二十六、瞳
『なんだよあれぇ』
落ち着いてルクレール。あれからというものの彼女はご乱心である。僕の髪をかき乱し、服の裾を引っ張り、僕の靴を脱がせようとしてくる。
あの後は特に特別なことはなく、掃除はあっという間に終わった。僕はきっと掃除のようなちまちまとした作業が得意なのだろう。山菜を探している余裕はなかったけれども。
僕たちは洞窟を出るために後片付けをしていた。
師匠と受付さんは何やら話をしているようだ。様子からして怒られているようだったけれども。
『そう!あの子!なぁんてことなんだよこれぇ』
ルクレールはばたばたと地面を這い回っている。
確かに僕もびっくりだ。いつもニコニコと笑っていた彼女が荒い口調で苛立ちを振りまいているのだ。表情もいつもより鋭いし。仰天である。
それと…幸いと言えば良いのか、僕は今、小綺麗な格好をしているため彼女に気付かれていなかった。いつも泥だらけでギルドに行っているからだろう。
「おい小僧、ここから出るぞ。ついて来い。」
「あ、はい。」
僕は颯爽と出て行ってしまった彼女の後を師匠と一緒に追いかける。師匠はやはり疲れ切ったような表情をしていた。
「ひゃ〜こわいのぉ」
「師匠!どうして急にあの人が来たんですか!」
「あの子は儂の孫での。ここを掃除するのもテレーズに頼まれたんじゃ。無駄に疲れさせてしまって悪かったのぉ。お疲れ様じゃわい。」
なんと!意外な繋がりがあるものだ!
師匠は肩をすくめてそう言うとちらちらと彼女の様子を伺った。孫とは言っても力関係は歴然のようであるけれども。
急に受付さんは立ち止まり、僕らの行く手を遮るように手を伸ばした。
「魔物だ。」
彼女がそう言うとすぐに師匠は彼女の足元に丸くなると僕にも同じようにするようにと、僕の手を引っ張った。慌てて僕も丸くなる。
『師匠…何処にいるんですか?』
『わからん…でも、テレーズなら大丈夫じゃ』
こんな真っ暗闇で何か見えるのだろうか?
僕にはさっぱり気配が感じられなかったけれど…
体に響くような重い足音が洞窟内に響いた。
その音はだんだんと近づいてくる…これが魔物の足音なのか?僕が知っているものよりも重く遅い。
「
彼女は空を見つめながらそう呟いた。
彼瞳が青く輝き、辺りの空気が変わる。まるで止まってしまったかのような…
「
今度は彼女の瞳が白く輝いた。
その瞬間、けたたましい破裂音が反響する。
爆風で体が飛ばされそうだ。僕は必死に地面に這いつくばる。一体何が起こったのか一切分からないぞ。
「終わったぞ。」
彼女はそう一言言うと何事もなかったかのように歩を進めた。
「うひょ〜こわかったわい」
師匠もよろよろと起き上がるとその後に続く。僕もそれに続くと足元には先ほどまでの道よりも多くの岩が転がっていた。どうにも進みづらい。
『
『簡単に言うと岩で出来た魔獣だ。君が今まで出会った獣型の魔獣よりもよっぽどタチの悪い魔物だよ。彼女は何をしたんだ…』
ルクレールは僕の裾を引っ張り、僕の足を止めた。
どうしたのルクレール。
『後ろだッ!センッ!!』
僕の後頭部に何か重いものだ衝突する。僕は痛みに耐えながら地面に転がった。なんだか岩を思いっきりぶつけられたような感覚だ。
魔物は僕に追撃を加えるつもりなのだろうか。僕に接近してきているような気がした。しかし、先ほどと違って足音が響かない。
「おいっ!!大丈夫かっ!!」
師匠の声が何処かから聞こえるが、僕は自分が居る場所がわからないし、この暗闇では対抗をしようにも何も出来ない。まずは身を守らないと…強固にするために詠唱は確実に…
「—護り隔て—
僕の目の前に障壁が現れた瞬間、何かがそれにぶつかる。派手な音を立ててぶつかったけれど割れる心配はなさそうだった。それよりこの魔物は…岩で出来た鳥?
「
その声が響くと、もがいていた魔物の動きが硬直した。痙攣するようにピクピクと動いている…彼女が止めているのか?
