第16話 優しさの家

「……まだ怒ってるのかよ、明理?」


「別に怒ってないし」


 俺の質問に、明理はフルーツパフェを口に運びながら答えた。


 日曜日。


 瀬田山先輩に猫保護団体のシェルターに案内してもらうという約束の三十分前。


 俺と明理は近所のファミレスで軽い昼食を取って時間を潰していたが、明理の不機嫌さといったら今までに類を見ないほどだった。


 誤算だったのは、明理が甘いもの好きだったのは知っていたが、怒ると普段以上に甘いものをやけ食いするという性質をこのとき初めて知ったことだった。


 明理の機嫌を取ろうとうっかり「おごってやる」と口走ってしまったばかりに、テーブルの上にはデザートの皿が山と積まれている。


 日曜日の昼というだけあって、ファミレスの中は子供連れの客でごった返していたが、それらの全てのテーブルのデザートを合わせたよりも明理の食べている量の方が多いかと思うほどだった。


 財布の中の金額とテーブルに置かれている料理の金額を計算しながら、俺は話を続ける。


「仕方ないだろ。例の三毛猫がボランティア団体に保護されてるっていうなら、あれが一番の正解だった。結果オーライだよ」


「だからわかってるってば。本当に怒ってないし」


 スプーンに残ったパフェのクリームを舐めて明理は言った。


「……仮に怒ってるとしても、それは私の中だけの問題だよ。私が決着をつけなきゃいけない。だから、陽樹は気にしないで」


 要するに『おまえには関係ない』ということだ。


 そして、それは紛うことなき正論だった。


 瀬田山先輩のことで明理にあれこれ言うのは、明らかに踏み入りすぎている。


 それでも、俺はどうしても瀬田山先輩のことが気になっていた。明理を『まとも』の側へと連れ戻せるかもしれない彼女のことを。


 何のことはない、瀬田山先輩のことで気をもんでいるのは俺の方も同じだった。


「そろそろ時間だよ。待ち合わせに遅れちゃう。行こうよ」


 言って、明理は席から立ち上がる。


 俺も応じてファミレスを後にする。ちなみに、明理が食べたデザートの料金はギリギリ俺の財布の中身で足りた。


 高校生になりたてのころ、猫を殺す道具を集める資金のためバイトをして貯めた金の四分の一ほどがこのときに消えた計算になる。


 俺と明理が待ち合わせ場所の公園についたのは約束の十分ほど前だったが、そこには既に瀬田山先輩が来ていた。


「……ごめん、遅れて」


 明理が目を逸らしながら言う。


「ううん、私も来たところだから」


 瀬田山先輩も同じように目を伏せ、互いに視線を合わせようとしない。


「…………」


「…………」


 二人の間に漂う気まずい雰囲気といったらなかった。お互いに二言三言言葉を交わしただけで押し黙ってしまう。


 ボランティア団体の猫の保護シェルターとやらに行く途中でもその空気は続いた。俺が何とか会話を繋げようとしたが、瀬田山先輩の方は相槌を打ってくれるものの、明理の方は一言さえ発しようとしない。


 自然と、俺が瀬田山先輩に話しかけて沈黙を間を持たせる形になった。


「これから行く猫の保護シェルターって、学校の猫保護サークルとは違う団体の施設なんですよね」


「うん。学校のサークルにそんなお金なんてないからね。『優しさの家』っていう、この辺りの地域で一番大きな猫保護団体だよ」


 瀬田山先輩の説明によると、『優しさの家』はそれ自体が大きな猫保護団体というだけでなく、この地域にある小さな無数の猫保護団体のまとめ役という性質も合わせ持っているらしい。


 この地域の猫保護団体は瀬田山先輩が代表を務める学校の猫保護サークルや、もっと小さい規模になると個人レベルの保護活動家まで、小さいものを数えるとキリがない。


 そんな小さな単位でバラバラに保護活動をしても効率が悪いので、一番大きくて市からの助成金も得ている『優しさの家』がそれらの小粒の保護団体の間の連絡を取り持っているらしい。


