二十五、洞窟の掃除
はい。今日も師匠に教えを乞うております。今回は3回目、ということで前回の師匠の言葉から考えても内容も満点であることが予想されるでしょう。
弟子である私。非常に楽しみでございます。
『…それで…何処に向かってるの?』
ルクレールが疑問に思っている通り、今回はやや遠出になっていた。師匠と合流した僕は彼の後をついて深くは聞かずに歩いていたけれど…
結構森の奥深くまで来ているぞ…僕が山菜を採りに行く場所よりも奥である。
「あの〜…まだ着きませんか?」
「もう少しじゃ!」
師匠は僕よりも歩き疲れたような顔をしながら勢い良くそう答えた。しかし、この問答は先ほどから4回は繰り返している…まぁ、師匠にも深いお考えがあるのだろう。
しかし、師匠はひどく疲れているようだ。服も乱れているし、汗も凄い。普段はあまり歩いたりしないのだろうか…でも、水分補給に酒を飲んでいるし…あれは大丈夫なのだろうか?
もともと体力のない僕もへとへとだ…森の中は足場も安定していないし、勾配も単純ではない。僕らの体力をしめしめと削ってくるのだ。
…だが、落ち着こう。僕の感覚に重きを置く山菜採りに反して師匠の山菜採りは心を大切にしているのだろう。心を…乱すべきではない…平常心で…
「こ…ここじゃあ!着いたぞぉ!!」
そう言って師匠が指を指した先は洞窟のようだった。今まで歩いてきていた草木が生い茂る森林とはうって変わって岩が浮き彫りになっており、何だかおどろおどろしいぞ。
「ここが目的地なんですか?」
「そうじゃあ!着いてこい!!」
師匠は気がつくとするすると中へと入って行ってしまった…ここで何をするのだろうか?
しかし、今まで以上に修行らしい雰囲気は感じるかもしれない…
ルクレールは困った顔をしていたけれど僕は師匠の後へと続いた。
◇◇◇
「師匠…暗くて何も見えないですよ…」
「もう少し進めば明かりがあるんじゃ。儂の後についてこい。」
足元は先ほどと同じくらいボコボコしている。僕は師匠の背中を追いかけるだけでやっとのことである。ここは何の洞窟なんだろうか?
『この爺さんはここに来慣れているみたいだ。足取りが確実である。』
後ろからルクレールの声がした。
確かに師匠は道を覚えているかのようにずんずんと進んでいる。この奥に明かりがあると言ったように…何かあるみたいだ。
何だか少しづつ奥の方が明るくなってきた気がする。
こんなに歩いたのは久しぶりである。
「洞窟の中は…植物が好き放題に伸びるからのぉ…掃除をして欲しいと頼まれたのじゃ。珍しい山菜も生えているかもしれないのぉ」
やっと教えてくれたぞ!
しかし…流石師匠だ…確かに洞窟の中に生える山菜は外とは違うものが多い。日の光をあまり必要としないものも多々あるのだ。今回からやっと実戦形式のようである。
張り切ってきたぞ。
『今回は普通だね。』
そうだねルクレール。でも、今までの過程は僕の心を整えるための準備に過ぎなかったのかもしれないのだ。師匠の思考は洞窟のように深い…
◇◇◇
そこは僕が思っていた以上に非日常的な空間であった。先ほど通った洞窟の岩とは少し違う質の岩が規則正しく組まれており、何かを祀るような祭壇が造られていた。もともとは神様か何かを祀っていたのだろうか?
