第7話 チンジャオロース
お題 「僕の嫌いな闇」
時間 240分
僕が、闇の世界で生きることを決めたことに特に理由はない。
なんとなくお金もってそうだからとか、有名なギャングに憧れてとかですらない、確か十代の時付き合っていたガールフレンドがウリをやっていて、その時のちょっとしたやんちゃが元で、そんな感じだ。
こう見えて上下関係が厳しい世界で、懐に違法なものを忍ばせて、ヘッドへの忠誠とグループの仲間への友情、男のプライドとメンツ、あとは女と酒といいお薬、そんなものにまみれてみれば、信号待ちの普通の親子連れを見てすら、あの母親を薬漬けにして風俗で働かせ、子供は売るというような楽しいことを平気で考えている。
意外かもしれないが最近は動画サイトにも口をきいている、有名Y〇uTuberの住所を特定してなんたらなんてお茶の子さいさいで、有名アニメのフリをしたお下劣動画を流させて英才教育したり、チャンネル開催も忘れてない。
とにかく儲かりそうなものなら皆、何、だいたい犯罪になったところで釈放金払っていればいいし、それすら色々ないい方法があるのだから、所詮世の中金、甘いものだ。
それでも、僕は、自分のしたことで、一つだけ許せない過ちがある。
この世界に入るとき、僕を女手一つで育ててくれたおふくろに「ピザ屋のバイトが決まった」と言い張ったことだ。
それからも「バイトから社員になった」等嘘をつき続け、たまに某店のピザを買うなどしてカモフラージュまでしていることだ。
高齢のおふくろはいつも「トムのお店のピザは美味しいね」と言ってくれる、足が悪く、家から殆ど出ない、目もろくに見えないおふくろは僕の言ってることをを疑いもしないだろう。
そう、俺はトム、ちょっとは名の知れたギャングなんだぜ。
いつしか僕の嫌いな闇が、僕にまとわりついていた。
そもそも人は光を知らなければ自分のいるそこが闇だと知るはずもないのだが。
それに闇こそ人の本質、人が光の中で休まるはずもない。
闇は嫌いではない、むしろ安らぐ……はずだった。
そう、ugly(アグリー)な彼女、全てあいつのせいだ。
あのブスは、いつだったかボスの命令でスパイに行ったパーティーでブスだから声も掛けられず壁の花になっていて、よりにもよって弱っちいガキんちょに絡まれてたんだった。
あんなブスに似合わないどこに売っているんだか知らない蛍光ピンクのドレス着て、困っているのかなぁ……と遠巻きに見ていたら、あのブス、ガキに肘鉄くらわしてやんの!
おぉ、あいつブスなりに度胸あるな、面白い女は僕は好きだ。と思ってさ。
なんとな~く跡ついてったら、ガキが恥かかされた仕返しになにか楽しそうな話をしていたから、ガキんちょとちょっと遊んであげたのよ。
こんな僕の働きは遊んであげたガキ以外誰も知らず、褒美といえば彼女の配ってたカードぐらいで、僕はカードに書かれたSNSで彼女の無事を知ってにやけるだけ。
ボスには「帰りが遅い」とお小言。
ブスはバービーというらしい。
デブスのバービー人形、キマッテル。
面白いギャグだな、SNSは糞つまんねぇけど。
俺は暇つぶしにバービーの行きそうなとこを特定してこっそり行ってみた。
ちいさなスーパー、吹けば飛ぶよな冷凍食品とインスタントと缶詰、そこで値段とにらめっこする彼女。
ブスの瞳がよけい小さく見えた、なんか可愛くてな。
「野菜が高くて困りますね」
なんてたわいもないことで話しかけたのよ、もちろん、野菜なんか食うか。
「えぇ、お陰でいつも冷凍品です」
その日は休日ってこともあり、ラフな服装をしてたから、僕はその辺の人に見えなくもなかった。
「僕、ピザ屋をしているトムと言います、もしよろしければ、サラダ無料券差し上げますよ」
気まぐれに、くすねたピザ屋の無料券を差し出す。
「ありがとうございます!これで家計が助かります!」
満面の笑顔は、見れなくもなかったんだ。
それから、僕たちはハイスクールみたいなデートをした。
ソフトクリームを食べて遊園地で遊んだり、デパートで買い物したり。
そうそう、野菜の安いスーパーを見つけて彼女が僕にサラダを食わせようとしたこともあったな。
あれは困った、だって人参とピーマンが入っているんだぜ。
あんなの人間の食い物じゃねぇよ、……まぁ他のは食えたし、食ったけど。
僕は次第に闇が嫌いになっていた。
ジェニーは両親に大事にされている、素直ないい子だった。外面はuglyだが内面はイカしてたんだ。
悪い、って意味じゃねえぞ。
人の悪口も言ってるの聞いたことねぇし、毎日神様に感謝、人には優しくしましょう、エトセトラ。
ブスが段々美人に見えてきたのは慣れとそれのせいだろう。
おふくろに何枚目かのピザを買ったある日、僕はおふくろにこう言われた
「トム、あんた、好きな人がいるだろう?」
なんだってんだ、僕、おふくろにそんな話したことねえのに。
「いや……」
訂正しかけて、おふくろの嬉しそうな顔に僕は真実を言うことにした、
「あぁ、いるよ、今度紹介する」
「そうかい、トムのガールフレンドなら、さぞかしいい子なんだろね」
おふくろには沢山心配もかけたし、この辺でそろそろ親孝行の一つもしないとな。
さて困ったことになった。
実は僕はおふくろ以外にもう一人が僕をピザ屋と思っているんだ。
誰が?ってわかるだろう、ジェニーだよ。
僕はジェニーに何度か真実を話そうとした、そりゃそうさ。
だってもともとヤッたら捨てるおもちゃのつもりだったんだぜ?
