二十二、日常





あれから一週間はあっという間に経ってしまった。今日も今日とて僕は師匠から教えを乞うております。


「あまり師匠の実力のことは言わない方が良いのでしょうか?もしかして隠しておられるとか…」


「ん?まあ…そうじゃの。1人で楽しむのが趣深いのじゃ。」



僕は師匠と並んで糸に魚がかかるのをじっと待っていた。今日は釣りをしているのである。気づくと、師匠は眠そうに船を漕いでいた。師匠の分の竿も僕が見ていないと。


しかし、外でこんなにぼーっと過ごすのは久しぶりかもしれない。宿にはルクレールが必ずいるし、森では山菜を必死で探しているのだから。



『でも今日も私がいるっていう。』


気がつかなかった。ルクレールはいつの間にか僕の頭に体重を乗せるようにして後ろに立っていた。師匠は眠ってしまったようである。


『なんだか最近の君の周りは賑やかになってきたね。内弁慶な犬耳にお堅い嬢ちゃん。炒飯竜人におっぱい受付嬢。それと師匠さまさま。』


そう言われれば聞こえはいいけれど、どの人もそこまで親しい訳ではないのだよルクレール。それにしても変なあだ名つけてるなぁ。


最近少し食堂には通っているし、たまにアリエルさんとモネさんと会うけれど交わしたとしてもたわいもない雑談程度である。しかし、君の言う通り僕の生活は少し華やかになったかもしれない。


『もっと親しくなろうとすればいいのに…皆可愛いじゃん。』


彼女は僕の髪の毛でくるくると遊んでいるようだ。


何を言い出すのかと思えば、色恋のお話であるようである。ルクレールの言いたいことはわかるけれど、特にこれと言った感情はないのでその件に関する発言は控えさせて頂きましょう。今は知り合いとか友達になれただけで満足である。


それよりもルクレールは本当に女の子が好きなのだろうか。最近、普通に疑問に思っているのだけれども。


『教えません。でも可愛いものは好き。』


単純に愛でる気持ちなのだろうか…まぁ、あまり聞くものではないだろう。精霊だし。今後気まずいし。


『私は君の性癖に興味津々である。』


勘弁してくれルクレール。その話は僕自身もよくわからないし、広がらないのだ。僕が無知ゆえの結果であるから許して頂きたい。一方的に聞こうとした僕が悪かったよ…


『まぁ…それは正直どうでもいいんだけどね。君と何かしらお話ししたかっただけ。暇だし。』


そう言うと彼女は黙ってしまった。



最近になってわかってきたことがある。ルクレールは暇なのと静かなのが嫌いなのだ。だから僕にしょっちゅう話しかけてくるのである。僕以外に見えないことを考えると、なかなか悲しい。出来るだけ話し相手になってあげたいのだけれど…


そのまま無言で僕らは釣りを楽しんだ。ルクレールも多少は釣りに興味があったようで、餌をつける様子や糸を垂らした水面を始めはまじまじと見ていた。しかし、すぐに興味は失せてしまったようで、僕の髪の毛で遊んでいた。


長い時間粘ったが、結果は0匹。場所がわるかったのだろうか?釣りとはなかなか難しいものである。空も少し暗くなってきたようだし。師匠はずっと寝ているし。


師匠が今日、どうして釣りを選んだのだろう?

…ずっとそのことについて考えていたのだが、これは注意力及び観察力を鍛えるための教えなのだろうかと思う。でも、この程度ではないのだろう。師匠の思惑は海のように深い。


お、どうやら師匠が目を覚ましたようである。今まで寝ていなかったかのように様子を取り繕っているようだ。こちらの様子をチラチラと見ている。


「…な、なかなか釣れないのぉ…」


「もう暗くなってきましたし、帰りましょうか?」


「お、おお…そうじゃの。」


師匠はまだ寝足りなそうに欠伸をしていたため、僕は急いで道具を片付け、背負う。聞いてみたところ、また今度教えを乞うてくれるようである。


「次の教えは凄いぞぉ…期待しておれ。」


と言っていたけれども…師匠は寝起きでぼんやりしていたのでどうなるかは僕にもわからない。


今回は僕の精進が足りなかったかもしれない。より師匠の意図を汲み取れるように努力せねば!