「私たちのサークルもよくお世話になってるんだ。保護した猫の避妊去勢をしてもらったり、捕獲器を貸し出してもらったり」


 捕獲器という単語を聞いて俺は家の裏に設置してあるものを思い出して内心ひやりとした。今日はさすがに、捕獲器をボストンバッグに入れて持ってきてはいない。


 だが、その表情の変化は瀬田山先輩には気取られなかったようだ。


 そんな話をしながら歩いていると、不意に瀬田山先輩が言葉を切った。


「あ……」


 と、瀬田山先輩が何か重要なことを思い出したように立ち止った。


 怪訝に思った俺は瀬田山先輩の視線の先へと目を向ける。


 急カーブの数メートル手前には『急カーブ注意!事故多発!』と真っ赤な文字で書かれた看板が立てかけられている。


「えっと……べ、別の道にしようか」


 うろたえた様子で申し出る瀬田山先輩に、明理は首を横に振った。


「……別にいいし」


 そう言って、早足でさっさとカーブへと歩いていく。


 その後を俺と瀬田山先輩が続くが、彼女の足取りはどこか重かった。


「ここなんですか? 明理の両親が事故に遭ったのって」


 ふと思いついて俺が小声で訊ねると、瀬田山先輩は無言でうなずいた。


 急カーブの道路を改めて見渡す。ここで、明理の両親が死んだ。一匹の猫が車の前方に飛び出し、それを避けようとして――。


 そのときの光景は、俺には想像するよりほかはない。一年の時を経て、この道路を通る明理の心情もまた同じだ。




 猫の保護団体『優しさの家』の保護シェルターは交通事故が起きたカーブから数分ほど歩いたところにあった。街の中心部からはやや離れた、閑静な場所だった。


 猫を何匹も保護するとなると、町外れの方が都合がいいのだろう。


 シェルターという名前の語感からなんとなく大規模な施設を想像していた。それこそ、映画に出てくるような核シェルターのような。


 だが、もちろん実際にはそんなことはなく、五十メートル四方程度の広さの敷地に、二階建てのプレハブ小屋が六つほど並んでいる程度の施設だった。入り口に『優しさの家』と団体名の看板が掲げられている。


『優しさの家』の入り口では、そこで責任者らしき太った男性が出迎えてくれたとき、俺は天の助けだと感謝した。


「初めまして、私はこの保護シェルターの責任者の坪内です。瀬田山さんから話を聞いていますよ。そちらの……高坂明理さんの飼い猫が保護されてるかもしれない、とか」


 坪内と名乗った男性は柔和な笑みを浮かべてそう訊ねた。


 人のよさそうな性格で白のポロシャツを着ていた。


「はい、そうです。あ、俺は明理の友達で、小川陽樹って言います」


 押し黙っている明理に代わり、俺が坪内さんに返事をする。


 坪内さんは、明理のことを人見知りをする少女だと判断したようで、明理と瀬田山先輩との間の空気には特に何も感じなかったようだ。


 坪内さんは愛想よく俺たちをシェルターの中へと案内してくれた。


 屋外には保護している猫用のシーツらしきものが洗濯されて何枚も干されている。見ている間にも、プレハブの一つからスタッフらしき人が出てきて、新たにシーツを干していた。それだけで、このシェルター内に保護されている猫の数が相当なものであることがわかった。


 坪内さんに先導されて歩いているうちに、入り口に近いプレハブ小屋の中に、ボランティアのスタッフらしき人たちと初老の夫婦が話をしているのが見える。


 どうやらそのプレハブはボランティア団体の事務所として使われているらしい。


「里親希望の人たちと話をしているんです。日曜日にはけっこう来るんですよ」


 聞いていもいないのに、坪内さんは説明をしてくれる。


 里親――恐らくは猫の引き取り手のことを言っているのだろう。まるで人間の子供のような扱い方だ。


 事務所は最初の一つのプレハブ小屋だけで、後のプレハブには全て保護された猫が収容されているようだった。猫の鳴き声があちこちから響いてくる。


 坪内さんはそれらのプレハブ小屋のうちの一つに俺たちを案内する。


 プレハブ小屋の中に入ると、中はだいたい半分ずつ、二つのエリアに分かれていることがわかった。猫の檻が並べられているエリアと、猫用の遊具がある放し飼いスペース。


 そして、俺たちは檻が並べられているエリアへと向かった。


 一方の壁にはステンレスの棚にいくつも檻が置かれていて、その一つ一つに猫が入っている。それぞれの猫は首輪をつけられ、そこに名前が書かれている。


 ちょうどエサをやり終わったところなのか、ボランティアのスタッフがエサ入れに残ったエサを片付けているところだった。


「本当は猫たちをこんな狭い檻に閉じ込めたくはないんですけどね……こう数が多いと衛生管理の問題がありまして。野良猫って予防接種なんかしてないから、気をつけないとあっという間に感染症が広がっちゃうんですよ。予算があればいいんですがねぇ……市から助成金は出るんですが、それでもやりくりが厳しくて」


