牛丼屋 炎上

白川津 中々

第1話

 とある生放送テレビ番組への出演依頼が来た。

 番組名は【世界に羽ばたく日本のチェーン店】というもので、如何にも阿呆な茶の間を沸かしそうな名前だなと思った。

 オファーと同時に台本も渡された。用意された台詞も少なく、まあ、自分で物を書くより、他人の書いた物を読んだ方がはるかに楽だろうという考えに至り、その要請を安請け合いしたのだが、これがいけなかった。


 収録が始まり、しばらくは特に疑問も持たず与えられた役割を演じていた。出演者の巧妙な演技に感嘆しながら、稚拙な感心を装っていた。「実に良い収入だ。大したことを言わず、阿呆のふりをしていればいいんだから」と、皮算用に恵比寿顔をしていた番組の中盤。とある牛丼屋が紹介されたのであった。


「多くの店が食券制にしている中、どうして御社はレジ会計なんですか?」


「あのね、料理ってね。手作りが基本でしょう? で、その対価にお金を払うわけだ、それでね、(食券を)使っちゃうとね。温もりがなくなるんだよ」


 社長自ら答えたインタビューに、会場は「素晴らしい」の声で満ちた。しかし、私は台本の段階でこのような戯言をよくもまぁ全国ネットで、しかも生放送で流せるものだなと思っていた。何が温もりか。安い給料でバイトを使い捨て、ろくに反抗できない外国人を奴隷の様に酷使しているくせに!


 そんなものだから、カメラに映る私の表情は険しくなっていただろう。それに気付いたのか、中堅のお笑い芸人が、台本に記載されていない質問を私に投げて寄越したのである。


「榊原さん、さっきからずぅっと渋い顔してらっしゃいますけど、どうしたんでっか?」


 突然の展開に私は慌てた。が、何を焦る事があろうか。話を振ってきたのはあちらだ。それに応えて何が悪い。構うもんか。言いたい事を言ってやれ。と、開き直りの精神へと至り、私は茶番で終わるはずの生放送に爆発物を投じたのであった。


「牛丼屋ごときに温もりなんざ求めてませんよ。いいですか? 牛丼チェーン店なんぞに行く人間の大半は社会的な落伍者か欠落者です。彼らは飯ではなく、餌を求めて訪れるのです。そこに温かみって、ちょっとこの社長は、頭がズレてらっしゃる。そも、人としての温かみを論じるのであれば、まず奴隷が如き労働を強いられている従業員を酬いてやるのが筋ってもんじゃないですかね」



 場が静まり返った。「言っちまったなあいつ」という視線が痛い。あぁこれでテレビ番組には二度と呼ばれぬだろうなと後悔のような、諦めの溜息を吐いた。が、これで終わればまだよかった、この後、更に恐ろしい事態が起こったのである。それは……


「では、ここで、牛丼屋チェーン店。数奇屋の社長に登場していただきましょう! どうぞ!」


 台本にない演出であった。司会のお笑い芸人が半笑いであったが、彼もまた、開き直っているのだろう。もはやヤケクソ気味な番組回しっぷりが、後戻りできぬ事態であると、私に認識させた。


「どうもすみません!」


 開口一番。社長は私に向かって頭を下げた。これはいけない。そう思った。時はwebである。あらゆる情報が、リアルタイムで流される時代である。私が罵倒し、社長が謝った。この図式は実に不味い。どちらが悪か、もはや決まってしまっていた。


「いや……あの……味は美味しいです! 私もよく利用しています!」


「ありがとうございます!」


 この一言が墓穴であった。案の定、番組終了後にツイッターではこの話題で持ちきりであった。


 言いたいことは分かる


 確かに食券の方がいい


 俺バイトしてたけどひどいもんだったよ





 という肯定的な意見もあったのだが、一方で





 信じられない。品性を疑う


 何様なの? どうせろくに働いた事もないくせに


 最後に日和ったのが最高にカッコ悪い






 などといった批判が多く投稿され、終いには、スポンサーに抗議してやろう。という展開を見せたのであった。


 そのおかげで私は職を失った。そして流れ着いた先が……






「六番卓様はキムチ豚丼だって言っただろ?」


「すみません……」


「ウチは温もりがないからね! 厳しくいくよ!」


「はい……」


 私は今日も、安い材料で作られた、やすい料理を、安い客に提供する。周りは私の事など覚えていない。あの日の炎上の事など、まるで記憶していない。


「そういえば、昨日の観た?」


「観た観た! 早速炎上してんじゃん!」


 部活帰りらしき女子高生の話題が聞こえた。私は彼女らに牛丼大盛りを提供し、涙を拭いた。

 炎上とは、まさしく燃え上がり、後に残るのは灰。その灰は、風に運ばれ、彼方まで消え失せ、やがて、人々は、燃え上がった存在そのものを忘れていくのだろう。そう、私のように……


「いらっしゃいませ!」


 自動ドアが開き、客の注文を受ける。私はそれを調理場へ伝え、牛丼を運び、客から金を受け取る。

 

「ご馳走様でした。美味しかったです」


 先の女子高生が、そう言って帰っていった。私は、何とも形容しかねる、込み上げる胸の熱に、「ありがとうございました」という一言が上手く言えなかった。

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