番外編
砂漠の国と巫女の護衛の後日談
砂漠の神殿で働く者には幾つかのルールがある。
その中の一つに、他の仕事との掛け持ちや金銭を貰うのを禁止すると言うルールがある。
「いつも悪いな、マリー」
「別にいいのよ」
砂漠の中にあるオアシスとも言われる街、ディオールには人間以外の生き物もよく迷いこんでくるが、たまに魔物も迷いこんでは街で暴れていくことがあった。
そんなときはいつも腕利きの戦士が魔物を鎮めていた。昔はよく父親が街の人々に頼まれて追い返していたが、今はそれら全てマリーに話が回ってくる。
幼い頃から魔力も身体能力にも恵まれて暴れ回っていたせいか、向かう先に魔物がいたり盗賊団がいたり、なんかすごい悪いやつがいたりするのだ、何故か。
(ほんと、不思議なのよね)
所謂、一種のトラブル体質なのかどうかは知らない。それでも切り抜けられたのは、自分の身を守れる力があったからだと思ってる。
「ほれ、もってきな」
今回も、街に入り込んだ魔物の騒動を解決させた。
幸いあの種類は力が強いが、此方が危害を加えなければ大人しい種類だったので
、気絶させて街の外に逃がしてきた後、顔馴染みの古書店のおじいさんが古ぼけた装丁の本を差し出してきた。
「は?いいわよ。お礼なんて柄じゃないでしょ」
「それはな、何でも高度な魔術の本らしくて高価なものじゃが…こんな辺境の街だと売れなくてな」
「買う人がいないと」
「うむ、勿体無いじゃろ。お前さんが使えなくてもシーラさんなら扱えるかもしれんし」
「母さんねぇ……」
あたしたち姉弟の色彩と同じ母親のことが浮かぶ。小さな精霊達と話すことが出来る彼女は、その力を魔道具に魔力を込めるために使ってる所しか見たことない。
この街のじい様ばあ様達は母さんに一目置いてるみたいだ。あたしからすれば、旦那と子供達が大好きで仕事熱心な普通の母親なのだが。
その本を手に取って表紙を見ると、難解な数式に似た魔術文字の羅列が並べられている。
そういえば、と思ったことをおじいさんに訊ねた。
「呪術の本じゃないわよね、これ」
「さあ?ワシは生活魔法以外の魔法のことはからっきしなんじゃよ」
からからと笑うおじいさん。
魔法を使わない人からすると、ちょっと難しい専門書だしね。扱いがわからないのかもしれないわね。
でも街の魔物退治はほぼボランティア。それと神殿のルールの問題がある。あたしは一応、巫女様の侍女兼護衛として神殿に雇われているので、神殿の関係者になっている。
お金じゃないが、物を貰うのはまずいかもしれなかった。
「……でもねえ」
「なに言ってるんだ。それはワシがいらないから押し付けているだけじゃよ」
「わかったわよ。じゃあ勝手に押し付けられたってことで」
にひ、と笑うと、おじいさんは全くめんどくさいな、と言いたそうな顔をした。まじひどいな。
そんな感じでもらった本だけど、正直なところ、あまり本に興味がなかった。
けれどその辺に捨てていくのは可哀想だし、勿体無い気がする。
……大事にしてくれそうな奴に譲るか。
さてどうしようと考えはじめて数秒の逡巡の後、思い浮かんだ人物に渡しに行くことにした。日が傾き始めた空を見て、善は急げと神殿の方に歩きだした。
「それで、俺に…いやおかしくない?」
「大丈夫、マリーさんは何もおかしいところはないわ!」
神殿の一角、外れに立つお屋敷は大司祭一家の住む場所である。
弟の幼なじみのニールは、父親の大司祭様から「一族の習わし」として、神官見習いとして修行中だ。
そんな彼は魔法を研究するのが好きなのだそうだ。彼ならきっと大事にしてくれると思った。
弟の幼なじみは、マリーにとっても弟のような存在だ。
「これ、すげえ高度な書物だよ。俺より兄貴にあげた方が…」
「ええ、丁重にお断りするわ!」
「マリー姉……」
あたしがはっきりと伝えると、少年の表情が何とも言いがたい微妙な顔つきになった。
ニールの兄、サハラは子供の時から知っていた。大司祭の奥さんとうちの母さんが仲良しで、よく母から聞かされていた。
教会の学校時代から優秀だった。常に成績トップを争っていたあたしは一方的にライバル視されていた。
なのだが、あたしに負けた報復で悪い奴に拐われそうになってた弟を助けてくれたことがある。
弟のおかげなのか、それからライバル視されることはなくなったが、逆に付きまとわれることになってしまった。
