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 海斗かいとに手を引かれ、夜の町を走る。汐入しおいりを出る最短コースを選択した。

 今夜を乗り越えればきっと何とかなるに違いない。暗い夜に考え事をしても悪い結論しか出てこない。朝になればきっと。


 橋に辿り着く前に追手おってに追い付かれた。2台の黒塗くろぬりの車に前後をさえぎられる。取り巻きの男達に囲まれ降りてきたのは宮司ぐうじ美魚みお拝島伯父はいじまおじの姿はない。


親父おやじは?」

「海斗がやったんですよね。酷い怪我けが。ずいぶんと苦しそうで――」


 海斗の問いに薄く笑う美魚。 


「私が楽にしてあげました。心配いりません。もう追っては来ませんよ」

「こ……殺したの?」


 再従姉妹はとこの言葉に息をのむ。


「帰りましょう、海斗。帰って私と祭祀さいしを続けましょう」


 美魚の目に私は映っていない。その瞳はただ兄だけを映している。


「その気はねえよ」


 言い捨てるや、海斗は不意打ふいうちの一撃で取り巻きの男を一人沈めた。そのままわたしの手を引き、美魚の脇をすり抜けようと試みた瞬間、海斗の頬は切り裂かれ、血飛沫ちしぶきが舞った。


「クソッ!?」

が強いからですか? それなら私も強くなります!」


 海斗を切り裂いたのは刃物ではなかった。細く滑らかだった美魚の繊手せんしゅうろこおおわれ、鋭い鉤爪かぎづめから血が滴っている。


「どれだけです? どれだけ強くなれば私を求めてくれるんですか!?」


 わたしをかばいながらの立ち回りに、海斗は苦戦するでもなく宮司と男達を叩き伏せる。自らの腕を異形と化した美魚も、実戦経験では海斗に遠く及ばない。路上にひざまづき、荒い息を吐いている。


「……これ以上邪魔をするな。もう行かせてくれ」

「行かせません! じきに晦冥かいめい様が来られます!」


 切り捨てる海斗の言葉に、美魚は涙で汚れた顔を上げ叫んだ。

 時間稼ぎをしていたのか。不吉な気配を感じ、海斗とわたしは弾かれたように、月に照らされる海に目を向ける。


 海面に、幾つもの魚人の頭が浮かび上がる。それに、こんな場所に岩礁がんしょうがあっただろうか。

 津波のように不自然に潮が満ちてくる。砂浜は波に沈み、すぐに堤防を越えた海水が道路にまであふれ出す。


「津波が! はやく……はやく逃げないと!」


 泳げないばかりではなく、海恐怖症の私は軽いパニックにおちいった。

 海には怖いものがたくさん潜んでいる。実際に、は海の底から浮かんで来たじゃないか!


 岩礁がんしょうに見えた影は、背鰭せびれを立て、波を従え歩み寄る。泥と海藻が絡みつき、そこかしこにフジツボが生えている。だらしなく開閉を繰り返す巨大な口には、びっしりと生えそろう細かい牙。濁った小さな目が、どこか人間めいて見えるのがむしろおぞましい。晦冥かいめいと呼ばれる歳経としへた魚人は、醜い底魚のような姿をさらした。


「早く登れ!」


 追い詰められたわたしは、山側の壁を登り始めた。水への恐怖に急き立てられ、爪が割れるのも構わず、何度もずり落ちながら必死に登るも、反り返る落石防止柵に阻まれ、それ以上身動きが取れなくなる。


 海斗は満ちてくる潮にひざまで浸かりながら、跳ね寄る魚人を近付けまいとしてくれているが、足を取られて苦戦している。


 美魚は鰭脚ひれあしで岸にいあがった晦冥かいめいに手を差し伸べた。


「あなたは強いですか? 直系の私がつがうにふさわしい存在ですか?」


 ……直系? つがう?

 美魚の発した生々しくも不吉な言葉に見下ろすと、晦冥かいめいの股間に、まわしいほど人間めいた生殖器官が屹立きつりつするのが見えた。


たくましい。私があなたのを産んであげます」


 大人の腕ほどもあるそれに、頬を寄せ口付ける美魚。

 晦冥かいめいは巨大な鰭腕ひれうでで、美魚を抱きあげた。


「だからあなたは、あなたの全てを捧げてください……」


 震える声でつぶやく美魚の細腰が、そそり立つ晦冥かいめいに添えられる。


「美魚!?」



https://kakuyomu.jp/works/1177354054884676877/episodes/1177354054884704612

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