二十四、一緒に!?




僕は…こんなにも感動したことはないだろう!いつものように這いつくばって山菜を探していたのだが、僕の視界は溢れる涙でぼんやりと曇っていた。


「んん〜…これは…自然を感じるねぇ」


「アリエルは山菜採りに向いているかもしれませんね。」


「ほんと!?やったねぇ」



今日の僕は1人ではなかったのだ。


なんとアリエルが山菜採りをやってみたいと言ってくれたのである。僕は普通に探すべきだと言ったのだが、彼女は僕と同じやり方で採りたいと言ってくれたのだ。なんとも感動である。


『ありゃりゃ…本当にやっちゃった…』


ルクレールはそんな感じのことを言いながら呆れたように頭を抱えていたが、今は保護者のような表情で僕らを眺めていた。


最近、ルクレールは山菜採りをしている時の僕にあまり話しかけてこないのだ。聞いてみたところ、いちいちツッコむのが面倒くさいのだと言っていたけれど…よくわからない。



「今日は冒険者のお仕事もないから暇なんだよねぇ」


「普段はどんなことをしているんですか?」


「ん〜っとねぇ…魔物とか盗賊を討伐したり…

私たちは基本的に力仕事ばっかり。魔法が使えるからねぇ」


アリエルは地面に這いつくばる態勢のままそう言った。


忘れかけていたけれど彼女は腕の立つ冒険者なのだった。出会ってからやや時間が経ったが、彼女が戦闘する場面など見たことがなかったからだ。


そう考えると、少し心が傷んだ。


アリエルは日々、命を賭けて生活するための銭を稼いでいるのだろう…


「セン君?」


彼女は笑顔で僕の顔を覗き込むように見上げていた。


…僕は何を考えていたのだろうか?

それは今考えることではないだろうし。


僕は頬を叩くと、アリエルに笑い返した。今日は彼女の休日なのだ。


「それじゃあ張り切って山菜を探しましょう!」


「了解です!!先生!!」


元気よくそう言うと彼女は両手を精一杯あげた。溢れ出るやる気に僕も当てられてしまいそうだ。


しかし、先生と呼ばれるのはなかなか良いものである。


アリエルは僕に習って這いつくばると、耳をピクピクと動かしていた。


…そういえばどうして耳が見えるのだろうか?

先ほどまで帽子をかぶっていたはずなのだけれど…


這いつくばった際に帽子が頭から落ちてしまっていたようだ。アリエルは気づいていないようだけれど…


しかし、耳を露出させることは音を認識しやすくするだろう。山菜採りにおいて重要な点である。


「そういえば…アリエルは耳が良かったりするんですか?」


「ん〜っとねぇ…多分…獣人族以外の種族よりは感覚が鋭いねぇ…どれくらいかは分かんないけどぉ…耳と鼻が良いの」


「いいですね…獣人族はきっと山菜採りに適した体質をしていますよ。」


「そりゃあいいねぇ」


彼女はいつも通りニッコリと笑った。


初心者は山菜の生息地域に関する知識を持っていない。それならば、自分の思うままに山菜を探すべきなのだ。まずは触れてみることが大切である。


今までもしも山菜友達を増やせたら…とか考えていたのだけれど…やっと…願いが…あ、ちょっと涙が出てるぞ。


僕はアリエルに個人的にやっている山菜の採り方を軽く説明した後、その旨も説明した。彼女は元気よく頷くと、より地面に這いつくばった。草をかき分け、前へ前へと進んで行く。


「わたしは…土…」


「その調子です。」


『どの調子だよ。なに教えてんのこれ…』


静かにルクレール。彼女は今、初めて山菜に触れようとしているんです。これは非常に神聖な儀式…


『神聖ってなんじゃ』


ルクレールはそう言うと、心配なのかアリエルについていったようだ。確かにここらは魔獣の出現は少ないと言われているが、全く出ないわけではない。僕も彼女の帽子を拾うと後に続いた。


彼女は耳をピクピクと動かしながら、自然を感じているようだ。


「これだっ!」


ふいに声を上げると何かを掴んだ手を空へと掲げた…あれは…漉炙コシアブル!!


「先生!どうですかこれ!」


漉炙コシアブルは珍しい山菜ではない。しかし、クセが弱いため様々な素材に調和するのだ。そのため、用途は多い。つまり…山菜学を学ぶ上で避けては通れない山菜なのだ。雑草を選んでも仕方ないのに初めてでこの山菜を手にするとは…