「あのさ最近、兄貴がめちゃくちゃ落ち込んでるんだけど、何か知ってます?」
「全く知らない」
即答してしまったけど、実は心当たりがないわけじゃなかった。でも、あっちの自業自得なので放っておくつもりでいたし、言うのがめんどうだった。
「兄貴が机に突っ伏して、マリー姉の名前を呟いてるんだけど、ほんとに知らねぇんですか」
「……なにそれキモい」
「それな」
サハラは頭脳明晰で美しい顔立ちをしていて、黙っていれば女の子が寄ってくる……そんな幼なじみなのだが、見た目美人じゃなければ、やってることえげつないし気持ち悪いやつだと思うのよ。
ちなみに、今話している彼、ニールもそこそこカッコいい顔立ちなので、そういう家系なのかもしれない。
「ともかく、これはありがたくもらっときなさいな」
「よっしゃあ!……あ、本が……!?」
「ニール、子供みたいに騒ぐな」
あたしたちの目の前で本がスッと上にさらわれた。
驚いていると、ニールの後ろからよく似た顔立ちの青年が立っていて、持ってきた本を開いていた。
さっき話題に出していたサハラだった。
いつものことだが、ほんとにタイミングがいい。ニールはぎょっとしながらも「兄貴、帰ってきてたのか?」と訊ねると、ついさっきだよ。と簡潔に返した後こちらへ向いた。
「それでマリー、とても高度な内容だな。こんなものをどうして君が?」
「古書店のおじじに押し付けられたのよ。あたし理論とか苦手だし、勉強熱心な人にあげた方がいいじゃない」
うんうん、と頷いていたが、マリーからニールの方へ向くと、彼はひきつった顔をしている、心なしか汗をかいているような気がした。
「……ニール、この本が欲しいのか?マリーからのプレゼントを……?」
表情は見えないが、サハラはニールに凄んでいるようだった。
こらこら、実の弟にそんなことするな。
「え?……いや、欲しいならあげるよ兄貴!」
「お前…マリーのプレゼントを貰うそばからあげるだと……!」
「違うだろ!兄貴が欲しいと思って……めんどくさいな、落ち着いてよ!」
あーあー、たかが本一つで何やってるのよ。
ニールがかわいそうになってきたあたしは、二人の間に割って入ってニールからサハラを引き剥がす。こんな事で弟をびびらせてるんじゃないわよ。
「どうどう、落ち着きなさいよ」
「僕には何もくれないのに…」
しかも、恨めしそうな顔してこっちを見てきた。一気にめんどくさくなったわね。
「マリー姉、俺はいいから…」
あー…年下が気を使ってるわ。
しゃーないか、これ以上何か言うとサハラがまたしつこそうね。
こういう所は、どっちが年下なんだか。
「わかったわ、この本はあんたにあげるわよ…」
「嬉しいよ、ありがとう」
あたしはあんたのきらきらした笑顔がとても怖いんですけどね。でもま、見た限りこいつめちゃめちゃ元気そう。
「……祭りの後の事情聴取の時は、鬼のようだったくせに」
「え?あれはマリーが巫女さまの脱走に手を貸したからね。奉仕活動する罰で済ませたんだからいいじゃないか」
あれね…。
祭りの日、巫女さまの脱出騒動に手を貸してあげた。訳を聞いたら力になってあげたくなってしまったのよね。
で、勿論騒ぎになったので事情を聞かれたわけよ。ただ、その時の尋問官が幼なじみのこいつ。
……尋問は知り合いだろうが容赦なかった、元々仕事にあまり私情を挟まないから、あまり驚かなかった。
ただ、こいつの言動がいちいち変態だっただけで…とても疲れた。
「あー、ありがとうございました。変なことをしなければまだましなのよね……」
「変なこと?」
「……自白剤を飲ませようとしたのよ。魔法で拒否したけど危なかったわ」
「自白剤って、どうしても口を割らないか、凶悪犯にしか使わない薬だろ!?」
「え?何でも答えてくれるマリーも見てみたくて、つい」
「……うわ。変態きもちわるい」
「兄貴、そういうところだよ…」
結局あたしは、荷運び、草むしり、ごみ拾い、ext.これを1ヶ月やることになった。
本来はこれでは済まない筈で…まあ、目の前の奴が軽くしたんだろうなと思う。
更に暴走してサラマンダーを喚んでしまったことで祭りを混乱させたとして、長く奉仕活動をしているウルフは可哀想かもしれない。
「ところで、何でウルフはサラマンダーを喚んでたのよ。あいつ魔法に適性殆どないじゃない」