ここは今は人に使われていないようで…辺り一面に植物が好き放題に伸び、地面は
その後ろには大きな岩の塊のような石像がそびえ立っている。やけに目を惹かれる。あれは…竜の形なのだろうか。こちらも蔦や植物に覆われていてあまりよくわからない。しかし、それでも荘厳な造りであることがわかるほど存在感を放っていた。
師匠は大きく息をついて崩れ落ちる。僕と同じように疲れているのだろう。ぜえぜえと息を吐いていた。僕もそれに続くようにして腰を下ろす。
「ここは何なんですか?変わった場所ですね。」
「ん…儂もよくわからん…」
師匠は疲れ切ったように横たわっていた。しきりにお酒を口に運んでいる。
「それにしても魔物に会わなくて良かったのぉ
…この洞窟には割と魔物が住んでいるのじゃ」
「え」
「運が良かったわい。」
師匠は何の気なしそう言ったが、僕は大層驚いた。
こんな洞窟だからそんな気はしていたけれど…でも…それだと…ここは魔獣が出る洞窟ってことかな?何処かで聞き憶えはあるけれど…
『いつもはどうやって来てんのかな。』
あぁ…ルクレールの言いたいことも分かる。
そもそも師匠に戦闘能力はあるのだろうか。僕が見た所、彼は武器のようなものを一切持っていない。失礼かもしれないけれど戦闘が出来るとは到底思えない。
しかし、さっきの様子から師匠はこの洞窟に来慣れているのだろう。師匠に戦闘の覚えがあるのか…それとも、いつもは他の人と一緒に来ているのか…いつも運良く魔物に遭遇しないのか…
まぁ、どっちでもいっか。考えてみたけれどどうでもいいやルクレール。
『確かに。』
よし。無駄話をやめて僕は手を動かすことにしましょうかね。師匠が休んでいる間に終わらせるくらいの気持ちで掃除をしよう…とりあえず草を
『がんばれ〜』
気が抜けたように応援をするルクレール。
彼女のそういう一面が割りかし好きなのだ。
そうして僕が地面の蔦に手をかけると、微かに視界が揺れたような気がした。なんだろう…洞窟の中の空気が変わったような…
「あの…ししょ…」
師匠の方を見ると明らかに目が泳いでいた。背筋を伸ばし、冷や汗をだらだらとかいている。どうやら何が起こっているのか知っているようだぞ。
こつこつと足音のような音が近づいてくるのが分かった。その音が大きくなるのに比例して圧力が大きくなるように感じる。
…誰か来るのだろうか?
ルクレールも警戒しているようである。
いつもと違い、真剣な表情をしている。
現れた人影はあまり大きくないようだった華奢なような気がする…女性だろうか?
「やっぱり居た。爺さん…勝手に行くなっつったろ。」
「い、いや…」
ふいに僕はその女性と目が合うと体が石のように動かなくなった。力を入れてもピクリとも動かない。
彼女は観察するように僕のことを見ていた。その瞳は青い宝石のように輝き、僕の目を惹きつけ続けていた。
『…え?どういうこと…』
…なんなんだこれは…でも、警戒はしなくてもいい…はず…
「…なんで子供なんか連れこんでんだ。
ここは魔物も出んだろ。ふざけてんのか?」
「そ、そうじゃないわい!草むしりを手伝ってもらってたんじゃ!」
「ふーん…無駄な所触らせんなよ。
それと帰りは一緒だ。無意味に死なれても困る。」
「わ、分かっとる」
師匠は彼女と言葉を交わす度に寿命が縮んでいるような表情をしていた。
彼女は僕を一瞥するとそれきり僕に興味がなくなったようだ。祭壇のようなものに近づくと手を合わせ、瞳を閉じた。それっきり微動だにしていない。
目を逸らすと体が元通りになっていた。今のはなんだったのだろうか?
『…』
ルクレールは口をあんぐりと開けて僕の服の裾を何度も引っ張っていた。
わかってるわかってるってばルクレール。僕も同じ気持ちだ。でも、声が出ないのだ。これは夢かもしれないぞ…こうして頬を引っ張れば…
あぁ、いたいいたいよルクレール。引っ張りすぎだってば。
でも、これは現実なのか…
しかし、僕はなかなかそれを受け入れられなかった。きっとルクレールもそうだろう。
だって現れた女性が受付さんにそっくりだったんだもの。
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