第2話 サッカーを、君と〈幼稚園〉

「ユウスケー、サッカーやろうぜ!」

 ボクの名前を呼ぶ声が後ろから聞こえた。振り返ると少年が一人、凄い勢いで走ってくる。ボクは苦笑いしながらも、ふと首を傾げた。

「ケンタロウ、サッカーってなに?」

 ケンタロウはさっきそう言ったはずだ。サッカー――名前は聞いたことがあるけど、一体なんだろう。

 するとケンタロウは、腰に手を当て自慢げな顔で答えた。

「サッカーっていうのは、こうやってボールを蹴ってゴールに入れるスポーツなんだ!」

「なんだそりゃ?」

 ケンタロウは、なんだか不思議な動きで足を振り回している。

「この前スタジアムに行って、サッカー見てきたんだよ! そしたらもう、すっげえかっこよくってさあ!」

「でもなんか難しそうじゃん」

「そんなことないよ! だってユウスケは、中矢部なかやべ幼稚園でオレの次に足が速いしさ!」

「ボクの方が速いよ」

 幼稚園ではみんなでリレーをすることが多いけど、ボクとケンタロウがいつもアンカーで対戦する。で、大体いつもボクが勝つ。だから、ボクの方が足が速い。

 それはそうと、今日はいつにも増して元気だな。鼻息を荒くして熱心に語っちゃって、そんなにそのサッカーが楽しかったのかな。

「でもさ、ボクもケンタロウも体操教室通ってるじゃん。それはどうするの?」

「大丈夫だって。毎日サッカーするわけじゃないから、どっちもできるよ」

「まあ、それなら行ってもいいけど……」

「よし! じゃあ今日の夕方から中矢部小学校で練習があるから、一緒に行こうぜ!」

 よく分からないまま行くことになっちゃったけど、正直そんなに興味はなかった。どうせケンタロウの一時的なブームだろうし、今は体操教室が楽しいからそれで満足している。

 ちょっとだけどんなものか覗いて、それで帰ってくればいっか。

 ボクとケンタロウは、そのままいつも通りリレーで競争して遊んだ。



 夕方の校庭では、20人くらいの子供たちがボールを蹴って走り回っている。これがサッカーっていうのか。思っていたよりも全然面白そうだ。

 外から眺めていると、優しそうなコーチのおじさんが話しかけてきた。

「お、君たちもサッカーしに来たのかい?」

「うん! オレはケンタロウ、でこっちがユウスケ。二人でサッカーしに来ました!」

「そっか、じゃあいきなり入るのは大変だから、まずはボールに慣れるところから始めよっか」

「えーオレもうあっち入りたいよ」

「ケンタロウ文句言うなよー、そんなことよりとりあえず早くやろうよ!」

「ま、それもそうだな!」

 まずは二人でパスから。初めて蹴るサッカーボールは、思ったよりも重たかった。

「あ、あれっ? これなかなか難しいぞ」

「おいユウスケ、どこ蹴ってるんだよー」

「ケンタロウこそちゃんと蹴れって」

 まずまっすぐ蹴れない。見ていたら簡単そうなのに、実際やってみるとすごく難しい。

 それでもたまに上手い具合に足に当たって、まっすぐ蹴れた時にはすごく嬉しかった。


「よーし二人とも、なかなか上手くなったじゃないか。じゃあ次はゴールに向かってシュートの練習をしよう」

 いよいよシュートの練習だ。色々見ていたけれど、これが一番楽しそうだ。

「ボールをここに置いて、ゴールめがけてボールを蹴ってごらん」

「よーし、まずはオレが華麗なシュートを見せてやるぜ!」

 張り切りながらボールを置いたケンタロウが、勢いよくシュートをした。と思ったら、ボールは全く違うところに飛んでいった。

「あ、あれ、思ったより難しいや」

「ダメだなーケンタロウ。ボクがお手本を見せよう」

 今度はボクがシュートを打つ。ゴールの枠から外さないように、ゴールの場所をよく見ながら――

「ユウスケも全然ダメじゃーん!」

「おかしいなー」

「こらこら、ゴールばっかり見てちゃ上手くは蹴れないよ。しっかりボールを最後まで見て蹴らなきゃ」

「あ、そっかー。空振りしちゃうかもしれないもんね」

「そうそう。後は、変に力みすぎないで思いっきり蹴るといい」

「よーし、今度はボクが先に蹴るよ!」

 そう言ってボクはボールを置いて、思い切り走り出した。

 ゴールじゃなくてボールをしっかり見て、思いっきり――

「おりゃー!!」

 さっき言われたことをしっかり意識してボールを蹴ったら、勢い余って転んでしまった。いてて、また失敗――そう思って顔を上げると、ボールはゴールの中に転がっていた。

「あ、あれ? 入ったの?」

「すげえー! なんだ今のシュート! ちょーかっこよかったぞ!」

「うん! 最初にしては上出来だよ。よくできたね」

 コーチもケンタロウもボクのシュートをあんまり褒めるから、なんだか嬉しいような、照れくさいような、むずがゆい気持ちになった。


 とにかくすごく嬉しかったのは覚えている。その日の夜、興奮しながら両親にその日の出来事を話したことも。

 そしてその日が、ボクのサッカー人生のはじまりとなった。

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