 誰も責めていないのに、どこかバツが悪いそうに坪内さんはそう話し始める。


「例の三毛猫はどこですか? えっと……明理の家で飼っていた……ミケは」


 適当な名前をその場ででっちあげながら、俺はまだ続きそうな坪内さんの話を遮った。


「ああ、そうでした! えっと、この奥の……あれ?」


 坪内さんが指差したところには檻がなかった。まるで檻ごと引き出されたようだった。


「ちょっときみ、ここにあった檻、どうしたか知らない?」


 坪内さんはエサの片づけをしていたスタッフに声をかける。


「え? ああ、それならさっき里親希望の人たちに見せにいくって言って誰か持って行きましたよ」


「参ったな……すみません、高坂さん、小川さん。ちょっと手違いがあったみたいで。すぐに戻ってくるので待っててくださいね」


 坪内さんは慌ただしく足音を立ててプレハブ小屋から出て行った。


 エサやりのスタッフも仕事を終えたのか、瀬田山先輩に会釈をしてプレハブから出ていく。


 後には俺と明理と瀬田山先輩の三人が取り残された。


 待ち合わせ場所で会ったときの重い沈黙が、再び俺たちの間に満ちる。


 そのとき、明理が「ごほん」とわざとらしく咳払いをした。それから、俺へと意味ありげに目配せをする。


「あの……すみません、ちょっと俺、外で待ってます」


「え?」

 瀬田山先輩が驚いたように声を上げた。


「最近、喉の調子が悪くて。ちょっと外で新鮮な空気を吸ってきます」


 わざとらしく咳祓いをしながらそう言って、俺はプレハブ小屋のドアから出る。


 そして、故意に足音を大きく立ててドアから離れた。だが、すぐに足音を潜めてドアの横まで引き返し、中からは死角になる位置で待機して聞き耳を立てる。


「……こうやって二人きりになるのって久しぶりだね、明理」


 おずおずと話し始めたのは瀬田山先輩の方だった。


「そうだね。一年ぶりくらいかな」


 対して、明理の声は淀みがないように思えた。


 何か決意めいたものを感じさせる声だった。


 ――『私が決着をつけなきゃいけない』。


 このシェルターに来る前、明理がファミレスで言っていた言葉を思い出す。俺は固唾を飲んで、二人の会話に神経を集中させる。


「明理がまだ猫が好きみたいで、ちょっと安心したよ。……また前みたいに、一緒に猫の話をしたいな」


 瀬田山先輩のその言葉に、明理がどんな表情を浮かべているのか、俺の位置からでは見えない。


 ただ、ずいぶん長い沈黙があったのは確かだ。


「育音。私、はっきりさせときたいことがあるの。……私、嘘は下手くそだし、育音に隠しているのは嫌だからはっきり言うね」


「え?」


「私、もう猫が嫌いなの。お父さんとお母さんを死なせた猫のこと、絶対に許せない。育音のことももう友達だなんて思ってないし」


「…………」


「言いたいのは、それだけだから」


「じゃあ……逃げた飼い猫を取り戻したいっていうのは? あれは嘘なの? ねえ、明理変だよ。何か隠してることがあるの?」


 瀬田山先輩は鋭い質問を明理へと投げかける。


 まずいな――と盗み聞きしながら俺は思った。


 自分で言っている通り、明理はごまかすのが下手だ。


 そこを突っ込まれれば、ボロを出すに違いない。


 俺たちの猫殺しの計画について。


「育音には関係ないし。引き取ってくれた伯父さんのために猫を探すのが、そんなに変?」


 その言葉で明理は会話を無理やり断ち切る。


「でも……!」


 それでも瀬田山先輩はなおも質問をしようとする。


 このタイミングでプレハブ小屋の中に戻って、無理やり会話を終わらせようか。


 ちょうどそう考えたときのことだった。


 シェルターの敷地内の入り口近くのプレハブ――つまり、団体の事務所として使われている小屋から、坪内さんが檻を一つ提げて歩いてくるのが見えた。


「あれ? 外で待っててくれたんですか?」


 的外れなことを言いながら、坪内さんは先んじてプレハブ小屋の中へと入る。

仕方なく、俺もそれに続いて中へと入る。