「さあ」
「昔から勝負を挑まれるし、弟に突っかかってくるのよね、一回シメた方がいいか…」
そういえばウルフをシメようとすると、いつもココに考え直してと止められていたわ。あの子も普段が大人しい分、怒った時が怖いのよ
「代わりにココットが怒っていたから止めて。それにあいつはもうラルクに突っかかったりしないだろう」
「そう?なんで分かるのよ」
「……ゴリ…ウルフさんには兄貴も相当絞ったはずだし、まあ見逃してやれば?」
ニールにそう言われちゃうと、ねえ。
「そう。じゃあそろそろ帰るわ」
「ニール、遅いからマリーのこと送ってくる」
「ハイハイ、母上に言っとく」
行ってらっしゃいと言う声と一緒に、あたしは外に出る。それにサハラが着いてきた。
神殿の敷地内だから迷うことがないんだけれどね。
「神殿出るまで送る」
「断ってもどうせ付いてくるんでしょ」
いつもそうだからね。
今回はあたしも奉仕活動期間が終了したばかりだから監視されてると周りは見ているから、構わないけれどね。
普段コイツと一緒にいると女性からの視線が痛いのだ。なので、たまには遠慮したい時だってある。
「そう言えば…渡そうと思ってた物が」
「謹んでお断りします。あんたのファンの女性から恨みを買いたくないし」
「まあ、そう言わずに」
拒否するあたしの手を取ると、紙に包まれた何かを握らせた。仄かに香る花の香り。
「これ、シャスラの花?」
「僕だとすぐ枯らせてしまうから」
まじまじと花を見ると鮮やかに色付いている。
シャスラの花は、魔力の感受性が高くて回りの魔力に合わせて花びらの色が変わる。
普通は淡いピンク、紫、黄色等だけど、これは黄色から赤へグラデーションが出来ていた。
それを見て、じわりと背中から汗が出てきた。いつからか忘れたが、こいつは毎年毎年この色の花を渡してくる。
「……あんたの魔力の色よね、これ」
祭りではシャスラの花のジンクスがある。女性はまっさらな状態のシャスラの花を意中の男性に渡す。
これは告白を意味しており、
OKなら男性は女性からもらった花に魔力を込めてから、女性の髪に差す。
NOなら、花を受け取らない。
それがわからない程あたしは鈍くはないが、毎年、花を渡した覚えがない。
「これって、女性が男性に渡すのよね…?」
「細かいことはいいから。僕の気持ちです」
「いらないです。それに花あげてないし、返す」
手を払って、ついでに花を押し付けて返す。奴が驚いたような目をしている。
ちょっとだけすっとした。
「やっぱりマリーは面白いな、家族以外でそんな反応する人って君しかいないよ」
「ああ、そうですか」
でしょうね。外見を見て中身を知らない女の子達はきゃーきゃーいうんだろう。
ああ、変なのに好かれた…と今までは思っていたが、あたしも特に好きな人がいないので、半ば諦めていた。
けど……流石に都合よく解釈されたらまずい。
「わかった?じゃあ帰るから」
もう少し歩けば神殿の門。
慌てて歩き出そうとするあたしの腕をこいつに掴まれる。
「しつこい男は嫌われるわよ」
目が合う。目を丸くさせていた。それから、ふふふと笑うと、あたしの頭に何かを付けた。
「あっ、ちょっと…!」
慌てて自分の手を頭に移動させると、思った通り、花びらの感触がした。
「返されると困る、貰って」
「毎年飽きないわよね…」
ほんと、なんで……
開花時期の過ぎたこの花をどうやって手にいれたんだか。
「あたしがあげてないんだから、これはノーカンよ」
「構わないよ。僕が渡したくてやってることだから。それに今年も誰にも渡してないんだろう?」
今年は巫女様のこともあったし、それどころじゃなかったのよね。
それにそうだと返せば、サハラが普通の表情だったのでよしとしますか。
自宅へ帰ったら、母さんが髪に刺さった花を見ながら「サハラくんたら毎年飽きないわねえ」と呟きつつ、それを花瓶に飾っていた。
「……やっぱり血は争えないわねえ。若い頃、大司祭様が奥様にしてた事と同じことをしているわ」
と、母親は淡い翡翠色の目を細めてくすくすと笑っていたそうだ。
砂漠の国と巫女の物語 相生 碧 @crystalspring
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