第3話 スチールと布団
一体何をしているんだと直人は猫の動きを見ていた。
猫が爪を滑らせたところから缶に切れ込みが入り、その隙間から爪を引っ掛け猫は器用に缶を開けてしまった。
猫が、缶切りも使わず、爪だけで、硬いスチール缶を開けてしまった。
「な、え、な…。」
直人は今日驚いてばかりだった。公園で喋る猫に会い、その猫がスチールの缶詰を易々と開けるという、驚かざるをえない事ばかりが起こっていた。
猫は爪についたツナの油をぺろりと舐めると、直人の方へ向き直った。
「おい、アレあるだろう。」
「え?」
唖然とする直人に、猫がまだツナに口をつけずに彼に話しかける。なぜかニヤニヤとして(いるように見える)彼の足元までやってきていた。
今度はなんだと回らない頭で直人は猫を見た。
「鰹節だ。あるだろう?私の鼻は騙されんぞ。」
確かにあった。使いかけの鰹節が棚の中に。直人は考えるのをやめて素直に鰹節を取りに行った。猫の恰幅がいい理由を、彼はもっと、もっとだと鰹節を山盛りに振りかけさせる猫から察する。
「あなた本当に猫なんですか?宇宙人とか?」
ツナが見えないほど乗せられた鰹節を頬張る猫に恐る恐る直人は話しかけた。スチール缶をくり抜く程の爪を持つ猫が、いるはずがない。爪のことを考えると、先程引っ掻かれた背中がチリチリと痛む。
「私が猫だと言った覚えはないがな、宇宙人でもないぞ。…鰹節は口が渇くな、水を持ってこい。」
人前ではにゃぁと鳴いていたくせに。まさに猫被りだったというわけか。
「…。」
じゃあなんなんだと思いつつ、直人は黙って水を皿に入れて猫の前に置く。一人と一匹の間で、すでに主従関係は成立してしまっているらしかった。
猫はゴクゴクと喉を鳴らしながら水を飲むと、続いて鰹節の下から姿を見せたツナを頬張り始めた。
「え、答えてくれないんですか…?」
「…。」
夢中でツナにガツガツ食いつく猫にしばらく沈黙が続く。直人の質問に答えるために食事を中断するつもりはどうやらないらしい。
しょうがないと直人は立ち上がり、忘れかけていた布団を入れに立ち上がった。
雨が上がった後からりと晴れた空の下で干された布団は、すっかり干したての香りをまとってふっくらとしていた。
あの香りはダニの死骸の匂いというのが嘘であることを直人は知っていたので、思い切り吸い込む。実際は太陽で分解された汗や皮脂の匂いらしい。知らない知らない。なんにしろダニでなければいい。
「むは〜。」
早速ベッドメイクを済ませ、少し布団にくるまろうと掛け布団を持ち上げる。これが布団を干した後の直人の楽しみだった。春の日の午後に干したての布団にくるまるなど、なんという至福。
「な!」
持ち上げた途端、腹を満たし終えたらしい猫がベッドの上に滑り込んできた。ゴロニャンとばかりに伸びをする。
「あーこれだこれ…。うにゃん。」
「俺が一番乗りだろ!」
直人は思わずタメ口になってしまう。いや、猫(じゃないと猫自身は言っているが)相手に敬語で接していた今までがおかしかったのだ、と彼は開き直った。
「何を言っている。そこに布団があるならば、それは全て私の布団だ。」
「ジャイ○ンかよ。」
お前の物は俺の物的もの言いに、直人は思わずツッコんでしまう。他人のツナ缶や鰹節を食うわ、無断でベッドを占領するわ、ジャイアニズムの塊のような猫を彼は睨みつけた。
「お前の質問は私が何者か、だったな。」
そんな直人を物ともせず猫はまだ暖かい布団の上で、毛繕いをしながらくつろぎ始める。
腹いっぱいになり満足した猫は、やっと先ほどの質問に答える気になったようだった。話を聞くためベッドの空いた場所に座ろうとすると前足で叩かれたので、しょうがなく直人はカーペットの上に正座する。
「そうだよ…。」
「私はまぁ、人間のいう”猫又”に相当する生き物である。」
春と桜と猫 中山皐月 @satsuki130
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