六章 遺物の声
大きな期待を胸に、二人は遺物の発掘に尽力した。ヴァニは全身の痛みを忘れ、ビルはより上等な葉の酩酊感を夢想し、スコップを刺し入れた。
ところが、掘れども掘れども終わりが見えない。ザキムの報復をおそれ距離を取っていた遺物堀たちを半ば脅すように招集し作業に努めたが、ついに穴の縁まで達しても、スコップは硬いものを捉え続けた。穴の幅は、半径十ヤードに定められているというのにだ。
とんでもない大物であることは、もはや間違いなかった。
しかしこれ以上勝手に掘り進めることはできない。そんなことをすれば、ガンズに何本骨を折られるか。縦穴を掘れとの指示は出ているが、幅は厳格に規格を定められている。加えてビルは、仕事を怠けていることに対しても怒りの鉄槌を受け、殴り殺されてもおかしくなかった。
「これ以上は無理だな……。仕方ない、ヴァニ。ガンズの親方を呼んできてくれ」
「あ? なんで俺が?」
ヴァニは短い夢から醒めたような心地になる。
身体の痛みを思い出し小さく呻いた。
「サボってるのがバレると面倒だろ。お前は元々ここの担当なんだから、ドヤされる心配はねぇ。ザキムの野郎だって、親方の前では手出しできねぇし。俺は隠れとくから、頼んだ」
「他のみんなもいるじゃねぇか。どうして俺が」
そう言って周りを見ると、遺物堀たちは示し合わせたように視線を逸らした。できることなら皆〝怒号のガンズ〟に関わりたくないのだ。
「仕方ねぇなぁ……」
ビルへの感謝の念はとうに薄れ、その目は恨めしげに淀んで、肝っ玉の小さい遺物
堀たちを睨め回した。
ふらついた足取りでは、縦穴までの道程がひどく遠く思えた。実際、十分の一マイル程度の距離は、痛む身体を引きずって歩くには少々難儀だ。
遅々とした歩みで、なんとか縦穴へと辿り着く。屈んで穴の縁を掴み、土壁を削って段をなした梯子に足をかけた。段を一つおりる度に、肩や腿、胃の腑にまで痛みがはしった。手許が緩み、危うく転落しかけた。
地面へと着地した時は、ほとんど転がるような具合だった。立ちあがるのも辛かったが、地を踏むとようやく生きた心地がした。
だが、ここから改めて気を引きしめなければならない。胃の腑にぽとんと鉛の塊を落とされようだ。気が重い。
遺物堀として、これまで特に問題行動を指摘されたことはない。ゆえに、きつい叱咤にさらされたこともない。それでもあの威圧的な巨躯や隆々の筋肉を思いだすと恐れを抱かずにはいられなかった。
蟻の巣めいて無数の横穴の穿たれた採掘場を、憂鬱な気持ちで歩いた。踏みだす度に全身がきりきりと痛んだが、それでもずっとガンズに会わずに済めばよいのにと思い続けていた。
そんな思いも虚しく、怒りが形をなしたようなその男は、すぐに見つかった。
ヨトゥミリスがいなければ真っ先に巨人と呼ばれたであろうその人は、およそ八フィートの横穴の天井に頭頂が届きそうなほどの偉丈夫だった。腕の太さなどは三本大根のモダフォよりもさらに一回り以上太く、猿のように長い。足は丸太そのもののようにしか見えず、踏みしめられた地面が悲鳴を上げて逃げ出さないのが不思議なほどだった。
「親方ぁ、ガンズ親方ぁ……!」
覚悟をきめ呼びかけると、ガンズの他に何人かの遺物堀も振り返った。中にはザキムとその取り巻きもいた。彼らは先のリンチを告発されるのではないかと肝を冷やしていたようだが、ヴァニは彼らを一瞥することもなかったし、またそのことについて言及するつもりもなかった。
おもむろに振り返ったガンズが、松の葉のようなまばらに生えた眉を掻いて、不快げに唇を歪ませた。
「親方、今すぐ来てください。親方のご意見を伺いたいんです」
「なんだ、解るように言え」
地鳴りのような声が返ってきて、ヴァニは委縮した。
ひとつ言葉を間違えれば、すぐさま怒号と拳が飛んでくる相手だ。まるで本物の巨人との対話に臨んでいるような緊張感だ。ヴァニは慎重に言葉をさがした。
「その……上で作業をしていたら、遺物が見つかったんです。それがとんでもなく大きな代物で、縦穴の幅まで掘っても終わりが見えないんですよ」
「なに? 穴の幅は十ヤードに定めたはずだぞ」
「ええ。それでも果てが見えないんです」
「……ほう」
これにはさすがのガンズも興味を持ったらしい。眉が大きく歪み、口許が緩んだのが判った。
巨大な遺物を掘りだすことに成功すれば多くの稼ぎが見込める。溶鋼職人は基本的に量に応じて金を支払ってくれるし、保存状態が良ければ枢区の遺物コレクターが大金を山と積んで手に入れようとするに違いない。問題はどうやって運搬するかだが、それは実際に遺物を掘り出してから改めて検討がなされるだろう。
