第19話 父さん、本領を発揮する

 翌日、定時に出社したものの、社内会議に出席するよう伝えられた僕は、パソコンに触ることも許されないまま、控室で待機を命じられた。ということは、結果的にまずい方向に転がったのだろうか?


 落ち着かない気持ちのまま手のひらの汗と時計の針を気にしつつ、しばらくして呼び出された僕は、自分の心を落ち着かせようとしながら控室から出て会議室に向かう。

 どんな結果が待ち受けているのかわからなかったが、緊張を表に出さないよう、あくまでポーカーフェイスを崩さぬよう意識した。


 会議室には草刈社長以下、役員と監査役が一堂に会し、僕の到着を待っていた。


 廊下側の僕と窓側の父さんは向かい合って座る。彼と目を合わせないように役員席の方に顔を向けていると、全員揃ったのか、社長秘書が一礼して話し始めた。


「それではこれより始めさせていただきます。まずはこのたびの丸宮模型との取り引きにおける内部告発に関する調査結果につき、総務より発表していただきます」


「はい。今回の担当、天野です。結論から申し上げますと、現段階では確実な物的証拠は見つかっておりません。ただ、告発側の杉浦くんから該当営業の新島くんを交えて具体的な話をしたいという要望がございましたので、皆様にお集まりいただきました。それでは、杉浦くん、お願いします」


 なんだなんだ! ここは法廷か? そんな話、聞いてないんだけど!

 びっくりする僕を一瞥いちべつし、父さんが立ち上がった。


「天野部長よりご紹介いただきました杉浦でございます。今回の件につき、私の方で提出した情報はすべて天野部長にご確認いただいております。実際には新島さんに悪意があったとは私も考えておりませんが、問題につながる可能性があった行動につき、指摘できる状況証拠についてこの場で公表させていただきたく思います」


 つまり今回の結論をここで出すってことか? だけど社長まで巻き込んでしまったら、告発する側の父さんも「間違いでした」では済まされないぞ?


「私が問題と思う件については、先月の1月24日、営業担当である私がクライアントである丸宮模型の山根次長に、私が担当として対応することを拒否されたことに端を発します。皆様ご存知の通り、我々営業部は不正防止のため、原則二名で各クライアントを訪問することになっておりますが、その日まで私は、先輩の新島さんに丸宮模型への同行を固く拒否され、コンタクトを取ることを許されませんでした」


 なん、だと⁉ 僕と同行したいなんて一度も言わなかったくせに!


「本来ならば昨年末の西園寺さんからの引継ぎ以降、我々は対等にクライアントと応待すべきであったと思うのですが、新島さんはそれを拒み、ほぼ全ての顧客に対して独断で応対されていました。私は先輩の新島さんの言葉に従っていましたが、その後この会社の人事考課についての話を他の方からうかがい、新島さんの評価が急上昇していることを知りました」


「異議あり! 私が拒むような話は一切していませんが!」


「被告側はお静かに! 今は原告側の答弁です」


 思わず反論した僕の言葉は天野部長に制された。っていうか、本当に裁判かよ!


 そのまま父さんの話が続く。


「営業として外に出ることを禁じられた私は、少しでも会社に貢献しようと、新島さんの作る伝票や書類をチェックし、問題がないか確認していました。そのとき、明らかにおかしいと思われる箇所を発見したのです。私がそれについて新島さんに問いただすと、彼は『問題がないから口をはさまないでほしい』という怒気をはらんだ態度をありありと見せ、取りつく島もありませんでした。しかし、私にはこれがわが社に対して取り返しのつかない問題に発展するのではないか、という懸念が残りました。そのため今回の告発に踏み切った、というのが事の次第でございます」


 むちゃくちゃだな。だけど自分が何もしていない、という事実をここまで正当化してくるとは……。


「私はまず、その問題がある契約、そして新島さんが一人で対応していた丸宮模型の山根次長とのやりとりにつき、丸宮模型側の循環取引について利用されているのではないかと考え、それとなく山根次長に問いただしました。その結果、山根次長は別会社の倉庫に納品するよう新島さんに指示を出していることを認めました」



