グリーン・ティー

碧音あおい

グリーン・ティー

 赤いフレームの眼鏡が似合う、ひとつ年下の幼なじみを、ファッション雑誌の陰からそっと見る。彼女はノートパソコンで論文を作る手を止めると、マグカップを両手で持って何度かふぅふぅと息を吹きかけ、こくりと口をつけた。

 その、飲み終わるタイミングで、ねぇ、と何気ないふうに声をかけてみる。

「なに?」

「それ、」ふわりと肩口でカールしている自身の金髪をいじりながら首をかしげてみせる。「グリーンティー? だっけ?」

「そう。正確には、リョクチャ、だけど」

 こちらに顔を向ける彼女は小さく笑みを浮べている。それはどこか照れているようにも見えて、胸がぎしっと軋んだ気がした。それを誤魔化すように殊更明るく、にまにまとした笑顔を作る。

「ふーん? 先月まではこんなに苦くて薬みたいなモノなんて飲めない、って言ってたのに、どうしたのかしらねぇ?」

「な、慣れたからっ、それだけっ」

 彼女があからさまに肩を跳ねさせて言った。その白い頬が鮮やかなピンクに色付いていく。その、とても分かりやすい反応が可愛らしいと思う。けれどひどく胸に響いてくる。痛いほどに。

「……そう」瞬きをひとつして痛みを押さえつける。「慣れるくらい頑張ったってことよねぇ、えらいえらい」

 笑いながら彼女の頭を撫でてやると、彼女は拗ねたように「もうっ」と顔を横に向けた。それでも自分の撫でる手を無理やり止めさせないのは、彼女の優しさであり、甘やかさであり、慣れであり、幼少からの付き合い故にだろう。

 そしていいだけ撫でてから、それで? と青い瞳で見つめると、彼女は紫の瞳を不思議そうに丸くした。その子どもっぽい反応が愛らしくて、今度は自然な笑みがこぼれる。

「あの日本人のボーイフレンドとは、どこまで進んだのかしら?」

「っ!? ちが、違うよ! あの人とは、そんなのじゃないって!」

「照れない照れない。私とアンタの仲でしょ? だーいじょうぶ、学園中に言いふらしたりなんてしないから」

「だから! 誤解だってば!」

「はいはい」

「もーっ! 真面目に聞いてよ!」

 耳まで赤くしながら両肩を掴んで揺さぶってくる必死さに、つい声を上げて笑ってしまう。目尻にわずかに涙が浮かぶほどに。

「……もう知らないっ」

 彼女は自分を揺れから解放すると、六角形のクッションを持ってソファの端っこに膝を抱えて座り込んでしまった。俯いていて、長い髪で表情が隠れて見えないが、どうやら本格的にご機嫌ナナメになってしまったようだ。

 からかいすぎちゃったわね、と少しだけ反省する。少しだけなのは、自分も彼女への甘えがあるからだ。同じように、彼女もいつだって自分に甘いことを長年の経験で知っているから。

 だから。

 だけど。

 それでも。

 ついイジワルをしてしまったのは、きっと私が彼女みたいにいられないから、なのかもしれない。

 テーブルの上に残された彼女のマグカップに目を向ける。褪せたグリーンカラーの液体は半分ほど残っていた。冷めてしまったのだろう、湯気はもう出ていない。今度は彼女へと視線を移すと、パチリと目が合い、けれどすぐさまクッションに顔をうずめられてしまった。きっともうしばらくはあのままだろうなと、肩を竦めて苦笑する。

 それから彼女のマグカップへと手を伸ばし、縁をそっと人差し指でなぞる。とくん、と胸が脈打つけれど、どこからもぬくもりを感じなかったことに幾ばくかの残念さを覚える。そのままカップの取っ手を持つと、中身をごくりと一気に飲み干した。コトンとカップをテーブルに戻す間にも、中途半端なぬるさが、喉を、胸を通り過ぎていく。後味が口の中に広がっていく。

「……ホント、苦いなぁ」

 カップを見下ろしたままぽつりと呟くと、拭いそびれていた目尻から、ぽろり、と涙がこぼれていた。

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グリーン・ティー 碧音あおい @blueovers

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