が焼け野原になってしまう段階まで至り、そこで漸く停戦という条件に応じて双方矛を収めたのだ。

 その抗争の苛烈さは、一晩にして街の4分の1が瓦礫の山になるほどだったらしい。だがこれほどの凄惨な事件が起ころうとも、警察などといった連中は介入しない。殺されるのが目に見えているし、なにより彼らは各国政府とも繋がりがあり、そちらに利潤の一部を流しているのだ。そんな彼らを敵に回し、報復が来ようものなら一瞬にして自国の都市一つが焼け野原になること請け合いである。故に各国政府はここでどれだけ悲惨な事件が起きようとも関与しないし、報道すらさせない。全てはその地で起こり、その地で密かに闇に葬られるのだ。



 そんな街で暮らしていく上で、自衛手段を持たずに出歩くのはどうぞ殺してくださいと言っているようなものだろう。ここで法なんてものは道端の石ころのように平気で無視できるほど軽い存在だ。『力』というものが絶対のモノを言うのがこの街の掟であり全てなのだ。強者は生き残り、弱者は淘汰される。弱肉強食を絵にかいたような世界が、この街にはあるのだ。



 そして彼は、徐にその銃を手に取った。その瞳に、気だるげな様子は一瞬にして消し飛んだ。ただ冷徹に、まるで機械の如く情という温かみを排除じた無機質な色を映した瞳が、前触れもなく彼の目に宿る。マガジンの弾数を確認し、慣れた手つきでセーフティを外してからちょうど座席の右斜め前方にある入口に銃口を向ける。見る者がいれば、気づかぬ内に銃が向けられていたと感じられるほどの速度で向けられた銃口の先、入口の向こうから何やら複数人の足音が聞こえる。隠すつもりもないのか、堂々と歩いてくる統率のとれた足音は、優れた聴覚を持つ彼からしてみれば軍人だと一発で看破できた。そしてこの街で、軍人関係と言えば彼らしかいないだろう



「ハァイ、ジョーカー。あなたに仕事を持ってきてあげたわよ?」

「リェシール……お前がオレのところに来るときに限って、ロクなことになった覚えはないんだがな」

「ふふふ、そんなことは置いといて、その物騒な物は収めてくれないかしら? 私はもうあなたと殺り合うのはごめん被るのだけれど」

「ハッ、どの口が言うんだか。……まあいい。後ろに引き連れている部下も入れよ。茶くらいはだそう」



 後ろに部下を引き連れ妖艶に微笑むのは、この街で知らぬ者などいない『ユニオン・コルス』の幹部リェシール・ヴェナス・ハルフォート


 それに対するはジョーカーと呼ばれた男。本名不詳、経歴不明。そのプライベートが一切謎に包まれた男



 かつては互いに銃口を向け合い、鉛玉の飛び交う雨の中で命を奪い合ったこの二人は、今ではこうした親し気な友人に近い関係に位置しているのだ。






ここで、一つだけ言わせてほしい

































────どうしてこうなった……!





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