なかばキィを抱えるように地下の通路を走り抜け、倉庫に辿たどく。鍵の掛かっていないドアを、音を立てぬよう静かに開き中から鍵をかけた。


 明かりは点けず非常灯だけを頼りに、雑多に物が収められた棚の間をくぐり抜けると、外への出入り口を見付けた。宗也そうやさんの言うとおり、内側から鍵がかけられている。


 キィを棚の影に隠れさせると、わたしは資料館に面した窓から外の様子をうかがってみた。

 暗くて良く解らない。けれど凝視していると、植え込みの間や立ち木の陰を、屈んだまま跳ね回る何かが見えるような気がする。


 どこかでガラスの割れる音が響いた。

 汚れ曇ったガラス越しに、資料館の中で動く人影が見えた。

 あのまま資料館に留まっていたらと思うと、冷や汗がにじんだ。

 銃声だろうか。パンパンと乾いた音が鳴り響くと、あとは静かになった。


 今がここを出るタイミングだろうか。それとも、まだ外にも魚人が残っているだろうか。


「しゃがんだままついてきてね?」


 ぼんやりしたままのキィを連れ、思い切ってドアを開け、姿勢を低くしたまま外に出る。魚人と鉢合わせしませんようにと、祈りながら植え込みの影を伝う。

 民族資料館の敷地を出て、辺りに身を隠す物が無くなると、キィの背中を押すようにして夜の道を走りだした。


 宗也さんは無事だろうか。

 拳銃を片手に、スタイリッシュに大立ち回りする姿は想像できないが、不思議と酷い目に会っている光景も思い浮かばない。なんとなく、長い手足を振り回しては、上手く逃げ回っているような気がする。


 下着も無しに男物のシャツとスラックスでは落ち着かないので、おばあちゃんの家へ寄り道し、着替えることにした。

 暗い中わたしが着替えるのを、キィは座って大人しく待っている。

 本宮の事も気になったが、今はやはり約束通り、この子を無事に送り届けることのほうが先決だろう。


 夜の町を走り橋へと向かう。

 おこもりの風習を守っている訳ではないだろうが、人通りは無い。薄暗い路地から急に魚の顔をした男が飛び出してや来ないかと、おっかなびっくり先を急ぐ。


 途中どうにも気になって携帯の電源を入れてみた。拝島伯父と海斗からの着信が数件ある。一番新しいのはユリカからの物だ。迷ったがリダイヤルしてみた。


『あんた今どこにいるの! あのヒゲがうちに来てないかって連絡よこしたよ?』

「えう……ごめんなさい」


 少し怒ったような声に、思わず謝ってしまう。


『おこもりがイヤなら、家出とか子供っぽい真似しないでうちに来なよ。一晩くらいなら何とでもごまかしてあげるから、明日になったら素知らぬ顔で帰ればいいじゃん!』

「……そうだね」


 宗也さんの話を聞く限りでは、今夜を乗り切ればそれで済む話かは怪しい。それでも、キィを宗也さんのもとに送り届けた後、ユリカに匿って貰うのは、選択肢として考えても良いかも知れない。


「大丈夫? 疲れてない?」

「……る?」


 キィの顔をのぞき込み聞いてみる。何か答えを返してくれるのを期待している訳ではない。拘束着を着せられたままなのに、この子は危なげなくわたしに付いて来る。見かけによらずあんがい体力はあるほうだ。


 河沿いの道に出た。もうすぐ橋が見える。

 ほっとしたところにいきなり携帯の着信音が鳴り、あわてて相手も確かめずに出てしまう。


『今どこ? 迎えに行くよ!』

「橋の近く。でもユリカ、外に出ちゃ駄目だよ」

『まだおこもりとか気にしてんの? 直ぐに行くから!』


 ずっと携帯が繋がらないのを心配し、もう自転車で迎えに出てくれたらしい。なんだか気遣いが嬉しかったが、ユリカのことが心配でもある。拝島伯父からの連絡を取ってしまわないよう、携帯の電源を落とす。


 先に宗也さんとの待ち合わせ場所に向かうべきかと考えたが、既に近くまで来てくれていたのか、自転車の灯りが近付いてくるのが見える。

 手を振るユリカの姿は、河から噴出ふんしゅつした水柱に飲み込まれた。


「な……!?」


 急の事態に頭が追いつかない。

 3mほどの太さを持つ水の柱は方向を変え、立ちすくむ私に向かって来る。


「ヴァン……いぷ。みずのまもの……」

「しゃべった!?」


 何かをつぶやいたキィをあわてて押し倒す。頭の上をすり抜けて行った水柱の中に、ユリカの脚をくわえたあざらしの様な水獣が泳ぐ姿が見えた。

 水柱は十数m先で方向転換し、再びわたし達に向かってくる。



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https://kakuyomu.jp/works/1177354054884676877/episodes/1177354054884680828

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