「
彼女は僕を一瞥すると、先ほど魔物を倒した時と同じ言葉を呟いた。瞳の白い輝きに呼応するように魔物が弾け飛ぶ。
「…ほう。やはり森精族エルフの奇跡はこの程度では割れないか。
これはお前が作ったのか?」
「は、はい!そうですけど…」
受付さんは僕の障壁を手のひらで擦り、観察しているようだ。どうやら僕の結界障壁に興味がおありのようである。
言ってしまった後に僕は少し後悔した。何だか面倒なことになりそうで…この場合、どう答えるのが正解だったのでしょうかね。
彼女はにやりと笑うと、瞳を金色に輝かせた。
「—祖の爪よ、牙よ…この瞳に宿し、顕在せよ—
僕の障壁は劈くような音とともに割れ、ばらばらと僕の足元に崩れ落ちた。いとも簡単に壊れてしまったその残骸を僕は呆然と見ていることしか出来なかった。
ぐいっと僕の手が引っ張られる。
彼女はいつも受付にいるときのように笑っていたが、やはり印象が違った。今ならその理由がわかる。彼女は受付にいるとき、瞳を細めて笑っていたのだ。その瞳に目線がいかないように…だが、今は違う。見開かれたその大きな瞳は美しいゆえに不気味だった。
「人の身で
やってくれるか?いや、やれ。お前に拒否権はない。」
◇◇◇
彼女の冷たい瞳は僕を見つめ続けていた。
きっと僕が了承するまで彼女は目を逸らさないのだろう。
『…セン…どうするの』
これは真剣な時の声だ。受付さんを見てヘラヘラしている時とは違うやつ。
…ルクレールはどうした方がいいと思う?
『私は……いや、君が決めるべきだろう。』
うーん…どうしよう…と、とりあえず内容を聞いてみよう。
「どんな仕事なんですか?」
「取り立てて怪しいものじゃあない。近日中にこの洞窟の魔物を一掃する予定なんだ。それに同行して欲しいだけ。」
「え…この洞窟のことだったんですか?」
僕は洞窟内をキョロキョロと見渡す。
そんな危ない洞窟だったのか…なんで入ってしまったのか!
なんだか怖くなってきた!
「知ってたのか。まぁ大きな依頼だしな。」
彼女は後方の暗闇を一瞥した。その方向から師匠が僕らを探すような声が聞こえる。彼女の瞳は暗闇でも見えるのだろうか?
「爺さん
「師匠も同行するんですか?」
「ししょ…まぁそうだ。色々訳があってな。」
そう言うと彼女はこれ以上言う事はないかのように黙ってしまった。
後は僕の返事を待つだけなのだろう。
『君はどうしたいの?』
ルクレールは受付さんの一挙一動を見逃さないように彼女から目を逸らさない。
…僕は引き受けようかなって思う。
『それは本心?彼女は拒否権はないと言ったけれど気にしなくていいんだ。嫌なら嫌と言ってもいいんだよ。』
わかってるよルクレール。でも、これは本心だ。
…僕は毎日山菜を採るだけの単調な日々を繰り返している。
個人的には結構気に入っていたんだけれど…最近、少し考えてしまうんだ。
この前、ルクレールが僕に自由だって言ってくれた事。
僕は自分から動く事のできない出来損なのだろう。
でも、新しい事を経験したいとは思ってたんだ。
どうかなルクレール?
『…君がいいならいいんだ。』
ありがとうルクレール。
きっと君は心配してくれているんだろう。過保護なんだもの。
僕が了承すると受付さんは当然のように微笑んだ。
それはなんだか僕を下に見ているような動作だったが不思議と不快感はなかった。
きっと僕はこのいつもと違う受付さんの事も嫌いではないのだろう。
僕らは師匠と合流するとそそくさと出口へと向かった。
師匠の表情からは行きの数倍の疲労の色が見えた。
「師匠は洞窟の魔物退治に同行するらしいですね。
腕にも覚えがあるのでしょうか?」
「うぇ!?どうして知っているんじゃ!」
「先ほど頼まれたんです。同行するようにって。」
「そ、そうか…まぁ…いいじゃろう。
儂は…つ、強いからのぉ…大船に乗ったつもりで着いてくるがよい。
孫の前では力を隠しているがのぉ」
…なるほど。今日、師匠が魔物と対峙しないのは彼女がいるからだったのか。
きっと成長を促すために経験を積ませているのだろう。
それならもっと尊敬されててもいい気もするけれど。
やはり底の見えないお方だ。その腕を買われて同行を頼まれたのだろうか?
なんだか受付さんが睨んでいるような気がしたけれど気のせいだろう。
◆◆◆
ルクレールはそんなセンを尻目にテレーズの事について考えていた。
先ほど見た彼女の瞳の力…あれは誰が見ても非凡なものだった。
作用する条件は分からないが、非常に優れた能力だろう。
先ほどの戦闘から見るに、彼女はこの洞窟の魔物など軽く捻る事ができるのだろう。それなのにどうしてわざわざ冒険者を募るのだろうか?
もしくはあれら以上に厄介な魔物がいるとか…
どちらにせよ単純な依頼ではないのだろう。
ルクレールはセンを呼び止めようとしたが、直前で口を塞いだ。
僕は自分を探す さぼてんたろう @sanshou_fly0501
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