 ――ざわざわ……



「ただ、その時は山根次長も循環取引についてまでは言及しませんでした。そこで私が調べたところ、どうやらその商品、本来なら前年度に丸宮模型側に納品されるべきものだったのだそうです。私は過去の受発注のミスなのかと思いましたが、確認した結果、西園寺さんが担当されていた時に、一度別会社の倉庫に納品し、それをもう一度弊社の倉庫に戻そうとした経緯があったようで、その時は伝票などはなく、未遂に終わったようなのですが、それを今回新島さんに対して同じことをしようとしていたということになります」



 え? どういうこと?



「よって、新島さんは山根次長に丸宮模型側の循環取引の片棒を担がされていた可能性が濃厚です。現状の丸宮模型の経営状況が厳しいことは皆様周知のとおりですが、山根次長は新島さんの接待を受け入れています。つまり、この経緯について知っているのはわが社において新島さんだけです。さあ、新島さん、ここで真実を語っていただきたい!」


 父さんの言葉に、会議室全員の目が僕の方を向いた。


 ど、どうする? というか、こんな話聞いたこともないけど、逆に申し開きしようもないぞ?


 だけど、事実は事実として述べるしかない。僕は席から立ち上がった。


「えーっと、新島です。左京さんが言った通り、山根次長から別会社の倉庫に納品するよう指示があったことは事実です。ただ、それ以外の情報については存じておりません」


「では新島さん、その部品が丸宮模型で何に使われているのか、あなたはご存知でしたか?」


「いえ、具体的には……存じておりません」


「『一年近く倉庫に寝かしてあった部品を使って新しく作る商品』とは何か、疑問に思わなかったのですか? そして、わが社の倉庫にあるその部品の所在を山根次長が知っていたことについて、経緯を聞こうとは思わなかったのですか?」


「思い……ませんでした。ただ左京さん、山根次長は循環取引について認めたんですか?」


「そんなことを認めるわけがないでしょう! だからあなたに聞いているんです!」


「ですから何も知らないんです! だけどそれだけの状況から循環取り引きだと決めつけるのは無理があると思いますが? なんらかの事情があって丸宮模型内部の企画が滞っていただけかもしれないじゃないですか!」


 そう答えたものの、周りから浴びせられる視線が厳しい。そして父さんの表情には若干余裕が見える。


 少しの間、沈黙が続いた。が、それを打ち破ったのはなんと、草刈社長だった。


「まあ杉浦くん、いったん腰を落ちつけたまえ。新島くんも」


 その言葉にうながされて僕たち二人が椅子に座ると、社長は続ける。


「今回のあらまし、実は今日初めて聞いたんだが、丸宮模型の業績が良くないことは聞いてはいるよ。ただ山根次長ね。彼がそういったことをする人間だとは思えないんだよ。あそこの社長とも長い付き合いだけど、曲がったことをするのが嫌いな人間でね、彼の薫陶を受けてきた山根くんや他の社員がそういったことに手を染めるのはあり得ないと思うんだ」


 こんなところで社長が僕の味方に⁉︎


「もちろん杉浦くんの行動も、あくまでわが社を思っての行動だと私は思ってる。だからこれから二人で協力して、営業部を盛り上げてくれないかね? せっかく今のところいい調子で来ているんだから、お客様に粗相のないよう頑張ってほしい」


 社長はそう言うと、秘書に目をやった。秘書がそれに応じるように、


「それでは今日のところは以上とさせていただきます。皆様お疲れ様でした」


 とその場をしめると、全員が無言で席を立った。


 え? これで終わりなの? 幕引き? そう思った僕もあわてて席を立ち、社長に一礼して営業部に戻ったんだけど、その時、ちらっと伺った父さんの表情には、得体のしれない笑みが浮かんでいた。

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