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 汐入しおいりでは見たことのない、大きくて平べったい車。

 よろずやの婆ちゃんの車ではなさそうだ。ユリカが言うにはアメリカ製の軍用車両の民生仕様みんせいしようだとか。よく分からないが、珍しい車だということだろう。


 この車幅じゃ入れない道も多いのに。どうするつもりなんだろう?

 行儀ぎょうぎが悪いとは知りつつも、好奇心には勝てずに車内をのぞき込んでしまう。リアシートに、タオルケットに包まって寝ている人影が見えた。


「ちょ、いくみんっ!」


 肩を叩かれ、友人の慌てた小声に振り返ると、店から出てくるひょろ長い男性と目が合った。

 どうしてだろう。いまにも泣き出してしまいそうな――

 のっぺりとした薄い顔に突然浮かんだ表情に戸惑うわたしを尻目に、彼は笑顔に変わり話しかけた。


「ごめんね。邪魔だったかな?」

「う……あ!? のぞいてません! いや、のぞいてごめんなさい!!」


 目まぐるしく入れ替わる青年の表情の意味をつかみかね、混乱したわたしは不明瞭な弁解をくりかえす。

 おかしな間は、引きつった顔でわたしをながめていたエリカのもらす「ふひっ」という声をきっかけに笑いで流された。


 ひとしきり笑ったあと手渡された名刺には、「みぎわ宗也そうや 民俗学研究」とあった。「民俗学者」でないのは、学位と関係のない、素人民俗学者だからということらしい。確かに和紙で作られた名刺は手作り感あふれるもので、青年の風貌とあいまって大学生の趣味に思われる。――教わった実際の年齢は、とうに大学を卒業したものだったが。


「変わった祭りだからね。見学がてら、話を聞ければと思って」


 そうなんだろうか? 地元の風習がよそから見て奇異きいなのかどうかはピンと来ないが、彼にとって気の毒なことに、祭りは変わっているだけではなく、変えられてしまったらしい。


宮司ぐうじの家系が入れ替わってから、祭祀さいしの内容が変わったみたい。あんまり詳しくはないんだけど」


 わたしたちが目にすることのできる、浜辺の祭壇にお供え物をするところまでは、以前と何も変わりない。大人たちの会話から、本宮ほんみやの祭祀が変えられたらしいと耳にしたが、おばあちゃんがいた頃の祭祀の内容を教わっていないわたしには、何がどう変わったのかを説明することはできない。


「興味深いな。どう変わったのかを詳しく知りたいね」


 この青年が調べたかったのは、以前の祭祀のほうだろうか。


「何百年も変わらない祭りのほうが珍しいし、どんな儀式でも本来の意味は忘れられ

るものだけど。語り手がいるうちに、記録を残しておかないとね」

「いくみんは昨日習った祝詞のりとももう忘れそうだけどね」

「……君も祭祀に参加するのか? 差し支えなければ詳しく話を聞きたいな」


 にやにや顔で混ぜっ返すユリカの言葉で、わたしが巫女だと知った素人学者の目に興味の色が浮かぶ。


 わたしは今年から初めておこもりに参加する身だし、ユリカの言うように祝詞の意味どころか文言すらうろ覚えだ。数年前から神社の手伝いをしている美魚のほうがずっと詳しいだろう。拝島の伯父や宮司を紹介しようにも、残念ながらどちらもよそ者に快く話しを聞かせるような人達ではない。


 青年の期待にうろたえ、あわあわと思考をめぐらせるわたしの耳に、不意に車内からの声が飛び込んだ。


「agsjkieye?」

「うん??」


 語尾のあがった疑問形。

 なんて? わたしにいたの?


 真っ白な肌に、真っ黒な髪。

 窓越しに語りかけた少女は、人形めいた顔に茫洋ぼうようとした表情を浮かべている。寝ぼけているだけなんだろうか。質問に対する答えを待つような、奇妙な間が流れた。


「キィ、もう少し寝ていればいい。買い物は済ませたし、じきに目的地だよ」


 なかば閉じられた、真っ黒な瞳がわずかに動き、青年をとらえる。

 不満も恭順きょうじゅんも示さぬままゆっくりとまぶたを閉じると、少女はねじでも切れたかのようにぱたりとシートに倒れこんだ。


 隣町には駅前に宿泊施設があるが、岬の先端、山と海の狭間にへばりつく様にたたずむこの汐入しおいりに宿は無い。心配になってたずねてみると、公営の郷土資料館の知り合いを頼るらしい。


「……なんか変な人に会っちゃったねえ」

「うーん、イケてなくはない。60点ってトコかな?」


 聞いてないよ。

 人間の顔の平均を取っていくと、端正な顔立ちになるという話を聞いたことがあるが、彼の場合は悪い意味でも目立たない顔立ちといったところか。何時いつか会った誰かの様な既視感を抱いてしまうほどに。そしてたぶん、その誰かはやっぱり思い出せないんだろう。


 素人民俗学者の車を見送ると、そろそろ夕間暮ゆうまぐれ。

 浴衣姿に着飾った女の子が、両親に手を引かれ水天宮すいてんぐうに向かうのが見える。浴衣は持っているし、一人で着付けも出来るが――着付けをのぞく、べったりと絡みつくような視線――嫌な記憶が脳裏に浮かび逡巡しゅんじゅんしているわたしを、ユリカはどう見て取ったのか。


「いくみんも着替えてきなよ。今夜は楽しもう!!」



射的をする

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884676877/episodes/1177354054884677030

金魚掬い

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884676877/episodes/1177354054884677080

型抜き

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884676877/episodes/1177354054884677229

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