第11話 父さん、交渉する

 父さんのこれまでの仕事を洗い出した木村課長の顔面は蒼白だった。


 何一つまともに終わっている作業がなかったらしい。ある案件は放置され、ある案件は課長の指示とは逆の対応がなされ、クレームはすべて揉み消されている。そして父さんはそれらを課長に「対応済み」と報告していた。


「おい、木村!」


 松浪部長の怒りの矛先は木村課長に向けられた。管理の甘さを激しく詰められた課長は、終始平身低頭で、最後は半泣きだった。


「明日あいつが出社したらすぐに俺のところに連れてこい! いいな!」


 そう言い放って部長が会議室を出て行ったあと、課長は父さんへの怒りに打ち震えていた。ただ、こうなると僕としては正直微妙な気持ちというか、明日、父さんが部長たちにどんな扱いを受けるのか、非常に気になった。というかドン引きしていた。確かに今回の件は父さんの自業自得なんだけど、でもだからといって上司が怒りをぶつけるだけだと部下は育たないんじゃないか? と思ったんだ。もちろん父さんに同情する気持ちはさらさらないし、新人の僕が口を出す話でもないけど、仮に今後、もし僕が仕事で失敗したとしたら、やはり同じように部長から怒りをぶちまけられるのだろうか? そう考えたらこの会社に居心地の悪さを感じてしまった。


 だが、そんな僕の考えは、すべて杞憂に過ぎなかったのだ。



 ☆☆☆



 翌日の朝、父さんから体調不良のため、休むという連絡が入った。


 ……なぜか僕の携帯に。


 そのことを木村課長に報告すると、


「なんだと? 会社に直接連絡させろ!」

「確かにそうなのですが、僕に言われましても……」


「それはまあそうだな。だが君に電話が入ったということは」

「これまでのことがバレたことを気にしているからでしょうね」


 そう言って二人で黙る。


「とはいえ、このままずっと休まれても困る。何かいい方法はないか?」

「課長が直接電話された方がよいのではないかなと。直接自宅に行くぞって言ってみるとか」


「なるほど」


 実際に木村課長が電話でそう言ったところ、父さんは午後に出社することを承諾したそうだ。


 その間に部長と課長は父さんの業務で止まっているものを洗い出す作業に取り掛かることになった。極力関わりたくなかった僕は、課長の承認を得た見積書をメールで館山自動車に送信し、訪問する。


 そして三宅さんの受領を確認し、結果は後日、とのことで定時には帰宅できる、はずだった。



 ☆☆☆



「誠に申し訳ございません!」


 定時前に出社後、社長室につれてこられた父さんは、松波部長からの激詰めに対してのらりくらりとかわしていたが、最後は言い逃れできなくなり、ついに頭を下げた。


 ここには社長以下、松波部長、乙坂さん、そしてなぜか僕が同席させられている。


「杉浦くん、もう一度最初からこれまでの事情を説明してくれないか?」


 社長がさとすように言った。


「ご期待にそえず、誠に申し訳ございません!」


 父さんが頭を下げたまま、もう一度詫びる。


「今さらどうにもならないじゃないか! どうしてくれるんだ?」


 しびれを切らした松波部長が声を張り上げた。


「……やはり、私にこの会社に居場所はないのでしょうか?」


「ぁあ? 何を言ってんだ! どの面さげて言ってんだ!」


 父さんの言葉に間髪を入れず、部長が罵声を浴びせる。

 ところがその瞬間、父さんがにやりと笑ったように、僕には見えた。


「そうですか……」


 そうため息をついた父さんは、はっきりと、みんなに聞こえるように言った。


「これは……私に対する……いじめですね?」


「「「「は?」」」」


 父さん以外の全員がびっくりして声をあげた。もちろん僕も。むしろ顔が強張った。


 しかし父さんは、みんなのその表情を見ながら、飄々と言いのける。


「承知しました。私はここで皆さんから吊し上げられ、退職に追い込まれる。そういうシナリオですね?」


「どこをどう解釈したらそうなる! お前の言葉には反省の色がまったく見えんぞ!」


 松浪部長が怒鳴る。ところが、


「私は社員としてこれまで、毎日定時までしっかり勤務しておりましたし、懸命に業務を遂行しようと努力してきたつもりです。なのに、ここでこういった扱いを受ける、ということであれば、『退職を勧告された』を通り越して『辞職を要求された』と捉えるほかはないでしょう!」


 父さんは臆さず言い返した。


「いや、そこまで言ったつもりはなかったんだが……」


 松浪部長の表情が曇る。


「いーえ、平社員を自己都合退職させようと、使用者側が一丸となって追い詰めている。客観的にはそう見えます。そうですよね? 譲くん?」


 え? 僕?


