~~~

 なかばキィを抱えるように地下の通路を走り抜け、倉庫に辿たどく。

 鍵の掛かっていないドアを、音を立てぬよう静かに開き中から鍵をかけた。


 明かりは点けず、非常灯だけを頼りに、雑多に物が収められた棚の間をくぐり抜けると、出入り口を見付けた。鍵がかかっていなかったので、あわてて閉め、窓から外の様子をうかがう。汚れているうえ暗くてよく見えない。


 どこかでガラスの割れる音が響いた。

 汚れ曇ったガラス越しに、資料館に入り込む人影が見えた。留まっていたら危ないところだった。

 銃声だろうか。パンパンと乾いた音が鳴り響くと、あとは静かになった。


 宗也さんは本当に無事なんだろうか。つかまったり、怪我けがをしていなければ、そろそろ迎えに来てくれても良いんじゃないか。ひょろ長い彼が組み伏せられ、喉元のどもと鉤爪かぎづめが迫る光景が姿が頭にちらつく。

 煩悶はんもんするわたしを、キィがどこか不思議そうな表情で見上げている。


「すぐに戻るから。ここにじっとしててね?」


 棚の影にキィを座らせ言い聞かせる。置かれた状況を把握できていないのかもしれないが、大人しくはしていてくれそうだ。ロッカーを漁ってモップを手に入れた。バットに比べれば心もとないが、無いよりはましだ。

 ぽんぽんとキィの頭を優しく叩くと、わたしは足音を忍ばせ通路へと引き返した。



 あれっきり資料館の方向からは何の物音も聞こえてこない。宗也さんがやられてしまったのなら、魚人達はこの通路も調べに来ているはずだ。

 頼り無さそうに見えるけど、拳銃を持っているんだ。連中を追い払うことに失敗したとしても、自分一人逃げるくらいはできたに違いない。


 それでも、彼の無事を確認してから、キィを連れて逃げるか隠れ続けるかを決めよう。モップを握りしめ、資料館へのドアを薄く開けてみる。

 薄暗い室内にひとりの人影を見付けた。宗也さんではない。幸い後ろを向いている。わたしは足音を忍ばせて歩み寄り、モップを振り上げた。


「館長さん?!」


 危ないところでモップを止めた。振り向いたのは、資料館の館長さんだった。顔を合わせるのは数年振りだが、わたしが小学生のだったころと全く同じ格好をしている。子供にとって大人の年齢は良く分からないものだが、50代から60代くらいか。顔の印象も変わっていない。


 宗也さんは資料館の知り合いを頼ると言ってなかったか。事情を理解しているのなら味方してくれるだろう。


「あの――ぁッッ?!?」


 そんな私の楽観らっかんは、押し付けられたスタンガンの衝撃で一瞬にして消し飛んだ。


         §


 意識を失っていたのはどれ程の時間だったのか。気付いたのは資料館の中だった。

 消えたままの照明と天井が目に入る。どうやらわたしはテーブルの上に寝かされているらしい。月明かりと、蝋燭ろうそくのものらしい頼りない明かりが、室内を照らしている。


 周りを生臭い魚人たちに囲まれていなかったのは幸いだったが、気楽に構えていられる状況でもなさそうだ。

 黒革のベルトを巻かれた手首は金具で繋がれ、頭の上で固定されている。足首に巻かれたベルトの金具には、金属製のバーが取り付けられ、足を閉じることができない。そして何より、身に付けていた宗也さんのシャツとスラックスは剥ぎ取られ、ベルトと同色の皮製のビスチェに替えられていた。


 全裸より恥ずかしい姿で拘束された状況を理解し、おぼろげだった意識が完全に覚醒した。脳裏に浜辺で目にした、魚人の群れに凌辱されるキィの姿が浮かび、心臓を冷たい手でつかまれたような恐怖を覚える。


 穴の開いたボール状の猿轡さるぐつわまされているため、口からこぼれたのはくぐもった悲鳴と少量の唾液だけだった。

 焦る気持ちにパニックに陥る。わずかに自由を残された首を巡らせ、必死に救いを求めると、揺らめく明かりに照らされる人影が見えた。助けに来てくれた宗也さんかキィかという淡い期待は、近寄り明らかになる醜悪な姿で打ち砕かれた。


 下半身を露出ろしゅつした館長が、開いたままの血走った目で私を凝視している。

 だらしなく肥大したお腹の下で、右手がせわしなく己のものをしごき続けている。

 嫌悪感に全身に鳥肌が立つのがわかった。


「……もうしわけありませんふんぐるいむぐるうなふおゆるしくださいくとぅるふるるいえよろしいですかうがふなぐるふたぐん……」


 半開きの口から唾液とともに、意味不明のつぶやきがれる。


 …………狂ってる。



https://kakuyomu.jp/works/1177354054884676877/episodes/1177354054884684379

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る