それが何よ。
でもダメだった、何度言ってもジェニーったら
「あなたはそんな人じゃない」
の一点張り。
だから~!理解して!結構悪いことしかやってないから!
世の中にはそういう人もいるの!
……いや待て、それよりおふくろだ、どうしよう。
うん、こうなったらあれだ。
ピザ屋脅して、ちょっとだけそういうことにしておけばいいんだ。
そうと決まったらいつものピザ屋へ。
「よう」
「いらっしゃいませ、何にしますか」
「ちょっと相談があってな」
「ソーダは5ドルです、持ち帰りですか?」
「あんな甘ったるいソーダ買うか!ここで働いていることにしてくれ、頼む、いや断ったらこの店潰す」
「働きたいのならオーナーに面接してください」
「なんでそんなにマニュアル通りなんだよ!ロボットか!」
まったく、ジャパニーズはだから面白くねぇんだ、つうか、まて、なんかほんとに面接することになったぞ、まてよ、僕はちょっとは名の知れたギャングだぞ。
「で、なんでここで働きたいんですか?」
ピザ屋にしてはやたら威圧感のあるジャパニーズのオーナーが僕と面接をした。
「おふくろとガールフレンドのためです」
思わず敬語、なんかこの男、ボス以上に怒ると怖い……気がする。
それから何を聞かれたのかなんて覚えてねぇよ、最後に一つ。
「どんなピザを作りたいですか?」
そんなもんわかるか、どうせ駄目だし、脅すのも辞めだ、ジェニーともこれまで、おさらばバイバイ。僕はやけになって答えた
「人参とピーマン」
やべぇ、人間の食い物じゃねぇから、それ。
「に、えぇっと、そうだビーフ、それに貝のなんか甘ったるいチャイニーズのソースをかけたやつ」
チャイニーズのソースでビーフを焼いたやつは、ジェニーの得意料理だった。それならなんとか食えるだろう。
「オイスターソースかな、わかりました、結果を楽しみにして下さい」
なんだそれ?呪文か?
一週間後、いつ紹介してくれるかと浮かれるおふくろとジェニーになんて言おうか考えながら、僕は、その腹立ちがこいつらのせいだとばかりピザ屋に向かっていた。
ボスからは怒られるだろうし、あのオーナーは怖いけど、なんかやんなきゃ気が済まねぇ。
「あ、トムさん」
いたなロボット、やっと人間の言葉を話したな。
「今ちょうど連絡さしあげようと思ったんですよ、おめでとうございます、合格です」
いや待て!なんで僕が受かるんだよ!おかしいだろどう考えたって!
それから僕の人生に不思議なことが続いた。
まず、おふくろにジェニーを紹介して、気に入ってもらえた。
ピザ屋で雇ってもらって、ボスにそれを話したら「給料から分け前をちょっとばかしもらえれて、ファミリーに迷惑かけなきゃOKだ」と快諾された。
ジェニーと結婚した。
ボスとピザ屋のオーナーに喜んでもらえた、二人は知り合いだったようだ。
ファミリーの家族はファミリーだ、ジェニーはもう、何に怯えることもないだろう。
「じゃあ行ってくるよ、ジェニー」
こうして僕はピザ屋のトムとなった。
もちろん今でもファミリーには絶対服従、なんかあって呼ばれたら行くこと、ジェニーとおふくろを大事にしな、ボスから出された絶対条件。
「いってらっしゃい、今日もピザのお土産なの?」
「いや、今日はなるべく君の好きなグリーンサラダを貰ってくるよ、愛してる」
いってらっしゃいのキスをする。
「いってらっしゃい、愛してるわ」
ジェニーはいい妻だ。
僕の嫌いな闇が、いつの間にか周りから薄まっていくのを感じていた。
まぁ、ここは自由の国だ、新聞記者のスーパーヒーローに比べれば、マフィアのピザ屋ぐらい、たいしたことはねぇよ。
僕はピザ屋のトム、ピーマンと人参、ビーフにチャイニーズソースの「チンジャーロース」ピザは今日も腹ペコ達に人気だ、この店もそこそこ有名なんだぜ?
僕は今日もせっせとピザ窯に火を灯す、闇に、光が灯った。
ボスから連絡がくることはないかもしれない。
幸せな家族の風景 夏川 大空 @natukawa_s
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