第18話 父さん、仕事を引き継ぐ
「先方の山根次長は、譲さんでないとわからない話があるから、引継ぎされるのは困ると言ってました」
「ですからさっき言ったじゃないですか! 納品先がまだ決まってなくて――」
「ならば私がそれごと引き継げばよいだけの話ですよね? なぜ譲くんでなければならないんですか?」
「そりゃ僕だって人間関係を必死に築いてきましたから」
「譲くん……完全に山根次長に取り込まれていますね?」
「はい?」
「入社して数か月で築けるほど、人間関係は甘くはないです。若い譲さんが気がつかないのも無理はありませんが、会社としてやっていいことと悪いことがあるんです」
「あの、左京さ――」
「目を覚ましなさい‼ あなたはうちの会社を売るつもりですか⁉」
父さんは僕の胸ぐらを掴んだ。こいつマジで言ってるのか?
「ちょっと君たち、静かにしなさい。」
経理の高橋部長に、僕と父さんは引き離された。
「この件は私が一度預かる。もう定時だ。とりあえず今日のところは帰りなさい」
そう言われ、納得がいかないながらも僕は家に帰った。
んだけど……。
その晩、会社から携帯に来たメッセージで、僕は愕然とした。
『状況が確認できるまで、新島譲の自宅待機を命ずる』
☆☆☆
「夜分遅くお電話で失礼します、新島です。木下課長でいらっしゃいますか?」
『ああ、なんか大変なことになっているらしいな?』
「えっと、実は僕、よくわかってないのですけど、社内的にはどういった状況なんでしょうか?」
『俺の口からはあんまり言えないんだが、会社としては内部告発があった場合は総務部の専門チームが対応することになっているんだ。ただ、四月前ということもあって彼らも忙しいから、結果が出るまで時間がかかるかもしれん』
「じゃあ、僕の担当クライアントの対応はどうなるんですか?」
「杉浦にまかせるしかないだろう。元々は君たち二人の担当なわけで、ほかに割り当てる営業がいない以上、必然的にそうなる」
「そんな!」
僕は目の前が真っ暗になった。父さんの狙いが査定に関わる話かどうかはさておき(どうせボーナス前に自分の手柄にしたいんだろうけど)、今の僕の業務はとてもまかせられない。というか経理の前で父さんは僕が丸宮模型にかまけて他の会社は自分が担当しているみたいなことを言ってたけど、実際は他の会社にも僕しか行ってないじゃないか! あんな言葉でみんなだまされたんだろうか?
正直自分のボーナスよりも仕事が今後どうなるのかが気になる。だけど、会社から謹慎命令が出ているため、僕からお客さんに直接連絡を取るわけにもいかない。
「実際に僕の自宅待機が解けるまで、どのくらいかかりそうですか?」
『わからん。だがその間の給料は保証されるから、そんなに心配しなくてもいいんじゃないか?』
違う! そうじゃない、そうじゃないんだ! 木下課長は父さんのことがわかってないからそんなことが言えるんだ! だけど、疑われている僕がそれを今、ここで言ったところで逆効果なのは目に見えている。僕は課長に気遣われながら、礼を言って電話を切るしかなかった。
☆☆☆
自宅待機というのもひまなもので、特段これといった趣味がない僕は、本を読んだり、ゲームしたり、テレビを見たりして過ごす。なんというか、ハローワークに通っていた時期に戻った気がするけど、その頃とは違った意味で精神的なもやもやが晴れない。
そして、一週間たっても会社から連絡はこなかった。だが、いくつかのクライアントから僕のスマホに直接電話がかかってきた。なんとかごまかしながらも、僕の直属の上司、太田垣課長に連絡してほしいとお願いして電話を切る。だけど、徐々に状況が悪化している雰囲気が電話の向こうから伝わってきていた。
二週間たっても会社からは連絡がこない。通常であれば、疑いの件にせよ、業務の件にせよ、なんらかの確認の連絡があっても良い頃合いのはずだ。ひょっとすると父さんがそのあたり立ち回って、シャットアウトしているのか? そう考えるとなんだかヤバい気がする。そういえば山根次長からの連絡もない。弁護士に相談したほうが良いのだろうか? という考えも一瞬頭をよぎったが、僕個人にそんなお金はないのですぐに首をふった。だが、こうしている間にも不安といらいらだけが募っていく。
三週間たった。毎日のようにクライアントから電話がかかってくる。僕はその時間と要件をメモし、メールで太田垣課長に伝えることにした。念のためBCCに木下課長も入れておく。別に木下課長が僕の味方をしてくれるとは限らないけれど、案件の内容からして父さんが何もしていないことは明白だったから、それについての証拠にはなると思う。
そんなときだった。マリコ姉から連絡があったのは。
『譲、元気? もしひまなら付き合ってよ』
ゲームにもあき、やることが何もなかった僕は、翌日が休日だったこともあり、マリコ姉の誘いに応じることにした。
☆☆☆
「なんか痩せたね」
「マリコ姉は元気そうだね」
「それだけが取り柄だからねー。あんたみたいに頭良くないし」
「そんなことないよ」
土曜日のお昼、駅前のレストランで待ち合わせた僕たちはランチをとりながら、他愛のない話をした……んだけど、マリコ姉はなぜか僕の状況を知っていたみたい。いろんなことをしゃべりながらも、何かと僕に気を使ってくれているのがわかる。
パスタを食べ終えて口をふくと、マリコ姉がうつむきながら言った。
「実はあのあと木下さんから連絡があってね。よりを戻せないかって」
「え? そうなの?」
「なんか彼、直情的なところがあって、喧嘩しちゃったんだけど、それは自分でもわかっているみたいで、年末にすごく謝られたのよ」
「そうだったんだ」
「だけど私も自信が持てなくて。ほら、私も気が強いところあるからさー」
「いやいや、マリコ姉はいい女だよ」
「あんたも世間慣れしてきたわね」
「別にお世辞じゃないし。今日誘ってくれたの、正直ありがたかった」
僕は本心を包み隠さず話した。
そして、年末からの出来事を思い出しながら打ち明けていった。
「正月休みも体壊してたんなら言いなさいよ。バカね」
笑いながらそう言ったはずのマリコ姉は、少しだけ目に涙を浮かべていた。
「ご、ごめん……なさい」
「譲あんた、私の弟っしょや、もっと頼っていいんよ」
「うん。ありがとう。あ、だけど別にこの話を木下課長に伝えてほしいとかじゃないから。会社の中での事情ってあるのは僕もわかってるし、課長も事情はわかってるみたいだから」
「あ、うん。彼、心配してたよ、譲のこと」
「じゃあ、もし今度その話が出たら、僕は元気にしてるって言ってもらえるとうれしいかな」
「うん、わかった」
☆☆☆
そして数日が過ぎ、自宅謹慎からほぼ一か月が経過した2月20日、
『新島譲の自宅待機を解く。明日より出社するように』
というメッセージが来た、のだけど……。
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