第21話 父さん、行方不明になる

 翌日の朝、父さんは出社しなかった。

 

 正直、僕はほっとした。昨日の件で父さんがヤバい奴だとみんなから思われたことで、本人から逆恨みされるのはしょうがないけれど、これ以上父さんがらみで振り回されたくなかったし、目の前の仕事は山積みだし、すべてにおいて彼とはもう関わりたくなかったし。



 だがその安堵は、瞬く間に絶望へと変わることになった。


 丸宮模型から『今後の取引について、停止の依頼』の連絡メールが入ったのだ。


 一瞬何のことかわからなかったが、どうやら丸宮模型本社に警視庁の捜査が入ったらしい。父さんの言っていた循環取引の件は本当だったのか? と疑いそうになったが、違ったようだ。というのも、僕のほかのクライアントからも同様に取引停止のメールが送られてきたのだ。立て続けに。


 この時点で僕は「自分のクライアントを狙った父さんの仕業であることは間違いない」と思っていた……んだけど、僕以外の営業の大口顧客にも軒並み似たような連絡が入ってきたらしく、あっという間に周囲がパニックに包まれる。


 営業部としての対応を決める緊急ミーティングを開く、とのことで、課長たちが会議室に向かい、取り残された僕ら平社員。


 そこに突如、聞き覚えのある言葉が響いた。


「労働基準監督署です。突然ですが御社の調査を行いたいと思いますのでご協力願えますか?」


 この会社にも労基のガサ入れが入ったのだ。


 彼らはうちの顧問弁護士の到着を待たずして、会社内部の検査を始める。



 そして、



「ありました! 盗聴器!」


 喫煙室から大きな声が聞こえた。


「え?」

「どういうことだ?」


 社員たちから声が上がった。僕もまったく状況を理解できていなかった。わかったのは、その後もいくつかの盗聴器が社内のいたるところから見つかったということだけ。


 結局僕たちには具体的なことは何も知らされないまま、その日のうちに草刈社長は労働基準監督官に連行された。後で聞いた話なんだけど、労働基準監督官には警察同様、逮捕特権がある(しかも捜査令状などは不要)らしく、『過去に労使裁判の経験があったこの会社の解雇案件に関わる疑いがある』ということで捜査されることになったそうだ。


 そして、この一連の流れはテレビや新聞で報道されるニュースとなった。


 草刈社長が社内に盗聴器を仕掛け、社員の会話を盗聴していた、という「疑い」がまことしやかに報道されたのだ。それは「社長が社員の弱みを握り、自分の言うことをきかせたい社員にそれとなく情報をちらつかせようとしたため」という疑惑だった。


 社員の中にはこの話を信じる者もいた。実際この会社の人事評価システムはある意味合理的ではあったものの、業務中のこととはいえ、社員を拘束しすぎるきらいがあると一部では評判が悪かったようで、それを導入した社長ならやりかねない、ということらしい。僕は盗聴器についても、どうせ父さんが仕組んだことだろうと思ってはいたけど、証拠がない以上声に出すわけにもいかず、結果的に社内の雰囲気は険悪になり、会社全体でのモチベーションは大きく低下した。


 さらに、それに追い打ちをかけるように、役員派閥が分裂した。このタイミングで社内が社長派と副社長派に分かれ、責任のなすり付け合いが始まったのだ。かねてより営業畑の草刈社長派と管理畑の副社長派は水面下で対立していたそうで、ここぞとばかりに副社長派が社長を糾弾し始めたのだ。その結果、社内の上層部で多くの業務が滞ることになってしまった。


 いずれにしても、年度末の処理や取引停止クライアントとの対応で死ぬ思いをしていた僕たちに、この報道は堪えた。いや、トドメを刺されたのだ。最終的には草刈社長の疑惑は晴れることにはなるのだが、それまでの期間、かじ取り役を失った会社は持ちこたえることができなかったのだ。



 かくして、すべての取引先から仕入れを断られることになった草刈商事は二度の不渡りを出し、倒産することとなった。草刈商事だけでなく、丸宮模型など、いくつかのクライアントも。


 それまでに父さんを解雇することができなかった会社は、彼にも最低限の給与を支払わなければならなかったが、彼が表に出てくることはなかった。表に出る必要がなかったのだ。給与は破産管財人の手によって社員たちの口座に振り込まれるだけなのだから。仮に今回の件、糸を引いていたのが父さんだったとしても、これといって証拠も見つからなかったし、会社側が倒産してしまった以上、その責任を追及することもできなかった。



 ☆☆☆



 最終出社日、僕は帰宅すると、あらためていろいろなことを振り返った。まず、未上場の会社ってもろいな、と感じた。実は草刈社長は僕にとってはカリスマ的な存在だったし、個人的にはこの職場で一生働きたいとも思っていたけれど、その会社があっさりとつぶれるなんて、予想だにしていなかったから。また、風評被害やらなにやらで一度社会的に信用を失ってしまうと、修復は困難なのだということも身をもって感じた。


 それから父さんがうらんでいた相手は、草刈社長だったということもわかった。きっとあの「大岡裁き」の結果が不満だったのだろう。やはり父さんは僕の仕事の評価をそのまま自分のものにしたかったのだろう。そしてあの会議で「勝てる」と踏んでいたんだ。普通に考えれば自分が何も仕事をしていないことを正当化できれば上出来な茶番だと思うけど、彼はあの「決着」にまったく満足できなかったというわけだ。自己中とかそんなレベルじゃない。だけどいずれにせよ、あの笑みは社長に対して向けられたものだった。だから父さんはあの後すぐに社長室に忍び込み、盗聴器を仕掛けた。ところが実際に社長室の情報を盗み聞いたとき、父さんをつるし上げようとする僕の計画を耳にしてしまった。だから急遽対策を練ったのだろう。そして、自分で設置した盗聴器を社長のせいにし、監督署にたれこんだのだ。


 今後父さんと会うことは二度とないとは思うが、こういった人間に関わってはいけない、僕は心にそう刻んだ。

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