「そういうことなら、ひとつ見せてもらおうじゃねぇか。ところで一つ訊きたいんだが」
「はい、なんでしょう?」
傷のことを訊かれたら正直にザキムたちを告発してやろうと思ったが、ガンズが訊ねてきたのは、そのことではなかった。
「あのクソパイプ野郎がどこにいるか知らねぇか? どうやらここにいねぇらしいんだが」
こっちを告発してやるのも面白いかもしれないと思ったが、昔のよしみで黙っていてやることにした。
「さあ。俺はスコップばかり見てたんで」
「……そうか、ならいい」
ガンズを伴い地上へでると、パイプ野郎の姿はどこにも見当たらなかった。思えば、幼い頃かくれんぼに付き合ってもらった時、ビルを見つけ出せたことは一度もなかった。
ガンズの目つきは獲物を探す肉食獣のようだった。握りしめた拳には、太い血管がミミズのように浮きだし脈を打っている。業を煮やすのも無理からぬことだ。むしろ何故、あれが今もガンズの許で働けているのかのほうが謎であった。
しかしその怒りも、件の穴を覗くと同時、驚愕に吹き消される。
「……おいおい。こいつは、たまげたぜ! 俺だって親方と呼ばれるくらいには長いこと遺物堀をやってるが、こんなでけぇ遺物は見たことがねぇ」
呆けたガンズの口端が、次第に笑みに歪んでいった。
その後のガンズは疾風迅雷のようだった。それぞれの責任者に指示を飛ばし、縦穴作業をしている遺物堀まで総動員して、大物の発掘作業にとりかからせたのだ。
普段は腕を組んで指示を出すばかりのガンズ自身も懸命にスコップを振るい「こいつ掘り出せたら、てめぇら全員に美味い酒振る舞ってやらぁ!」とまで言い切った。
ところが巨大遺物の大きさは、遺物堀たちの想像を遥かに超えていた。
三十人超の人員で小一時間作業を続けても、その全容をたしかめることはできなかった。
その頃、穴の直径は三十ヤードに達しようとしていた。
◆◆◆◆◆
ついにスコップが土の奥深くを捉えたのは、それからさらに半刻ばかりが経った頃。穴の直径が四十ヤードを超えた頃だった。
意外なことに、真っ先に快哉を叫んだのはビルだった。
本来ならば首根っこを掴まれボコボコに殴り倒されていただろう彼は、しかしガンズの目に留まっても拳にさらされなかった。
間もなく、別の遺物堀が咆哮を轟かせたからだ。
瞬間、遺物堀たちは、まるで一つの生き物となったかのように、皆が両腕を掲げ快哉したのだった。
四囲の輪郭を掘り当てた後、興奮も冷めてくると、彼らは休憩がてら談笑を始めた。この大物が一体どのような役割で作り出されたのか推測する者もいた。
大型遺物は今、上部だけが露出した状態で放置されている。球に近い形状のようだが、僅かに楕円をなしているようだ。
ある遺物堀はこれを〝古の大戦〟で用いられた砲弾だと言った。
「そりゃあねぇだろう。こんなでかい砲弾をどうやって詰めこむんだ」
「〝古の時代〟は、今より魔法の力が強力だったらしいぜ。種類も今よりあったって噂だ。魔法を使えば、弾をこめられたんじゃねぇかな」
「おいおい、そりゃログボザどもの歪められた神話に出てくるエルフがどうのこうのってやつじゃねぇのかよ。当時の人族は魔法の得意なエルフ族の力を借りてたから、今よりずっと魔法の扱いに長けてたとかなんとか。エルフなんて本当は存在しないはずだろ?」
「神話にも事実が残ってるって聞いたことあるぜ。俺たちの間じゃ小人族の話なんか有名じゃねぇか。エルフ族だってこの辺りに住んでたとしても不思議じゃねぇ」
遺物堀の論争がそこここで湧き立つ中、ヴァニはビルとともに大物を覗きこんでいた。
「俺の目には、こいつが砲弾のようには見受けられねぇな」
ヴァニは遺物の鈍い輝きに陶然としながら言った。
「まあ同感だ。じゃあなにかと訊かれても分からねぇけどな。ヴァニ、お前にはなにに見える?」
ビルはパイプを吹かしながら、充血した目を遺物に向けた。
「さあ。でもこいつは、きっとそんな単純なものじゃないと思う」
「どういう意味だよ」
「こいつを見つける前、俺が声を聞いたって言ったの憶えてるだろ?」
「ああ、そんなちょっと前のこと忘れたりしねぇさ」
ヴァニは、ビルの充血した目を一瞥し、果たしてそうだろうかと思ったが口には出さなかった。
「で、その幻聴がなんだ?」
「あれはこいつの声だったんじゃないかな」
言うと、ビルはヴァニと遺物とを交互に眺めた。そこにはヨトゥミリスを前にしたときのような、恐怖めいたものがちらりと過ぎった。それもすぐに嘲弄へと変わった。
