第20話 父さん、開き直る

 たっぷり冷や汗をかいた会議の後、久しぶりに自分の机に戻った僕は、太田垣課長に挨拶がてら、クライアントの状況を確認する。


「うん。まあフォローしたいのはやまやまだったんだが、杉浦くんからどうしても首をつっこむなって言われていてね」


「え? じゃあ進捗は全部左京さんが止めているんですか?」

「そういうことになるな」


「で、ですが、丸宮模型以外の会社と今回の調査は何の関係もないですよね?」

「それが『譲さんのことですから、他の会社とも問題をかかえているかもしれませんので私が調査します』と言って応じないんだよ」


「だけど、結構クレームに近い話もあがってきていましたよね?」

「それについては俺の方で謝って待ってもらってる。いろいろとすまんね」


 営業部にとっても、今回の内部告発はかなりの事件だったらしい。過去にこんな事例はなかったようで、営業部の面々はみんな、自分に矛先が向かないよう、関わらないように父さんから距離を置いていたようだ。課長としては立場上とりあえず僕の肩を持ってくれているようだけど。


 とりあえず机に座ってパソコンを開くと、まずメールの処理に追われた。やはり左京さんは何もしていないようで、やるべき業務に優先順位をつけながら情報をまとめていく。


 ……が、一か月分の残務はさすがに多すぎる! さすがに腹が立った僕は、父さんに言った。


「左京さん、クライアントには顔を出されています?」

「出していませんよ。譲さんから出すなと言われていますから」


「そんなことは一言も言って――」

「言いました!」


「僕は一言も言って!――」

「言いました!」


 パソコン画面から目をそらさずに回答する父さん。僕の怒りはMAXだ!


「では聞きますが、あの1月24日、左京さんは僕が丸宮模型以外の案件を押し付けられたと言っていましたよね? だったらそれは左京さんの仕事じゃないんですか?」

「そのあと譲さんからそれらにも顔を出すなと言われましたから」


「そんなことは一言も言って――」

「言いました!」





 ……そうかい父さん。僕のことをなめているんだね? 




 わかった。わかったよ。






 やられたらやり返す‼ 倍返しどころじゃすまさねえ!!!



 ☆☆☆



 絶対に父さんをこの会社から追い出してやる。僕はそう決めた。



 もちろんこれは僕個人の闘いだ。当たり前だけどお客さんに迷惑をかけるわけにはいかないし、社内にも極力負担がかからないように動かなければならない。


 ただ、どうしても巻き込まなければならない人がいる。草刈社長と人事の木下課長だ。最終的に父さんをクビにする、という判断を下すのは、社長の命においてなされるべき行為だし、そのフォローは人事が請け負わなければならない。


 もちろん本来ならこういった話は直属の上司にするのが筋だということはわかってる。だけど、太田垣課長はどちらかというと事なかれ主義で、まともに取り合ってもらえないだろうし、話がこじれる可能性も高い。


 だから僕は、木下課長にこれまでの話を打ち明けた。前職での出来事や、父さんが英語をまったく話せない事も。マリコ姉から話を聞いていた僕は、木下課長が味方になってくれると思ったのだ。


「『経歴詐称』と『労働能力の欠如』を理由に杉浦さんを解雇することはできないでしょうか?」


 僕は、父さんがこの会社にいればいる程損害が大きくなることを説き、彼をクビにすることができないか、木下課長に尋ねた。


「新島、解雇要件は一つ満たしていれば解雇することは可能なんだが、その一つが認定されるかどうかの判断が実はかなり厳しいんだ」


 課長によると、『経歴詐称』で50%、『労働能力の欠如』で50%といった合わせ技は認められず、一つの要件を100%満たさなければならないらしい。そしてそのハードルは思った以上に高いのだそうだ。また、『労働能力の欠如』という解雇要件については、会社側が本人の能力向上をはかるべく、一定期間本人をサポートする期間を設けなければならないらしい。だが、うちの会社で英語ができないのはさすがに『経歴詐称』の解雇要件に合致するだろうということで、僕が社長を説得することを条件に、協力してくれることになった。


 そしてその木下課長のとりなしで社長との面談にこぎつけた僕は、この一か月、父さんが何もしておらず、大変な思いをしていることを社長に伝えた。木下課長も一緒になって過去の経緯を説明してくれた。


「人事的なことについては私がすべて手配しますので」


 社長はその木下課長の言葉をしばらく考えていたが、その後、


「わかった」


 そういって僕らにOKを出した。やった! ついに父さんを追い詰めたぞ! 僕は膝の上でこぶしを握り締めていた。



 ☆☆☆



 そしていよいよ、対決の日を迎える。僕は社長室で社長や弁護士、木下課長と一緒にソファーに座って待った。


 その向かいに、呼び出された父さんが座る。


「あなたの入社に関わる履歴書、職務経歴書の内容について、もう一度はっきりさせるところから始めましょう」


 弁護士の先生が父さんに切り出した。


「何を問題視されているのかわかりかねますが?」


 父さんが不遜な態度で答える。


「まず、あなたは語学について全く能力がないにもかかわらず、こういった経歴を記載していますよね?」


 弁護士が問い詰める。


「事実ですから」


 父さんは臆面もなく言った。


「ではこの職務経歴書に記載されている内容を、英語で説明してもらえますか?」


 弁護士が難問を突き付ける。

 これで終わったな、と僕が思ったそのとき、


「忘れましたから」


 父さんはキッパリと言った。


「何をです?」


 弁護士の疑問にも父さんは喧嘩を売るような態度で言い放つ。


「『英語』をです」


「は?」


「わかりませんか? 現在の私は『英語をしゃべる』という能力を喪失したのです」


 なんだよー! そのむちゃくちゃな開き直り!


「何をバカなことを!」


「バカなことではありませんよ。実際今、しゃべれないのですから、それを実証していることになりますねぇ」


「では、以前はしゃべれていたとでも言うのか?」


「はい。実際、この会社の面接では英語でしゃべっていたわけですし、それはそこの人事課長がご存知かと」


 父さんの言葉に、その場の全員が黙った。


「申し訳ございませんが、これ以上の話し合いは無駄だと思います。失礼致します」


 そう言って父さんが立ちあがる。


「待ちたまえ杉浦くん! 話は終わっていないぞ!」


 そう木下課長が呼び止めた時だった。


「お言葉ですが、論点が明確ではない中で、揚げ足を取られ、集団リンチを受けるのは、不本意です!」


「論点は明確です。そこにお座り下さい」


 父さんの言葉に弁護士の先生が諭すように反論し、着席をうながす。


 しかし、父さんは激昂した。


「ここは警察の取り調べ室でも裁判の証人尋問の場ではないですよね! そちらには弁護士の先生がいらっしゃり、私には味方がいない。フェアじゃないですよね! そんな状況で私をここに監禁する気ですか?」


 父さんは社長に向けてそう啖呵を切ると、社長室を出て行った。


 全員があっけにとられ、しばらく動けなかった。



 ☆☆☆



 自分のデスクに戻ると、父さんはすでに帰宅したようで、ほっとした。さすがにあの後では父さんと顔を合わせたくはない。定時まではまだ時間があるので、僕は自分の仕事を片付けつつ考える。


 明日から父さんはどうするのだろうか? 弁護士を連れて会社に乗り込んできたりするのだろうか? そしてまた、前回のように自らの権利を主張するのだろうか?


 いずれにせよ、時間をおいて退職ということにはなるだろうな。






 ところが、父さんはそんな僕の考えを凌駕する行動に出たのだった。

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