 中には異様な雰囲気の明理と瀬田山先輩がいたが、カンの鈍そうな坪内さんはその雰囲気には気付かなかったようだ。


 だが、俺はプレハブ小屋に入る一瞬、瀬田山先輩が手で目を擦っているのを見逃さなかった。

「いやぁ、お待たせしました。ちょうど一週間前、東公園で保護した三毛猫です。お宅のミケちゃんで合っていますかね?」


 坪内さんは猫の入った檻をプレハブ小屋の床へと置いて、明理に確認を促した。

 明理は床にしゃがみこみ、檻の中の三毛猫をじっくりと観察した。だが、すぐに息を飲む。


「違う……この猫じゃない」


「えっ?」


 俺と坪内さんは同時に声を上げた。


 明理の横から檻の中の三毛猫を覗き込むが、明理の描いたイラストの猫と見分けがつかなかった。


「でも、ほら……目撃情報の画像とそっくりだぞ?」


 携帯電話を取り出し、東公園で撮られたという画像を明理に見せる。


 だが、明理は力なく首を横に振った。


「よく見て。ほら、首の辺りの模様が違う。この猫は肩の辺りで黒い模様が途切れてるけど、画像の猫は首まで模様が続いている」


 明理に指摘された点に注意して、もう一度身体の模様を見比べる。それでようやく、檻の中の猫と例の三毛猫が別の個体だということを確信できた。


 ここまで来て徒労だったということに脱力しそうになる。


「参ったな。別の猫だったとは……でも、この東公園の画像があるってことは、本物は確かに東公園近くにいたってことだよな」


 改めて坪内さんに向き直る。


「東公園近くで最近保護された猫で、他に三毛猫はいませんか? この画像の猫なんですが」


 坪内さんは携帯電話の画面を覗き込むと、難しそうな表情で腕を組んだ。


「う~ん、悪いけど私にはこの三毛猫以外に心当たりはないなぁ……」


 しばらく考え込んだ後、坪内さんは残念そうに首を横に振った。


 そのとき、横から瀬田山先輩が覗き込んでいるのに気付いた。


「これ……もしかして相沢さんの猫じゃ?」


『相沢』というその名前を聞いた途端、坪内さんがぎょっとした表情を浮かべたのに気付いた。


 何かその名前が忌まわしいもののように、柔和だった坪内さんの顔に陰りが浮かんでいく。


「あ、ああ、相沢さんか……こんな三毛猫がいたかな……?」


「間違いありませんよ。私、見たことがあります。それに、相沢さんの家は東公園の近くですし」


 瀬田山先輩の声は徐々に確信を帯びていく。


 どうやら、この三毛猫に心当たりがあるようだ。


「相沢さんというのは?」


 俺が訊ねると、瀬田山先輩も坪内さんも話しにくそうな表情を浮かべた。


 だが、坪内さんは意を決したように口を開いた。


「もともとこの『優しさの家』に所属していたスタッフの一人だよ。四十歳くらいの女性だ。今は脱退してるけど」


「脱退? 何かあったんですか?」


「それは……まあ、いろいろと……」


 あれだけ能弁だった坪内さんが言葉を濁す。


 何か『相沢さん』という人物について語りたくない理由があるようだった。


「トラブルがあったんだ。猫の飼い方について」


 言葉を選ぶように、坪内さんが話す。


「飼い方のトラブル、ですか?」


「そう……この団体は『猫と人の共存』を掲げてるけど、彼女は猫至上主義というか……人は猫のために尽くさなければいけないと考えてるような人だった。だから、こんな風に窮屈な檻の中に猫を閉じ込めておくことが我慢ならなかったんだろうね」


 坪内さんはプレハブ小屋の中に並ぶ無数の檻を手で示しながら言った。


 確かに狭そうな檻ではある。だが、スペースの関係で仕方ないのだろう。


「彼女はこの飼い方について異議を唱えたわけですか?」


 俺が言うと、坪内さんは首を横に振った。

「異議を唱えたどころの騒ぎじゃないさ。相沢さんは行動で示した。何度も勝手に檻を開けて、猫を解き放ったんだ。それが『猫の自由な生き方を尊重する』といってね。幸い、ほとんどの猫は安全にエサをもらえるこのシェルターに戻ってきたが……帰ってこない猫もいた。恐らく、病気か事故で死んだんだろう。だが、彼女は『狭いシェルターを見限って、今も自由に生きている』と信じて疑わなかった」