「……やっぱりだ。お前は〝エブンジュナの夢〟にやられてる。〝夢渡し〟から個人差がでるとは聞いてたが、まさかここまでとはな……。これからは、離れて吸うことにする。安心してくれ」
ビルは手をひらひらとして、この場を去ろうとした。
ヴァニはその肩を掴んだ。
「待てって、そうじゃない。俺たちはきっと〝古の時代〟を勘違いしてるんだ」
「なんだよ、おい。里を出たあとどうするか悩んでたのかと思えば、とうに当てはついてるんじゃねぇか。魔法使いの道はきっぱり諦めて、旅人も断念。偉大な学者様になろうってんだな。こいつはたまげた!」
ビルが腹を抱えてげらげらと笑い始めた。
短気なヴァニは思わず怒鳴りそうになったが、ぐっと堪え、独り言のつもりで続けた。
「……俺たちはもしかしたら、少しばかりログボザのことを勘違いしてるのかもしれない。〝古の時代〟……。きっとその昔には、本当にエルフ族や小人族、そして俺たち人族が共存してたんじゃないか。今も遺物の使い方が解明されないのは、単に人族以外の知恵がつめこまれたものなんじゃないかって」
古の種族の実在。
その仮説が正しいとすれば、さらに一つの推論を立てることができる。
「エルフ族は魔法の力に長けてた、小人族は道具を作るのが上手かった。人族はなにをしたのか分からないけど、きっとエルフや小人の橋渡し役として機能してたんじゃねぇかな。そして三種族が協力して遺物が作られた」
ようやく笑いの治まってきたビルは、俄然興味を引かれたようにヴァニを見た。
「ほう。もしそうだとしたら、たしかに筋は通るかもしれねぇが」
「だろ? 遺物はきっとただの道具じゃない。小人が複雑に作り上げて、エルフが魔法を施したものなんだ。だからこの遺物は、俺に話しかけてきた」
飛躍した結論に、ビルはさすがに賛同しかねたようだった。肩をすくめてこちらを労わるような眼差しを送ってくる。また葉の中毒症状に苛まれているものと思われたかもしれない。
「……たしかに遺物の使い方は、遺物が最初に発掘されて数百年経った今でも解ってねぇ。小人やエルフが力を合わせて作ったってのは面白い仮説だと思うぜ。小人族はエブンジュナの森を切り拓いたって言うんだし、エルフだっていたのかもしれねぇ。だからってなんで遺物が話しかけてくるなんてことになる?」
「魔法の力だよ。現代の魔法じゃ再現できない、古の魔法が遺物に残されてるとか」
「それで、遺物が喋ってもおかしくないってか?」
「ああ」
ビルは一度茫洋とした眼差しで昏き森を一瞥した後、腰の辺りをまさぐって水筒を取り出した。中でたぷんと水の揺れる音がした。
「葉っぱでやられてるのか、殴られておかしくなってるのか判らねぇけどよ、少し休んだほうがいいぜ。水分けてやるから、飲むなり浴びるなりして、ちっと横になれや」
まあ、こうなるよな……。
話す前から賛同を得られないのは予想できていた。
ヴァニ自身も、この発想はあまりに突飛すぎると感じていた。
だがヴァニには、あれがただの幻聴だとも思えなかった。根拠と呼べるほど強い確証はなくとも、引っかかるところがあるのだ。
声を聞いたあの時、ヴァニはたしかに感じた。
首の皮膚をそっと撫でるような気配。濃霧の奥からぬっと半身をだす人影を見たような、実在を認識したような気がした。
あれは誰の声だった?
ビルの声だったか? じいちゃんの声だったか?
そのいずれでもなかったはずだ。
思い出そうとすると、頭の中は霧がかかったように曖昧模糊とした感覚しか返してこなかった。それでも幻聴と断言するには奇妙な違和感が付きまとい続けた。
首をさすり、大きく嘆息する。思いをめぐらせるうちに頭痛がしてきた。ヴァニの手は、無意識のうちに水筒を受け取っていた。
「……あんたの言う通りかもな。ちょっと休むことにするよ」
「ああ、そうしろ。ザキムたちが悪さしないように、見張っといてやるよ」
「ありがとう」
水筒をひっくり返して水を浴び、一口喉を潤したヴァニは、掘り返した土をスコップの底で押し潰して即席の枕を作った。そこへ寝そべると、ちょうど巨大遺物の緩やかな曲線が見て取れた。
お前はやっぱり喋ったりしないのか?
心中で問いかけた時、誰かが「おやすみ」と囁いた気がした。
その声が誰のものか突き止めるより前に、ヴァニの意識は微睡の手に絡め取られ、夢の中へと沈んでいった。
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