「臭い……」


 濃い血の匂いが空間を満たしている。

 血の匂いは不快ではない。むしろ吐き気をもよおすのは、こいつらの自身の生臭さと愚かさ浅ましさのほうだ。わたしが眠り込んでいたとはいえ、交わればたまれるなどど、思い上がった勝手な浅知恵を抱くなんて。

 

 おかあさんはどうして、もう少しマシな眷属けんぞくを作ってくれなかったんだろう。よわいを重ねてもたいして賢くもならない。まったくもってうんざりだ。身体に巻き付けられた、黒い革帯の残骸ざんがいを千切って捨てる。


 魚の顔と人の顔。転がる醜い死体の群れの中、年若い眷族けんぞくにふと目が留まった。


 なんだっけ?

 どうして気になったのかは、自分でも思い出せない。


 他の者より少しだけ歯応えがあったからか?

 無様に逃げ出さず、このうつわの名を呼び続けていたからか?

 こいつなら200年も生きれば、最初のつがい程度には使える存在になったかもしれないけど。


 門が開く強い気配を感じ、死体から目を離す。

 くうに虹色の光があふれ、白い装束の少女が現れる。


「遅かったね」


 髪も目も黒く染まっているが、まどろむわたしの夢の寝所しんじょに、まれに遊びに来る真っ白いに間違いない。

 銀の鍵の門を越え、鍵の力をその身に宿す、はぐれものの落とし

 無感情なかおのまま、ガラスのような瞳に、ただわたしを映している。


 あいさつ代わりにぶつけてみた殺意には、わずかに目を閉じるだけで、小揺こゆるぎもせず耐え切った。


「へえ……そこそこ遊べそうじゃない?」


 頭蓋ずがいの中で砕けた脳髄のうずいを組み直しているらしい。形が人の姿なだけで、そこらに転がる眷属けんぞくとは比べ物にならないほど強靭つよい存在。


 さて、どうやって壊したものか。

 半眼に開いた少女の瞳が紅く染まる。


「さあ、存分に楽しもうか!」


END.8



https://kakuyomu.jp/works/1177354054884676877/episodes/1177354054884676949

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