第13話 父さん、失業保険の権利を使い切る
結局僕は、マリコ姉の紹介で、中途採用面接を受けることに決めた。
ところが、僕のメールに送られてきた情報を見て思わず声をあげてしまった。
――え⁉ 草刈物産?
西田商事と同じ商社だが、そこそこ名の知れた老舗(僕が知っているくらい)で、有名ブランドを多く抱える優良企業だ。ホームページに載っている社内風景の写真も西田商事とは異なり、垢抜けた雰囲気で、泥臭さを感じない。社長がこれまた渋いおじさんで、いかにもやり手っぽく思えた。
中途半端な経験しかない僕なんかがこんな会社で務まるのだろうか? そんなことに悩みながらも、面接の日はすぐにやってきた。
☆☆☆
「初めまして、新島譲と申します。本日はお時間をいただき、誠にありがとうございます」
「人事の木下です。どうぞ、おかけください」
僕は緊張しながら面接に挑んだ。面接官の木下課長は見た目40近くの、とらえどころのないおじさん、というイメージだった。
「履歴書を拝見しましたが、前職の退職理由をお聞かせ願えますでしょうか?」
「はい。実は……」
僕は自分の語れる範囲で自らの経験を述べながら、質問に答えた。英語の質問にはそのまま英語で答え、アメリカに住んでいたころの話や授業の内容についても、覚えている限り説明した。
「ありがとうございました。それでは本日の面接を終了させていただきます。結果は後日、ご連絡致します」
「こちらこそ、ありがとうございました」
会社を出た僕は、体から力が抜けたようだった。
しばらく何もしないでいると、人間ここまで弱くなるのかと思った。
ただ、結果については自信はないものの、精一杯アピールしたつもりだったので悔いはなかった。そう思うと、今日のあの面接官がマリコ姉の彼氏の人なんだと思い直す余裕も出てきた。
マリコ姉とはかなり歳が離れてる気がしたけど、ひょっとすると、僕はあの人の義弟になるかもしれないのか……。
☆☆☆
それから一週間後、僕は草刈物産から内定の連絡を受け取ることになった。
『おめでとう! これから頑張ってね!』
マリコ姉からメッセージが来た。
そうだな。これからは姉さんに恥をかかせないように、頑張らないと。
思えば前の会社を退職して、三か月で新しい職場が決まったわけだけど、この期間、長いようで短かった。
そんなわけでハローワークでの最後の認定日を迎え、書類を窓口に提出して座って待っていると、
「譲くん」
と、声をかけられた。
……やはり、父さんだった。
彼は僕の横に腰をかけると、カバンから見慣れない資料を取り出してニコニコしている。
「それ、なんですか?」
思わず聞いたが、意外そうな顔で聞き返された。
「あれ? 譲くん、『公共職業訓練』は受けないのですか?」
「なんですかそれ?」
「あれあれ? ご存じなかったんですか? 失業保険の給付日数が増えるんですよ」
そう言って父さんがにやにやする。
ああ確か、雇用保険のしおりに書いてあったな。失業保険の対象者は地域指定の職業訓練を受けることができるとかなんとか。そしてその期間中は失業保険の受領期間も延長されるとか。仮に失業保険給付期間の最終日近くからスタートする訓練講座を受講できれば、追加でさらに数か月分、働かずにお金を受け取ることができるという仕組みらしい。
僕はそんなことよりも早く就職決めたかったから考えもしなかったけど、父さんはそういった話、逃しそうにないもんな~。
ただ不思議と嫌な気はしなかった。就職が決まって自分の気持ちが落ち着いていたからかもしれない。もっとも前回、僕が父さんに同類だと思われていたことがやけに不愉快だった分、彼と一線を引けたということで払拭されたからかもしれないけど。
まあ、父さんも家族ある身だし、新しい職場探さなきゃいけないから大変だと思うけど、頑張ってほしいと思うよ、うん。我ながら全然気持ちこもってないけど。
だけどその時、父さんの視線が僕の資料にくぎ付けになっていた事を、僕はまだ、気づいていなかったんだ。
☆☆☆
新しい会社に入社した僕は、心機一転、仕事に励んだ。
秋入社ということもあり、できるだけ早く人間関係を築くために、社内の様々な部署の人と接し、顔を覚えてもらえるようどんな雑務もこなした。
マリコ姉の紹介で面接を受けたものの、特にコネ入社という扱いでもなかったし、この会社には中途採用はよくあることだったようで、割とスムーズに受け入れてもらうことができたように思う。
そのせいか、冬場に入るころには仕事の流れもつかめるようになり、外回りの仕事も増えてきた。
ちょうどその頃だった。会社の朝礼で僕の目が点になったのは。
「杉浦左京と申します。どうぞ、よろしくお願い致します」
……なぜここに父さんが?
その時僕は、ハローワークで最後に彼と別れた際、僕の書類をちら見されていたかもしれないことを思い出した。けどまさか、同じ会社に入社してくるとは……。
☆☆☆
営業部でのあいさつが終わった後、父さんは僕の横の席に座ることになった。
「譲さん、ご無沙汰しております。あらためてよろしく」
父さんに頭を下げられ、しかも『さん』づけで呼ばれ、僕は戸惑った。
社内的にはすでに僕と父さんが前職の同僚で、周知の中である、と思われているらしい。そして「父さんが僕の先輩だった」とも。
正直迷った。人事課長の木下さんに前職での経緯を話すべきだとも思った。ただ、その事を僕の口から直接言ってしまうと、角が立つ気もする。というのも父さんを採用したのも木下さんだったからだ。
ん? 待てよ?
マリコ姉を経由してできるだけ客観的に伝えてもらうことはできないだろうか?
そう考えた僕は、夜、電話した。
『譲? どうしたの?』
「実は木下課長に伝えたいことがあるんだけど」
『会社で本人に話せないの?』
「実は僕が直接言うとまずそうな話なんだ」
『……ごめん譲。あの人とはもう、別れたんだ』
「えっ?」
『先週彼から切り出されて』
「知らなかった……こちらこそごめん……」
『いいのよ。気にしないで』
電話を切った僕は、非常に気まずく感じた。マリコ姉に頼もうとしたことだけでなく、会社の中での今後の自分の立場についても。
コネ扱いではないとはいえ、それでも僕の入社のきっかけはマリコ姉の紹介からなわけで。木下課長にとっても今の僕の存在は微妙なのかもしれない。
いずれにせよ、僕から木下課長には話しにくくなった。
そのままずるずると誰にも切り出せないまま、父さんとは極力関わらないようにして一か月過ぎたころだった。顔を青くした父さんに妙なことを言われたのだ。
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