僕は彼女の才能を垣間見ることにより身を震わせた…


『いや震わせるほどの驚異じゃないでしょ…』


ルクレールは目頭を押さえて俯いてしまった。きっと彼女もアリエルの才能に感動しているのだろう。共感するルクレール。



僕は彼女に急いで駆け寄る。無意識に拍手を繰り返していた。


「素晴らしい!初めてでそれを探り当てるとは…」


「えっえっ…これ良い奴なの?やった!」


彼女はきょろきょろと僕と山菜を交互に見ると万歳と両手を上げた。


「これは漉炙コシアブルです。食用のものの中では一般的な山菜です。記念に食べてみましょうか。」


「えぇ!?すぐ食べれるのこれ!?」


「はい。今回は…てっとり早く茹でて食べてみましょう。幸い川も近いですし」



僕はこういうこともあろうかといつも小さな鍋を山菜袋に詰めて持ち歩いているのだ。アリエルは僕が水を沸騰させ、山菜を茹でているところを興味深そうに眺めていた。


漉炙コシアブルは比較的調理がし易い。さっと茹でて塩で食べるのが一番美味しいのだ。


「これでいいですね。食べてみて下さい。」


「う…うん。」


彼女もあまり知らない食べ物に少し躊躇していたようだったが、思い切ったように口に入れた。


「…結構美味しい!もっと苦いのかと思ったよぉ」


「採れたてだからかもしれませんね。時間をおくとどうしてもエグみが出てしまう山菜も多いですし」


彼女はあっという間にそれを平らげるとごちそうさまと手を合わせた。自然への感謝も忘れない姿勢が伺えた。



「あれ…どうも。奇遇ですね。」



急に声をかけられて僕らは心底驚いた。アリエルは体をビクリとさせて慌てて帽子をかぶっていた…山菜を食べていたので油断しきっていたのだ。話しかけてきた人に耳が見えただろうか…?


誰だろう…おっとこれはこれはギルドの受付様だ。ギルドの外で見かけたことがなかったので少し新鮮である。


「どうもお久しぶりです。」


「あ…なんだテレーズちゃんかぁ…びっくりしたぁ」


アリエルは安心したように顔を緩めていた。


2人は割りかし交流があるようである。名前で呼んでいるようだし…そういえば受付さんはこんなところで何をしているのだろうか?



『こらこら…そんなことどうでもいいでしょ!!なんで彼女の服装に触れないのさっ!!こんなにも…ふふふ…』


ルクレールは怒り出したかと思えば不気味に笑い始めている。確かに受付さんの服装はギルドにいる時の制服とは違ったものだ。ギルドにいるときと違い、気張っていないようで雰囲気も少し違うけれど…


『この馬鹿。こんなに私服可愛いのに…あぁ…分からないかなぁ…いや〜…私は再認識したね。』



どうしようもなく彼女のことがお気に入りのようだ。

好き過ぎでしょ。



「お二人とも何をされていたんですか?泥だらけで…」


「山菜採ってたの!」


「そうですか。でも…汚し過ぎですよ…女の子なんですから…」


受付さんはポンポンと服についた砂とか泥を払ってあげている。アリエルはくすぐったそうにしているが嫌ではないようだ。なんだか仲が良さそうである。



『あ!ああああああぁぁ!!』


急に叫んでどうしたのルクレール!魔獣でも現れたの!?


『尊い。』


うるさいルクレール。初めて君がうるさいと思ったぞ。そんなことで叫ばないでおくれ。



「こんなとこで何してたの?珍しいねぇ」


僕の疑問は代わりにアリエルが尋ねてくれたようだ。


「些細な用事ですよ…それよりお二人に交流があるとは思いませんでしたよ。仲がよろしいんですか?」


「うん!マブダチってやつだねぇ」


アリエルは腰に手を当てて体を反らしている。僕は涙腺が緩くなっているのだろうか…目から水が…


受付さんは子供を見守るように微笑んでいた。彼女はギルドの外でも笑顔を絶やさないようである。


「そうですか…私はもう行きますね。山菜採り、頑張って。」


どうやら急ぎの用だったようで一言二言僕らと言葉を交わすと彼女は行ってしまった。


『見た?手の振り方まで上品だったぞ。』


もちろんルクレールは平常運転である。

これは無視!



「アリエルは受付さんと仲良しなんですね。」


「受付さん?…あぁ…テレーズちゃんね!ギルドとか食堂とかでよく会うんだよねぇ」


「食堂?イザベルさんのところですか?」


「うん。たまにお店手伝ってるんだよねぇ…お店の制服もかわいいんだぁ」


「へぇ〜…知りませんでした…」


混んでいる時に手伝っているのだろうか?僕は空いている時にしか行ってなかったから会わなかったのかもしれない。彼女は仕事ばかりしているなぁ


僕は鍋をゆすぐと袋にしまった。今日は山菜に触れるだけでいいだろう。あまり長くやっても疲れてしまうだろうし…いや…冒険者のアリエルは僕よりも体力がありそうだ。彼女も一緒に片付けを手伝ってくれた。



「山菜採りって結構面白いねぇ」


「そうなんですよ!しかし、これを知る人は少ないんです…」


「セン君がいつもより元気になってるからいいねぇ」


そう言うとアリエルはニコニコと笑った。


彼女はそう言うところがある。人が楽しそうだと自分も楽しいし、人が悲しそうだと自分も悲しい。どこまでも鏡なのだ。僕は彼女と接していて尊敬の念ばかり浮かんでいる。どうしようもなく善人なのだ…


「今日って劇場は空いているんでしょうか?

一緒に行きませんか?」


「え」


「何か用事があるのならいいのですが…」


「ううんっ!暇!暇すぎてひまひま!今日は良い演目だったはずだし…行こう!!」



彼女は僕の手を引くと元気良く歩き始めた。


彼女はこんなにもおおらかで優しいのに…僕は彼女と交友を深めることを恐れている。正直、そんな自分が嫌だった。もう一歩、歩み寄るのも悪くないかもしれない、そう思ったのだ。




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