第3話 父さん、起死回生の一手を放つ

「あの、すみません、左京さんが新規開拓って、どういうことですか?」


「それは君に話すことではないっ!」


 それまで黙っていた松波部長の声が響いた。


「はい……すみません」


「今回の件、我々でできるだけ穏便に対処するから口をはさむんじゃないぞ!」


 そう言って松波部長は立ち上がると、木村課長とともに会議室を出て行った。



 ☆☆☆



「そんな感じでめちゃくちゃ怒られたんですが、いったいどういうことなんですか? まるで僕が悪いみたいな話になってるんですけど」


 僕は父さんを問い詰めた。


「詳しくは話せません。会社のトップシークレットですから。ただ、譲くんの尻ぬぐいを私がした、ということではないでしょうか?」



 な ん で そ う な る !



「フィリピンの新規の顧客って、僕がさっき調べたあの会社ですよね?」


「それも答えられませんね。といっても、これまで私が狙っていた新規の会社とたまたま契約が締結できただけですけどね」


「あれ? おかしくないですか? あの会社ってこれまで付き合いがあったところなのに、新規取引になるんですか?」


「違います。あの会社が直取引していた販社に我々を通して買うよう交渉したんですよ。この私が」


「え? それって、大丈夫なんですか?」


「何がですか?」


「だって、部品を製造しているのは元々あの会社ですよね? そこに話を通さずにそこの取引先と交渉して、それでも今まで通りちゃんとうちにも部品が供給されるんですか? さっき『あわてず証拠を掴んで』とか左京さん言ってませんでした? あの件、まだ何も解決してませんよね? それだと現地の法律に抵触しませんか?」


「そ、それはですね……大丈夫ですよ……相手も企業ですし……」


「その相手が我々との契約を守らなかったからこんなことになってるんじゃないんですか?」


「ええい! 君にこの件に口出しする権利はありませんから! それより館山自動車の件、自分で考えてみてはどうですか!!」


 そんなこと言われても、館山自動車については僕、おつかいに行っただけだし、部長たちに口を出さないように言われてるし。


 まてよ? あの請求書に書いてあった品番って、確か……。


 僕はネットで館山自動車についての情報を調査した。ここ数か月、株価は安定していて増収増益、損失を出しているような情報は見当たらない。


 僕の記憶が正しければ、うちの会社が館山自動車に卸していた商品は、あのフィリピンの会社で作っていた部品と同じもの。車種の設計に変更がなければ今後も同じ部品が必要なはずだ。


 ……ということは、館山自動車はうち以外の仕入れ先を確保していたということになる。


 これって、状況的に今一番やっちゃいけないのは、やっぱりフィリピンの部品製造会社と喧嘩することじゃないかな? 最終的に喧嘩するにせよ、事前に新たな製造会社を押さえてからでないと、その期間の仕入れに穴が開いてしまう。そうなれば結果的に信用を失うのはうちの会社だ。だから父さんが最初に俺に言った言葉自体はある意味正しかったわけだけど、それを言った本人自身が功を焦って全てを台無しにしそうな気がしてならない……。



 ☆☆☆



 翌日の朝、僕がメールチェックしていると、険しい顔をした木村課長が現れ、なにやら父さんと話しはじめた。そっと聞き耳を立てると、いくつか言葉が聞き取れる。


「……部品の供給が止められたようだ」

「…………」


「……弊社の在庫もない」

「…………」


「……どういった経緯があるのか詳しく……」

「……譲くんが」


 まてまて! 父さん、僕がどう関係してくるんだよ!

 木村課長もこっちの方を見てるし!



 ☆☆☆



「つまり杉浦くんが営業先にあたり、新島くんが仕入れ先の会社と折衝する手はずだった、そういうことだな?」


「はいそうです!」

「いいえ違います!」


「ちょっと! 譲くん、どう違うんですか? さっきそう話したじゃないですか!」


「さっきっていつですか? この件は君は関係ないとか左京さん言ってたじゃないですか!」


「君が関係ないのはあくまで営業についてですよ! 君がここの契約違反について指摘したわけですから、その件については任せたって私は言ったではないですか!」


「そんな話は一言も――」


 その僕の反論は、次の父さんの言葉にかき消された。


「ただ部長、この件、この会社の担当は私ですし、つまりは私の落ち度であります。譲くんのことは責めないでいただきたい!」


 父さんは突然部長に向き直って話を切りかえたんだ。


「それはいいが、今度どうやって幕引きするつもりだ?」


 部長は眼光鋭く父さんをにらみつける。


「もう一度フィリピンのサプライヤーに連絡をとり、彼らの契約違反については多少寛大な措置をとることでしばらくは部品の供給を受けられるよう、交渉いたします!」


 父さんはいろいろと必死だった。


「まあ、杉浦くんがそういうなら――」


 僕はたまりかねて口を出した。


「あの、ちょっと待ってください! ここの部品って、館山自動車に対しても納品してましたよね? これって、館山自動車と取引している販社がどこかつきとめれば、館山自動車とよりを戻すことができるということなのではないでしょうか?」


「ちょっと譲くん! なぜここでその話がでてくるんですか! 話を整理しなければ先に進めないじゃないですか!」


「杉浦くんの言う通りだ。新島くんはしばらく、杉浦くんの言うことを聞いてよく学ぶように」


 部長にまで一蹴されてしまった。


 納得いかない。全然納得いかないが、これが日本の会社のしきたりなのだろうか?

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