二十三、オルゴール




「でも、アリエルにも行きつけのお店があるんですね。てっきり宿に閉じこもってるのかと思いましたよ。」


「ええ!?まっ…間違ってはいないけどぉ…この店はよく行くの!」


「この店は?」


「この店は!」


彼女は店に着いた途端、笑顔になった。何だか雰囲気の良い店である。小さいけれど商品の陳列は小綺麗に整えられており、見栄えは非常に良い。


「お婆ちゃ〜ん!!こんにちは〜っ!!」


「ん〜?おやま。いらっしゃい。」


店頭には優しそうなお婆さんが座っていた。


なるほど…これならきっとアリエルでも訪れやすいだろう。僕は1人で少し納得した。



「今日は友達も一緒なのかねぇ?」


「そうなの。」


お婆さんは僕を一瞥すると、にっこりと微笑んだ。


「おやおや…何かお探しかねぇ?」


自鳴琴オルゴールに興味があって…このお店では自鳴琴オルゴールを専門的に扱っているんですか?」


「ん〜…そうさねぇ…音に関する魔法道具のお店なのよ…自鳴琴オルゴールもあるけど最近は自動琴オーハープの方が人気だねぇ…うちでもそっちが主流になってきてるかねぇ…」


自動琴オーハープですか?」


「音を保存する魔法道具だよ〜そっか…そんなに流行ってるのかぁ」


アリエルが説明してくれる。彼女もあまり知らなかったようである。魔法道具は色々な用途で使われているんだなぁ…


しかし、僕の知らないものばかりお店に並んでいる…四角い箱のような形が主流であるようで、そこに多少の装飾が加えられているようだ。見た目も非常に目を引くものばかりだ…その装飾に比例して…値段も…ありゃりゃ



「お婆ちゃん。どうして自動琴オーハープの方が人気なの?自鳴琴オルゴールの方が格好いいのに!」


「まぁねぇ…値段も安いし音質も良いしねぇ」


「そんなぁ〜…」


聞いてみたところ、自鳴琴オルゴールはその手の職人の方が一から作るもので非常に手間がかかるらしい。それに反して自動琴オーハープは魔法で音を道具に埋め込むだけであまり手間がかからないようだ。


職人の方々は職を失いそうな悲しい話である。


お婆さんが自動琴オーハープを鳴らして聞かせてくれた。その音は非常に臨場感のあるものだった。その場で演奏を聴いているような…これは良いものだ。しかし、選ぼうと言っても…どうしよう。


「セン君!私がお勧め教えたげる!」


ふいにアリエルに手を引かれた。彼女は何個か気に入ったものがあったのか、選りすぐりを紹介してくれた。


僕はちらちらと財布の中身を確認しながら話を聞く。


「やっぱり音聴かないとわかんないよねぇ」


お婆さんに確認をとり、彼女が勧めた内の一つの自鳴琴オルゴールを手に取ると、その側面にあるネジを回す。


鳴り始めたその音は何だか不思議なものであった…何だか懐かしいような…聴いたことがあるような…その規則的な音で綴られる美しい音色に僕は心を奪われていた。自動琴オーハープとは違った魅力を感じる。


音がぷつりと止まった。


「…いいですね…アリエルが好きなのも頷けます。」


「うん…これは私が一番好きな曲なの。私が持ってるやつとは少し違う音が鳴るからこれも良いんだよねぇ」


彼女はそう言うと優しく自鳴琴オルゴールこすった。本当に好きなのだろう。僕は彼女からそれを受け取った。あまり装飾は多くはない質素な外見だけれどとても魅力的な形をしていた。


