第15話 父さん、評価が下がる
忘年会の会場は、会社から少し歩いたところにあるカニ専門店だった。
実は僕、甲殻類アレルギーなので、カニは食べられないんだけど、いろいろとお世話になった先輩たちへの挨拶も兼ねて出ることにした。
「本当にご迷惑をおかけしました」
「気にすんなよ! というかむしろ、部長が新島くんのことを褒めてたぞ」
「え? どうしてですか?」
「西園寺さんのあの仕事を引き継ぐ先がなかったからさ。元々あの人の仕事量、ほぼ二人分だったしな。だけどまさか、倒れてしまうとはな」
「……ごめんなさい」
「謝るなよ。むしろあれだけしっかりやってると思ってなかったから、びっくりしたんだ。俺らやることほとんどなかったし」
「そんなことないですよ。大事なところへの納品がほとんど残ってしまって――」
「いや、ほとんど終わってたぞ」
「あれ? じゃあ左京さんがやってくれたのかな?」
「杉浦のこと? あいつ何もやってないよ」
どういうことだ?
「うちの会社のシステムって、誰が何をどこまでやっているか一目瞭然だから、すぐにわかるんだよね。新島くんは最初から最後までしっかりイメージ持ってやってるのが経過報告から見て取れたから、引き継いでも楽だったんだよ」
そうか、そんなところを見られてたんだ。なんだか恥ずかしいな。
「で、新島くんにアドバイスなんだけど、この時期の物流は基本的に『遅れるもの』だと思ってやらないと、精神的に持たないから覚えておいた方がいいよ。お客さん側もある程度織り込んで納期設定してるし、俺たちが責任を負わされる事はあまりないから」
なるほど、そういうことだったんだ。今にして思えばリスケに次ぐリスケだったけど、最初からそれを前提にして考えていれば心理的にぜんぜん違っていたと自分でも思う。納品先とのやり取りもどことなくギクシャクしてたし。
そう納得したとき、後ろから肩を叩かれた。
「譲さん、退院おめでとうございます」
「左京さん⁉」
いつの間にか彼が忍び寄っていたのに僕は気がつかなかった。
ビール瓶を持って僕と先輩の間に割って入り、にこにこしている。
「来年もどうぞよろしくお願いします。まあ、一杯」
「あ、いや、僕は病み上がりなんで。というか左京さん、忘年会は参加されないんじゃ――」
「それが、譲くんにご挨拶できてなかったことを思い出して、ここだと聞いて駆けつけたところ、せっかくだから参加しなさいと言われてですねぇ」
そりゃここまで来られて帰れとは誰も言えないよな……。
「譲さんがいない間、私が骨を折った甲斐もあって、なんとか引継ぎ分を無事終わらせることができました。本当によかった」
「ま、まあ左京さん、一杯どうぞ……」
「ああ、すみませんねぇ」
僕が左京さんにお酌しながら先輩の方を見ると、彼は微妙な顔をしていた。
まあ先輩の話が間違いないであろうことは僕にはわかるんだけども。
「ところで譲さん、カニ食べないんですか?」
「あ、はい。僕アレルギーなんで……」
「おやおや、こんなおいしいものが食べられないなんて……」
「……よろしければ、左京さん、どうぞ」
「え? いいんですか?」
「はい、遠慮なく」
そう言いながら僕はその場を左京さんにゆずり、席を立つことにした。
先輩には申し訳ないけど、左京さんとはこれ以上一緒に居たくなかった。僕たちの仲が良いと周りに勘違いされたくなかったのもあるけど、父さんがあたかも西田商事の時のように社内でうまく立ち回っているように思いこんでいるのがいたたまれなかったんだ。
なので僕がほかに空いた席がないか探していると、
「おー新島、ちょっとこっち来い!」
人事の木下課長に呼ばれてしまった。それはそれで気まずいんですけど……。
「今年はお疲れさん! もう
「いえ、さっきもいろいろと教えていただきまして……まぁどうぞ」
そう言いながら課長のコップにビールを注ぐ。
「なんか大変だったらしいな」
「いえ、おかげさまでなんとかなったようです」
「仕事の方が上手くいっても身体壊したら意味ないよ。あまり無理するな」
そう言いながら僕に優しい眼差しを向ける木下課長。
「もっとも仕事しない奴は論外だがな、杉浦みたいに」
「あっ、課長、実は……」
木下課長の声が大きくなったので、僕は慌てて父さんを指差した。
「えっ? なんであいつがここにいるの?」
「それが、僕に挨拶に来たとかなんとかで、そのまま……」
「意味がわからんのだが?」
「僕もわかりません……」
「まあいいか。でな新島、来年のボーナス楽しみにしとけ」
「どういうことですか?」
「お前の期待値、やたら高いんだよ。去年営業部で西園寺くんが抜けた穴をカバーできるのはお前だろうってみんな思ってる」
「いや、そんな! まだまだ新人の僕なんかとてもとても」
「ベテランでも仕入れから販売まで引き受けられる奴なんかそんなにいねーよ。西園寺くんだって元々パートナーがいたんだが、そいつが辞めてしまって、しょうがなく一人でやってもらってただけだしな。結局彼も辞めることになってしまって、たまたまお前と杉浦の二人いたから作業を分担して対応させようとあの案件に抜擢したんだが、実際はお前一人でやってたろ?」
「それはまあ……」
「配送業者も自分で電話かけて開拓してたろ?」
「まあ、西園寺さんにある程度聞いてはいたので……って、なんで知ってるんですか?」
「うちのシステムはそういったところをしっかり評価するから、体調管理さえしっかりして売り上げをあげていけば、全部ボーナスに反映されるからな」
そんなところまで見られていたなんて! もちろんうれしいんだけど、過大評価されすぎな気がして恥ずかしい。
「うちは仕事できる奴にはどんどん任せて、できない奴には給料払わない会社だからな」
「そ、そうなんですか」
父さんが聞いたら怒り狂いそうな話だ。
「まあ今年は終わりだ。少しは飲めよ」
課長にそう言われて飲めないお酒を飲み、ベロンベロンに酔っぱらった僕は、なんとか自宅に戻ったものの、再びそのまま熱を出し、正月休みをほぼ寝たまま過ごすことになったのだった。
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