 彼はそこで短くため息をついた。


「猫を愛するという気持ちは、我々としても尊重したい。だけど、彼女はその……愛情の度が過ぎて、少しおかしくなってしまっていたんだ。いつまでも問題を起こすようなら、団体のメンバーにしておくわけにはいかない。やむなく、彼女をこの『優しさの家』から除名することになった。だけど……そのときにもトラブルがあった」


「……何があったんですか?」


「引き取り手が決まっていた猫たちを勝手に自宅へと連れていってしまったんだ。『猫を狭い部屋に閉じ込めるような人に渡せない』と言ってね。実際、この団体では里親には猫を室内で飼うようにすすめているが……」


 坪内さんはやれやれ、といった調子で肩をすくめた。


 坪内さんの話に少し気になるところがあった。俺は思わず坪内さんへと近づく。


「ちょっと待ってください。その相沢さんがこのシェルターにいた時期っていつくらいですか?」


「期間はそんなに長くなかったよ。二年くらい前にこの団体に入って何度も猫を外に放す事件を起こして……それで、いなくなったのは一年前……いや、一年にちょっと満たないくらいかな。その辺りの時期にさっき言った猫持ち去り事件があったんだ」


 その時期の一致に明理も気付いたらしい。


 明理は目を見開いて、相沢という女性のことを話す坪内さんの顔を穴が開くほど見つめている。その手は爪が手のひらに食い込まんばかりに固く握りしめている。


――エサを十分にもらっている猫は行動範囲が狭い。その謎について、以前明理と話し合ったことがある。


 一年前には例の三毛猫はあの事故が起きた急カーブの道路付近を縄張りにしていたはずだ。


 それなのに、それから一年間、明理があの急カーブ道路の付近を探しても三毛猫を見つけられなかった。


 そして、今度はその同じ三毛猫は急カーブから離れた東公園の付近で目撃されている。事故が起きたときと、明理が事故現場を捜索するまでの間に、猫の行動範囲が大きくズレている。


 その謎の答えが今わかった。


 あの三毛猫は、一年前このシェルターで飼育されていた猫に違いない。相沢というその女性が猫を閉じ込めるシェルターの飼育方法に異議を唱え、保護猫を何度も外に放つトラブルが頻発していた。


 だからあの三毛猫は、一年前の事故が起きたとき道路を出歩いていたんだ。


 そして、事故の直後、相沢は『優しさの家』を追放され、その際に仕返しとして他の何匹かの猫とともに三毛猫を連れ去り、自宅へと無理やり引き取った――東公園付近の自宅へと。


 だから、明理が事故現場の近くを探しても三毛猫を見つけられず、一年後の今になって東公園なんていう事故現場から離れた場所で三毛猫が目撃された。


 相沢という元動物保護団体のスタッフ。


 ――そいつだ。


 そいつが放し飼いにした三毛猫によって一年前の交通事故という悲劇が引き起こされた。


 その相沢という人物こそが全ての元凶――間接的に明理の両親の命を奪った加害者だ。


「……? ど、どうしたんだい、二人とも? そんなに怖い顔をして」


 俺も明理も、そろって深刻な表情をしているのに気付いたのか、坪内さんは動揺している。


 瀬田山先輩も俺たちの異様な雰囲気に気付いたのか、疑わしげに俺と明理を見ている。


 まずい、ごまかさないと。


 そう思い、俺は慌てて笑顔を取りつくろった。


「いえ、何でもありません……それより、その相沢さんの住所って教えてもらえますか?」


 俺が訊ねると、坪内さんは慌てて手を横に振る。


「ダメダメ、それは言えない! 個人情報なんだ」


「でも、その人が明理の家の猫を取ってるかもしれないんですよ?」


「う~ん……」


 坪内さんは腕を組んで考え込む。


「私が知ってる。そもそも東公園に野良猫が溢れかえってるのも、あの人の猫が繁殖してるせいなんだ。私、何度も『放し飼いはやめてください』って話をしに行った。だから……案内できるよ」


 その横から瀬田山先輩が口を挟む。


「瀬田山さん、き、きみねぇ……個人情報というものをもう少し……」


 坪内さんが呆れた様子で言った。


「でも、どうせ教えなくてもすぐにわかりますよ。相沢さんの家……あの辺りでは有名ですから」


「有名?」


 俺が聞き返すと、瀬田山先輩は俺の方を向いて頷いた。


「『野良猫屋敷』――相沢さんの家はそう呼ばれてるの」

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