 社長室の全員が僕を見た。


「いや、僕は特に退職とか――」

「どう考えても私にこの会社に居場所はないじゃないですか!!!」


 僕の声は父さんの怒声にかき消された。



 と、その時、


 ――プルルルル……


 携帯が鳴り、部長があわてて腰を上げた。


「はい、松浪です。お世話になっております。え? ええ、その件につきましては……」


 松浪部長はそのまま電話で得意先と話しながら、社長室を出て行った。



 味方を失った社長が心底困ったような様子で乙坂さんをチラ見する。


 そこを父さんは見逃さなかった。


「社長、ここではっきりと決めていただけませんか!」


「な、何をかね?」


「私はあくまで会社をクビになる、そういうことですよね!」


「いや、落ち着きたまえ、杉浦くん。その件はあらためて話をするから――」


 そう社長が答えた瞬間、父さんの目がクワッと見開いた。


「落ち着かなければならないのはあなただ社長! この状況で、明日から私、出勤できるとお思いですか!」


「であれば、しばらく自宅謹慎ということになるな」


 乙坂さんが落ち着いた声で返す。


 だが、父さんはひるまなかった。


「何を理由に自宅謹慎とするのですか? その根拠は? そしてその期間の給与は出るのですか?」


「え? えっと、ちょっと待って……」


 そう言って乙坂さんは自分のノートパソコンを確認する。そして、


「これ、この就業規則のここに懲罰についてあるでしょ?」


「確かにありますが、その謹慎期間の給与は出るのですか?」


「ええっと、それは……」


 乙坂さんが困ったように社長を見る。


「いや、杉浦くん、こんな状況で謹慎する君に、給与なんて出せるわけがないじゃないか」


 社長がそう言った瞬間、父さんは激昂した。


「ちょっと待ってください! その就業規則って、どこにあるんですか?」


「だからさっき乙坂くんが君に見せたじゃないか。あれだよ」


「あんなものが認められるわけないじゃないですか! 就業規則というものは、社員誰しもがいつでも閲覧できる場所に置かれていなければならない。そんなの常識ですよ! いつでも乙坂さんが勝手に書き換えられるような状況にあるものに効力があると思いますか? ありえませんよ! 無効です!」


 父さんの力説にあわてた乙坂さんが口を挟む。


「社長、就業規則でしたら、確か社長室に――」


「あ、ああ、そういえば、金庫に保管――」


 その瞬間、父さんが僕の方を向いて言った。


「譲くん、今の話、聞きましたね? 金庫の中の就業規則、一般社員がいつでも閲覧できると言えますか?」


 ちょ! 僕に話を振らないでよ! だいたい僕、父さんの味方じゃないし!


「そうは言ってもだね、会社としては君の言い分だけを通させるわけにはいかないのだよ」


 社長がなんとか父さんを抑えようとする。


「ではどうされるおつもりでしょうか? 話し合いをしようにも就業規則の保管場所さえ不透明じゃないですか! こうやって譲くんのように残業を強いられる労働者を保護することさえできない! どう考えてもこの会社、ブラック企業ですよね? 労基に訴えるしかないですよね‼」


 徐々に語気が荒くなってくる父さん。


「あ、じゃあ僕、帰ってもいいですかね?」


「ダメです!」


 話の流れに沿って言ったつもりだったが、なぜか父さんにダメだしされた。


 しかし、そこから社長も乙坂さんも無言になってしまった。


「結局のところ、会社としての方向性としては私の退職で幕引きをはかりたいということですね? ですが、あくまで解雇扱いにしておいて下さいね。会社の都合での解雇です。有休休暇は消化はさせてもらいますし、退職金もいただきますよ? でなければ納得いきません」


 そう言って父さんは社長を見る。社長は力なくうなずいた。


 社長室から出た父さんは、乙坂さんから退職に関わる資料を提出させた。

 そして、その資料を一つ一つチェックする。その中で自分に不都合な点があれば、乙坂さんに確認をとり、粘り強く修正を求めるのだった。


 僕はなぜか「労働者側の証人」という立場に立たされ、その一部始終を見届けるためにつき合わされた。



 ☆☆☆



 全ての手続きを済ませると、父さんはにこっと笑い、


「それでは皆様、大変お世話になりました」


 穏やかにそう言って、会社を去ったのだった。


 時計の針は、夜の11時を回っていた。

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