第17話 父さん、重箱の隅をつつく
険悪な仲になった僕と父さんは、職場でほとんど口をきかなくなった。
おかげで僕の仕事ははかどる。山根次長の接待には交際費を使えなかったものの、丸宮模型の売り上げは思った以上に伸ばすことができていた。
そんなわけでホクホク顔で月末の原価計算にかかっていたときだった。突然太田垣課長から会議室に呼ばれたんだ。
「新島くん、丸宮模型との関係、順調すぎないか?」
「ええ、僕もびっくりしています。もちろん前任の西園寺さんがこれまで築きあげた関係があるからこそだと思いますが――」
「それがだね、実は何か裏があるんじゃないか? と内部で疑いがかけられているんだ」
え? どういうこと?
「売上の前年比300%という数字は正直私も予想外だった。それだけ見れば素晴らしい業績だよ。ただ、本当にそれが実態を伴う仕事なのか、と監査に疑われているんだよ」
「といっても手形の支払いサイトはこれまでと変えていませんし、丸宮模型の業績が伸びているだけだと私は認識しておりますが……」
「決して君を疑っているわけじゃないんだが、話によると最近、丸宮模型には君だけが行っているらしいじゃないか。杉浦くんは関与していないとか。会社としては公正を期するために営業二人体制にしているわけなんだが、一度杉浦くんと話してもらえないだろうか?」
ええーっ! そうなるの? まあ、原価計算の途中ではあるし、そこで問題無いことを証明できればよいのだろうけど……。
そんなふうに甘く考えていた時期が僕にも一瞬だけありました。自分の席に戻ると、父さんの方から寄ってきて僕の仕事に口を突っ込んできたんだ。
「譲さん、丸宮模型の収益計算の根拠を教えてもらえますか?」
「根拠って……これがそうですけど」
「それぞれの仕入れの際の為替レートがついていませんねぇ?」
「ああ、この部品はすでに過去に大量に在庫を抱えていたものなので、その当時の仕入れ値で確定してるんです」
「大量の在庫を処分した、ということですか?」
「ええ。そうです」
「大幅に値引きしたとか?」
「そんなことしてないですよ。もちろん在庫を抱えておくのはコストがかさむので若干安くはしましたが」
「値引いたのですか?」
「ええ、多少。もちろん太田垣課長の承認はいただきましたよ」
「問題ですね……」
「なんでですか⁉ 承認いただいてますし!」
正直父さんの指摘する意図がよくわからない。
「ところで、この商品だけ一部、納品先が指定されていませんねぇ」
「丸宮模型の指示する倉庫に直送するよう言われてまして、現在連絡待ちの状況です」
「ということは売上計上としては伝票だけ動いている、と」
「山根次長の依頼ですから」
「循環取引の可能姓、あり、と……」
「ないですからっ‼」
なんでからんでくるんだよ! というか、なぜ父さんにそんなことを言われなきゃならないんだ?
「譲さん、本当の事を話してください」
「すべて本当の事ですが?」
「そうですか。では、経理に行きましょう」
「え? どういうことですか? まだ計算最後まで終わってな……ってちょっと、それ持っていかないで下さいよ!」
父さんは強引に僕の計算書を取り上げ、経理部に向かった。
「ちょっと、どういうことですか? まだ計算済んでないですし、それが終わってからで――」
経理部の前で父さんに追いついた僕がそう言いかけたとき、
「譲さん。私はあなたのことを以前から疑っていたんです。私の調べによれば、丸宮模型は最近業績が落ち込んでおり、シェアで二番手以下の会社に抜かれるのも時間の問題。それなのになぜ弊社の売り上げがこれだけ伸びているのか?」
「は?」
「聞くところによると譲さんの担当している山根次長、あなたに接待の話を持ちかけたそうですね?」
「いえ、ゴルフしますか? と聞かれて少しお付き合いしただけですが――」
「私の調べによると、この山根次長、かなり金遣いの荒い人のようですね」
「そんなことはないと思いますが……」
「譲さん、やはり山根次長とグルなんですか?」
「ちょ、ちょっと待ってください! なぜそうなるんですか?」
僕が声を荒げた時、いつの間にか経理の担当者が僕たちの周りを取り囲んでいた。
「杉浦くん、その話、詳しく聞かせてもらえないだろうか?」
経理部長がそう言って僕たちに座るように促す。
父さんは椅子に腰を下ろすとその場全員に聞こえるように話し始めた。
「譲さんが私と連携せず、一人で丸宮模型と応対する中で、私はおかしいと思い始めたんです。なぜ売り上げの大きい一社だけにかまけて、それ以外の会社を私に押し付けたのか? そしてそこで予想を大幅に上回る売り上げをあげたのか? そこから個人的に調査を進め、この不備だらけの計算書を発見したのです!」
「ですからまだ書きかけですってば! 勝手に持っていかないでくださいよ!」
というか父さん、どの会社にも関わってないじゃないか!
「譲さん、いい加減認めたらいかがですか?」
「だから何をですか?」
「あなたと山根次長が不正に手を染めるに至った経緯をです」
「ですから何も不正は働いてませんってば!」
「ではそれを証明してもらえますか?」
「は? どういうことですか?」
「あなたが不正に手を染めていない、ということをここで証明してください。さあ、早く!」
「待ってください左京さん、いったい何を根拠にそんなことを言うんですか? 僕は何も悪いことをしていませんし、証明も何もそもそも不正の根拠がないじゃないですか!」
すると父さんはにやりと笑って言った。
「ではここで私が山根次長と連絡を取ってみますね」
「え?」
ちょっと待て! 僕がこれまで築いてきた関係を父さんがすべてぶち壊す未来が見え――
「草刈商事の杉浦と申します。山根次長はいらっしゃいますか?」
本当に電話しやがった……父さん、山根次長と面識ないだろ⁉
「はじめまして、わたくし、草刈商事の杉浦と申します。このたび弊社の新島から御社の担当を引き継ぐことになりまして……え? それは困るって? そう言われましても……ええ……はい……」
山根次長、いったい何を話してるんだ?
「承知しました。その件、こちらで新島に確認してからご報告させていただきます」
そう言って電話を切った父さんが宣言した。
「譲さん、山根次長はすべて認めましたよ」
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