時代の波


不思議な話、我が家には名前に「子」のつく入居者が集う。

管理人のぽん、魔王うさぎを始め、きつねさんも、もぐらちゃんも「○○子」

一時期は「○○子限定で募集かける?」などという話も出ていたが……

そんなことをせずとも、未だに「○○子」の割合は8割強を越えている。

2期生に至っては全員ハイカラな名前だったが、3期・4期ではまた元に戻った。


これでお察しいただけるかとは思うが、我が家の平均年齢は30歳。

家同様、住んでいる側もフレッシュさからは程遠い。



なお、駅と複合商業施設に近いものの、我が家は「情緒と風情が残る下町」を立地の売りにしている。

周辺にはお寺が点在、古い銭湯や市場もあり、近所のご年配も優しく暖かい。


それが昨年、見事に、無くなってしまった。


徒歩5分のところにあった銭湯が、急に暖簾をたたみ。

徒歩30秒のところにあった、90年の歴史を持つ市場が不況の波に煽られ閉店。

隣の名物ジジイは、ボケ始めているという理由で老人ホームに強制収容された。


今回は物哀しい気分を元に、名物ジジイについてを語ろうと思う。


ジジイは俗にいう「物を捨てられない人」で、元々は寿司屋だったらしい隣家に大量の宝物を溜めこんでいた。

体調不良で救急車を呼んだ際、救急隊員が屋内に突入出来ず消防車とはしご車が出動、2階のベランダから搬出されたレベルなので……

多分、地元では一番のゴミ屋敷だろう。

……本人がどうやって屋内を動き回っていたのかは、未だにわからない。


ジジイのライフスタイルは基本同じで、車庫スペースに置いた椅子に座っているか、自転車でどこかに出掛けていくか、市場のあたりを散歩しているかの三択。

ただ、金が無いのかよく人に煙草や食料をねだっていたようで、近所からの評判はすこぶる最悪だった。

私や同居人はと言えば、たまに玄関前にお弁当のバランや蓋などが飛んできていただけなので、さほど迷惑は被っていない。

むしろ、ありがたいことがたくさんあった。

なんせジジイは、布団を取り込み忘れて寝てしまった時に大声で叫んでくれたり、訪問販売の男を質問攻めにして追い払ってくれる。

それ以前に、隣のゴミ屋敷の年寄りが訪れる男をくまなくチェックしている、という状況は、ある種、防犯カメラよりも強い。


1度攻撃対象になった私の叔父も「隣のおっさんおらんなったんか……えぇ防犯やったのにな」と言っていたので、あながち、ジジイは我が家の警備員的存在だ。

お陰で、場所や女限定という文字を大々的に掲げていても、泥棒が入ることも、か弱い乙女たちのパンツが盗まれることもなかった。


そんなジジイがいなくなり、市場と銭湯が潰れてしまった今、我が家のセキュリティ面と立地の売りは無いに等しい。



新しいものを売りにしない理由。

それは我が家も、数年後には都市計画という名の時代の波に呑まれることが決まっているからだ。

もちろん同居人達も、事情を知って入居を決めている。


いつの日か、この家が無くなるその時まで……

我が家を大切にしてくれる人たちとの記録を、書き続けていければと思う次第。

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