1-5

 時刻一二時二◯分。休憩室に到着したわたしは手近な椅子に腰掛けた。

 持参した水筒に表示領域を重ね、スターバックスのアプリで購入したデータを実行。

 目の前の水筒がチョコラティバナナココフラペチーノに変わる。わたしはそれに口をつける。


「あんた、またそれ飲んでるのか」


 後ろから声が掛けられる。振り返るとコル巡査が立っていた。


「気持ち悪くないのか、それ?」

「いえ、全く」

 そう言ってわたしはナッツと根菜と青魚のミックスジュースをフラペチーノとして認識しながら飲み干した。


「聞いたか、レンドラー警部の件」

 そう言いながらコル巡査がわたしの隣の席に座った。

「小遣い稼ぎに押収した〈レゾ〉を横流しだってよ。信じられないよな」


「そうですね」とわたしは言った。「とても信じられません」


 先日の病院での一件――あのあと、レンドラー警部はわたしの精神鎮圧を受けて昏睡状態に陥った。

 トイレから戻ってきたコル巡査に倒れているレンドラー警部のことを、どう説明したものか少し考えたが、全容を明かすのは危険に思えたので、突然やってきて少し会話してたら突然気絶した、と適当な言い訳で済ませた。

 レンドラー警部はそのままそこの病院に収容。その後に意識を回復させたダット氏が、自分の使用した薬がレンドラー警部から受け取ったものと供述。レンドラー警部も意識回復後に取り調べを受けて、それを認めたとのことだ。

 しかし動機はカネ目当てということにすり替わっていた。

 何故レンドラー警部は本当のことを言わなかったのだろう?

 それに押収した〈レゾ〉の横流しというのも引っかかる。

 レンドラー警部がいうにはあれは新たに設計された新薬という話だった。

 そもそもそれを開発したのは誰なのだ?

 レンドラー警部個人にそんなことが出来るとは思えない。

 間違いなく協力者がいるはずだ。薬品の調合ができる知識と、設備を有する人間が。


「――何でドラッグってなくならないんだろうな」

 隣でコル巡査が呟いた。


「どうしたんですか急に」

「いや、だってよ、今はSNで何でも出来るじゃないか。違法ドラッグに手を出さなくたって幾らでも気持ちいいことはできるだろ? おれなんていつも――いや、それはまあいいとしてだ」

「そりゃあれですよ」わたしは言った。「多分彼らは自分の『気持ち』を変えたいのでしょう」

「気持ち?」

「SNデバイスで変換できる情報は五感で捉えられる情報だけでしょう。気持ち――つまり感情を自由に操作することはSNでは出来ません。例えば恐怖とか、不安、劣等感、憂鬱、他人への嫉妬、そういった負の感情を自由に操作して消したりすることは今の人類にはできません。ただ、唯一それに近いことができるのが、ドラッグなんでしょう」


 わたしの言葉を聞いて、コル巡査は少しの間沈黙し、そして口を開いた。


「前から思ってたんだけどよ」

「何です?」

「あんた、何で|思念放射犯罪対策官〈カウンターテレパス〉の仕事を続けているんだ?」


 そう質問され、わたしは答えに詰まった。


「どうしたんですか急に」

「あんた警官になる気はないか?」とコル巡査は言った。「絶対にそっちの方が向いてる。おれが保証する」

「いや、それは、ですねぇ」


 ――参ったな、どう答えたものか。

 なぜ思念放射犯罪対策官カウンターテレパスという仕事を続けているのか?

 そう質問されるとわたしはいつも答えに詰まる。

 分からないから、ではない。自分の中でその答えははっきり分かっていた。

 だがそれを他人に伝えたことは今まで一度もない。

 基本的にそう質問された場合、この仕事が自分の適性を最大限発揮できるから、とか、思念放射犯罪は深刻な社会問題でそれを解決できることに喜びを感じるから、とか、他人から見て納得しやすいであろう、お飾りの回答を差し出して済ますことにしているのだが、

 真の理由は、まったく別の


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