「これ買います。」


「えぇ!?もっと聴いてみなくていいの?」


「はい。今、僕自身この曲を素晴らしいと思ったので。こういうものはパッと決めたいんです。それに…アリエルの好きな曲ですしね。」


「…そ、そう?ならいいけどぉ…なんか照れくさいねぇ」


アリエルはぽりぽりと顔を掻いている。自分が勧めたものを買ってくれるとは思っていなかったのだろう。


値段は…しょ…小金貨一枚…こ、これは…


いや…ルクレールへの贈り物という体なのだ。正直妥協はしたくない。彼女は値段なんてこれっぽっちも気にしないだろうけれど僕は気にするのだ。


し、仕方ない…自分に言い聞かせよう…仕方ない…アリエルは思ったよりもお金持ちのようである。


「今時、自鳴琴オルゴールを買ってくれるとはねぇ…」


「僕はこっちの音の方が好きでしたよ。」


「有難いねぇ」


お婆さんに代金を払うと、商品を丁寧に包装してくれた。細かいところに彼女の人柄の良さを感じる。


アリエルがもう少し見たいと言っていたので、僕は彼女を待とうと思った。


初めは彼女に付き合って色々見ていたけれど、あまりにも勢いが強かったため店頭で休んでいることにした。僕ではとてもついていけなかった。


お婆さんが僕に椅子を出してくれる。


「…アリエルは良い子だからこれからも宜しく頼むよ」


「はい。とても良い子です。こちらこそ宜しく頼みたいくらいですよ。」


「そうかい?…何だかお前さん、アリエルとの間に壁を作ってるように見えるけどねぇ…あの子はお前さんを信頼してるみたいだけど…」


「そうでしょうか?気のせいですよ。」


「それなら良いけどねぇ」


僕を見るお婆さんの瞳は僕を見すかすように光っていた。


お婆さんはその話をそこで止めると自鳴琴オルゴールを楽しそうに眺めるアリエルに目を向けた。彼女の笑顔は心の底からのものなのだろう。裏表なんかない純粋な…


「…あの子が初めてこの店を訪れたのは半年くらい前かねぇ…凄く怯えているのに自動琴オルゴールには興味があったみたいで店の前を行ったり来たりしてたねぇ」


「へぇ…」


「…ちょうどその頃、私の孫が亡くなって…私は酷く落ち込んでいたのさ。そしたらあの子ったら私に飴をくれて…大丈夫?って…自分も私に怯えていたのに私の心配しててねぇ…」


「…彼女らしいですね。」


「そうさねぇ…それからさ。頻繁に来てくれるようになったのは…いつも元気に笑いながら…あの子自身も大変な境遇なのにねぇ」


「知っていたんですか?」


「まあねぇ…あのこの帽子、たまに落ちそうになってるから…」


だからお婆さんがアリエルを見る目は保護者のようなのか…きっと彼女は何も考えずにそのような行動が出来るのだろう。純粋に思ったように行動している…心が綺麗なのだろう。


しかし、帽子のことは注意しておいた方が良いだろうけれども。


僕はお婆さんにつられてアリエルを見る。彼女はこちらに気づいたようで気恥ずかしそうに小さく手を振っていた。


店を出て宿までアリエルを送ると、その友達に今度会わせてねと言われた。


しかし、それは叶うことはないだろう。紹介したら僕がさらにおかしい人だと思われてしまうだろう。



◇◇◇



僕は宿の前まで来て少し躊躇した。足がなかなか前に進まない。彼女はどんな反応をしてくれるだろうか…無駄遣いだと怒られてしまうだろうか?


部屋の扉を開けると、彼女は寝そべって天井を眺めていた。手足は大の字に広げられている。今日は部屋で大人しくしていたみたいだ。


「ただいまルクレール」


『遅かったね。何してたのさ。』


「アリエルと出かけてたんだ。」


『デートじゃん。同伴だ同伴。』


「違うよ…」


僕は懐ろから包みを取り出すと、ルクレールに渡す。


彼女は意外だったようで少々驚いた顔をしていた。


『これは?』


「ルクレールにあげる。いつもありがとうって気持ち。」


『それは…うん…ほぇ〜…』


彼女は僕に開けていいかと聞くとゆっくりと包みを開け始めた。


『…自鳴琴オルゴール?』


「そう。君が暇を潰せるものをあげたくてさ。」


『…』


彼女は何も言わずにネジを出来る限り回すと静かに足元に置いた。先ほども聴いた曲が流れ始める。何度聴いても美しい音色である。やっぱりこの曲が好きだ。


ルクレールは曲が流れ始めた時、少し眉をひそめたように感じたけれど目を閉じて最後までこの曲を聴いていた。


音が鳴り止むと彼女は口を開いた。


『どうしてこの曲を選んだの?』


「アリエルが好きな曲なんだってさ。僕も一度聞いただけで好きになった。」


『そっか…』


「知ってる曲だった?」


『いや…初めて聴いた曲だ…そうか…この曲を…』


ルクレールは少し言葉を濁していた。

あまり好きなものではなかっただろうか?


少し気を遣わせてしまったかもしれない…もう少し彼女の好みについて考えた方が良かっただろうか…


「ルクレール?どうかした?」


『いや…有難うセン。君から何か貰えるとは思ってもみなかったよ。嬉しい。』


「てっきり無駄遣いだって怒られるかと思った。」


『あ…そうだった。良い防具も買いなね。』



彼女はそう言って笑ったけれど、何処か上の空のようだった。何か考え事をしているかのような…彼女にしては珍しい表情をしていた。




◆◆◆




ルクレールはセンがしっかりと寝付いたのを確認すると、オルゴールを持って外に出た。今夜はやけに月が明るく、明かりを消した室内よりも明るかった。


彼女は自鳴琴オルゴールの裏を見る。大抵の場合、裏に製作者の名前が記入されているのだ。美しい彫り込みでその名は刻まれていた。



アーダルベルト・エステン



彼女は嘲るように笑い、自鳴琴オルゴールのねじを巻いた。この曲は酷く懐かしい…聴いたのはいつぶりだろうか…


まさかこの曲をセンが持ってくるとは…

私は逃れることが出来ないのだろうか。


自鳴琴オルゴールが規則的に音を刻み始める。


やはり彼が作る曲は人間が刻んだとは思えないほど機械的だ。悪く言えば温かみがない…だが…そこ自鳴琴オルゴールというものに調和しているのだろう。


以前聞いた時と違い、私自身の気分が良いからだろうか?

この曲は悪くなかった…でも…


『やっぱり…この曲は嫌いだ。』



ルクレールはそれに合わせて無意識に鼻歌を歌いつつ…珍しく夜の街を歩いた。




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