『ほぇ〜…』


どうしたのルクレール?なんだかぼーっとしているみたいだけれど。とっとと宿に帰ろうか。


『笑うのを通り越して君に感心してしまった。』


今回何も思わなかったのならセンは一生この爺さんの正体には気づかないのだろうな、とルクレールは思うのであった。




◇◇◇




最近の僕の生活は実に単調である。これはなかなかに喜ばしいことだ。決まった時間に起き、山菜を採り、寝る。ルクレールを添えたその生活は実に有意義である。最近は薬草を多めに採っているためやや懐は豊かだしね。


「何だか上機嫌だねぇ…私もお腹が膨れると幸せになるよ〜」


今日は久しぶりにアリエルとお昼ご飯を食べていた。モネさんは用事とやらで何処かへ行ってしまったらしい。僕は初対面の時から彼女とあまり話をしていない。会うとしても森の中で2人に偶然会う時くらいだし。彼女は最近多忙だとアリエルは言っていたけれども。


「表情に出てましたか?」


「うん。セン君が笑顔だと私も笑顔になるよねぇ」


しかし、アリエルは何でも美味しそうに食べる。彼今日も頰が一杯になるまで口にものを詰めてニコニコとしている。彼女はこんなにも愛嬌があるならすぐに友達が出来るのにといつも思うのだけれど…


「何かあったの?」


「特に何もない生活が素晴らしいなって思ってました。」


「そりゃあ素晴らしいねぇ…」


こうしてイザベルさんのお店で食事をするのも珍しくなくなってきていた。なかなか値段も安いし、僕の懐も暖かくなってきたし。最近僕は山菜の炒め物と妖豚クーベルの炒飯をよく食べている。山菜をあまり好んで食べるお客さんはいないらしく、イザベルさん自身驚いていたけれど悪い気はしていないようであった。



「アリエルは暇な時って何をして過ごすんですか?」


「ええーっとねぇ…宿にこもってお裁縫。あれ…ハマるとあっという間に夜になるんだよ。面白いの。」


「へぇ〜…お裁縫。」


彼女はやや危なっかしい印象があったため少々意外である。

魔法使いというだけあって手先は器用なのだろうか?



「あとは…劇場に音楽を聴きに行ったりもするよ。人混みは嫌いだけど…音楽は良いものだよねぇ…私の心を豊かにしてくれるのですよ…」


「劇場?」


「行ったことない?ギルドの近くのちょっと目立つ建物。色んな催し物をやってたりするんだよねぇ」


「全く知らなかったです。音楽をその場で演奏するんですか?」


「そうだよぉ〜ローゼフートって国知ってる?」


「いえ…わからないです。」


「イブスト地域の小さな国でね。その国の人は皆、音楽を愛してるんだって。その国出身の演奏者はみ〜んな素晴らしい演奏をするんだよねぇ」


「ほぉ〜…一度聞いてみたいものですね。」


「本当!?今度一緒に行こうよ!

モネはあんまり興味ないみたいだからなぁ」



そんなに喜んでくれるのなら断ることなど出来ないだろう。正直興味もあるし。僕も割りかし娯楽に飢えているのだ。見聞を広めようと何冊か本や図鑑を買って読んではいるが、飽きは来るものだ。補足しておくと山菜は飽きがこない。


…そう言うのならルクレールも同じではないだろうか?彼女の娯楽はと言えばあまり面白くない僕の本と僕との会話くらいだろう。僕より圧倒的に娯楽は少ないのではないか?


「音楽って劇場まで行かなくても楽しめたりしませんかね?」


「うーんと…自鳴琴オルゴールっていうのはあるよ。ネジを回したら音楽が流れるの。ちょっとお高いけどあれも良いものだねぇ」


「何処で売ってるんでしょうか?少し見てみたいのですが…」


「私よく行くところがあるの!興味あるの?」


「はい。お世話になっている友人に贈りたいんです。」


「いいねぇ…これから行く?」


「ぜひ!」


ふと考えると彼女はふらっといなくなるし1人で劇場に行ったりしているのではないだろうか?皆からは見えないのだから。でも、こういうのは気持ちなのだと自分に言い聞かせることにしよう。日頃から彼女には苦労をかけているのだ。感謝の気持ちとして贈り物でも、と思った次第である。



…人への贈り物だと言った方が良いだろうか?

いや…精霊への贈り物か…これは…あまり説明し易いことではないけれど…


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