あとがき

 ハリネズミの相聞歌をお読みいただき、ありがとうございます。


 いただいた短歌をもとに話を組み立てる。初めての経験ではありましたが、短歌を用いた話自体は掌編でいくつか書いてますし、『月と鉄塔』でも重要なモチーフとして短歌を使いましたので、短歌を組み込むこと自体はそれほど難しくありませんでした。それより、高校生の恋バナに仕立てるのが至難の技で。てっぺんはげ散らかしたおっさんには、さすがに今の中高生と同じ目線、感覚のものはよう書けません。その分、すこーし抹香臭くなってるかもしれません。


◇ ◇ ◇


 この話。当初、ハリネズミのジレンマという仮タイトルを置いて書き始めたんですが、タイトルがどうにもしっくり来なくて二転三転。確定させるのにものすごく苦労しました。


 他者との心理的距離の調整に苦労することを二匹の凍えたヤマアラシになぞらえたのが、ヤマアラシのジレンマ。ショーペンハウエルの提唱した寓話です。じゃあヤマアラシのところをハリネズミに代えて、ツンデレ絡みの恋バナをぶちかまそう。そこまでは良かったんです。

 でも、ハリネズミのジレンマという造語はすでに広く使われているんですよね。新世紀エヴァンゲリオンで使われたのが原典だと言われていますが……。ポピュラーな言い回しなら誰かがすでにタイトルとして使っているんじゃないかなあと、どうにもすっきりしなかったんです。うんうん言いながら何度もタイトルを変更して、やっと今のものに落ち着きました。


◇ ◇ ◇


 ジレンマを解消するため、棘で傷付かず互いに暖をとれるくらいのちょうどいい距離を探す。理屈としては確かにそうなんでしょうけど、世の中理屈通りになんか動きません。


 最後まで互いに棘を立て合ったまま歩んでいくであろう、ケンと茜のカップル。

 棘を調整できるようになった時には距離を縮めようがなかった、関谷先生と佐藤先生の元カレ元カノコンビ。

 彼らは異常? いいえ、そんなことはありません。


 どんなカップルでも、自分たちオリジナルの方法で意思のやり取りをします。そして、方法の是非や結末を外野がああだこうだ言ったところで何の意味もありません。そんなの余計なお世話ですよ。


 心理的距離に最適値も絶対値もないという前提で、距離の変化を誇張気味に描き出し、しゃーぺんなんちゃら先生にあかんべーをぶちかまそうってのが、ひねくれ者のわたしの意図です。コミカルに描いたつもりですが、中身は相当シニカルだったかもしれません。


◇ ◇ ◇


 相聞歌をイメージした話作りは初めてではありません。『半月』も一葉館のシリーズも、イメージは互いに詠み交わす歌なんですよね。ただ、今回のようにはっきり短歌を男女で交わさせたのは初めてで、作話がとても楽しかったです。


 恋愛系の話を読むのも書くのも苦手なわたしですが、嫌いというわけじゃないんですよ。そういうわたしの屈折感をケンと重ね合わせて、にやりとしていただければ。はい。



 薔薇の棘が貫き通す露の珠

  棘抱く水は「傷つかぬ」と笑む


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハリネズミの相聞歌 水円 岳 @mizomer

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