父さんの時代

第22話 父さん、リターンズ

 初めて会社に採用されてから1年の間に2回も転職しなければならないとは、さすがに思っていなかった僕だけど、運よくすぐに新しい会社に就職することが決まった。


 なんと一部上場企業、総合商社の本田通商にスカウトされたんだ。


 なぜこんな大手に? と自分でも不思議だったけど、これには理由があった。入社前には知らされていなかったんだけど、僕が所属することになった営業5部は、社内の中でも人の集まらない肩身の狭い部署だった。


 商社も会社によって社風が全然違うらしく、ここは社内の派閥争いや中間管理職同士の競争が熾烈なところのようで、社内が敵だらけ、というサバイバルな会社なのだとか。


 そんな中、組織の色に染まっていない外部の人間を味方に引き入れようと画策していた今回の上司、福沢ふくざわ課長が業界のつてで僕に直接声をかけてくれたというわけ。


 とはいっても、そんな社内政治など僕には関係ないし、拾ってくれた課長の期待に応えるために努力するだけだ。そしてそういった意気込みが認められてか、入社後数日で部下を持たせてもらうことになった。


 え?


「で、ですが僕、社会人経験浅いですし、いきなり部下だなんて! それにきっと僕よりも年上の人ですよね?」


「気にするな。というか、これは人事からの命令なんだ。俺が勝手に君の採用を決めたことを不問にする代わりに、条件を飲めと言われたんだ」


 福沢課長が渋い顔を見せた。実はこの課長、社内に敵が多い。見た目はスマートで優しそうな印象なんだけど、正義感が強く、頑固で熱いところがあり、譲れないところは頑として自分を曲げないのだとか。そのせいか過去に業務管理部とやり合ったことがあるらしい。そのせいか、これまでなんども追加人員を要請するものの、人材を回してもらえないままだったそうだ。結局そのままメンバーがどんどん抜けていき、営業5部は課長一人だけになってしまったのだとか。そこで彼は自ら採用活動を行い、僕を入社させることを業務管理部の人事課を通さずに独断で決めたらしい。裏技を使ったとかなんとか。もちろん再び業務管理部と喧嘩になったけど、仕事をしないお前らが悪い、と平然と言い放ったそうだ。課長の査定も最終的には業務管理部に握られているはずだが、今以上の出世など考えていない彼は意に介していないらしい。


 ただ、それでも部下の事は気になるようで、僕の将来の事を考え、人事から追加であてがわれた社員を僕の下につけるのが得策だと判断したそうだ。いろいろとありがたいやら申し訳ないやら……。


 だけど、それでも年上の部下ってのは僕には荷が重い気がするなー。


 そう思っていたところ、人事担当者に連れられて、その新人がやってきた。





「はじめまして、杉浦左京です。どうぞ宜しくお願いします」




 なんでだよ……。




 僕は福沢課長に父さんの事を伝えなければならないと思った。彼がこれまで僕の同僚として二つの会社をつぶしてきた(に違いない)こと、決してうちの部や会社のためにならないこと、どういった性格で、どういった手口をとるかなど、すべてを話すべきだと思った。


 ただ、今回は想像以上に社内のしがらみがある。僕が言ってよいものかどうか、判断がつかない。課長は良かれと思って、人事の要求をのんだわけだし。それに父さんの悪事についても実際には証拠がないわけで、正直なんて説明すればよいのかわからなかった。


 でも、父さんをこの部に入れることで被害を被るのは福沢課長だ。早いうちに話しておかなければ絶対に大変なことになる。そこで、僕は課長に一緒に飲みに行くことを提案した。僕自身、お酒は飲めないけど、そんなことを言っている場合じゃない。


「ん? もちろんいいぞ」


 課長はすぐに了承してくれ、明日の夜、時間を空けてくれることに。



 だが、その段階ですでに手遅れだった。翌日、福沢課長は出社しなかったのだ。



 ☆☆☆



「とある事情により、福沢くんには自宅で謹慎してもらうことになった。新島くんは営業4部に移り、そこで頑張ってもらいたい」


 人事課から突然辞令を渡された僕は、何が起きたのかまったくわからなかった。


「いったいどういうことですか!?」


「悪いが現段階では何も話せない。業務はこれまで通り行ってほしい」


 たったそれだけの事情説明を元に、釈然としないまま僕は部署を異動することになった。福沢課長にいったい何が? と思ったものの、神経質そうな人事担当者は取りつく島もなく、課長の備品を押収してすぐに部屋を出て行った。


 一方で父さんは別部署になったのか、朝から姿が見えない。彼のことが気にはなったものの、会社の指示に急いで従わざるをえなかった僕は、荷物をまとめてあわてて引っ越すことになった。



 とりあえず部署を移ったものの、周りに知り合いはおらず、何も指示がない。これまで僕は福沢課長からある程度仕事を任されていたため、今まで通りの仕事を続けることにした。実際は課長の分の業務もこなさなければならず、よくわからないお客さんの質問をかわしながらなんとか対応し、一日が終わるころにはくたくたになっていた。課長がこれまで、一人でこんなにも仕事をこなしていたのかと思うと、相当大変だったんだろうな。けど、その課長は今はもっと大変な境遇に置かれているはずだ。そう思った僕は、課長の携帯に電話をかけた。



 ☆☆☆

 


「もしもし、福沢課長ですか?」

『ああ、新島か。いろいろとすまんな、こんなことになるとは俺も考えていなかった』


 そういいながら課長が僕に語った内容は、雲を掴むような話だった。なんと会社の機密を持ち出した疑いをかけられ、調査されることになり、自宅謹慎に追い込まれたらしい。僕は一瞬、父さんの仕業じゃないかと疑ったけど、うちの部署に来て一日目の父さんがそんなことをする理由がわからないし、だいいち時間的に無理がある。だが、誰の仕業かはともかく、前の職場で自宅謹慎の辛さをわかっている僕は、できるだけ早く課長を助けなければならない、そう思った。

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