七章 赫の踊り子

 六歳になる、その前日のことだ。

 彼女は、ヨトゥミリスによって愛する家族を目の前で縊り殺された。


 当時彼女は、アオスゴルとエブンジュナの森に挟まれたマクベルという街で暮らしていた。


 マクベルは商人の街と称され、商業を盛んに行うことで知られる。

 アオスゴルへ搬入される金属製品の多くはここで製造されるため、他の街と比較しても特に煙突が巨大で数も多い。それ故、〝剣山の街〟とも称されていた。


 彼女の父は例にもれず溶鋼職人だった。

 遺物堀たちの発掘してきた遺物を融かし、それを用いることで武器や防具などをこしらえる鍛冶職人が主にそう呼ばれる。


 母もまた職人気質の人だった。

 杖作りの達人として枢区にまでその名が響き渡るほどだった。


 魔法使いの用いる杖――じょうは魔法を強化する増幅器としての役割を持つ。必然、より魔法の力を高めやすいものに需要があり、握りやすければなお重宝される。

 母は魔法使いとしての素質を持っていたが、戦場には赴かず、その力を魔杖製作のためだけに費やしてきた。


 姉は彼女より二歳年上で、魔法使いを志し、日々魔法の訓練に励んでいた。治癒の魔法に心得のあった姉は、治癒術師として、前線に立つ魔法使いたちを支援したいと、日々その大きな瞳を輝かせたものだった。時には怪我をした動物の傷を治し、森へ返してやったりもする優しい女の子で、両親は、姉が治癒術師としてアオスゴルへ旅立つ未来をともに夢見ているようだった。


 彼女もまた姉と同じく魔法使いを志した。姉と同じ治癒術師になることを夢見た。


 魔法使いの中で治癒術師は人気のない職業だ。前線に出て戦う魔法使いこそが、ミズィガオロスの人々にとって憧憬の象徴そのものだったから。


 その上、彼女は姉のように、治癒の才があるわけでもなかった。それでも彼女が治癒術師を志したのは、魔法使いに憧れを抱きながらも、前線に出て傷つくことを恐れてたからだ。


 そんな彼女の臆病さを、姉も両親も咎めはしなかった。ただただ優しく見守ってくれていた。そんな家族が大好きだった。だから治癒術師を志したのかもしれない。前線には出ずとも、陰ながら平和の一役を担い、家族を守れるようにと。


 しかし防区に居を構える限り、永劫の安寧などありえなかった。殺戮の嵐は、彼女が魔法使いになることを待ってくれなかったのだ。


 あの日、遠い北東の方角から、金切り声にも似た角笛の音が聞こえてきた。聞いたことのない不穏な音色だった。幼い彼女の胸は、それがとても悪いことの兆しだと教えていた。


 外では守衛の魔法使いたちが、大音声で何事かを喚き散らしていた。彼女と姉と母親は、身を寄せ合い、ドアを開けることすらままならずいた。


 血相を変えた父が工房から戻り、三人を外へ連れ出したときには、もう手遅れだった。


 マクベルの十フィートばかりの防壁は、打ち破られていた。守衛の魔法使いは巨大な無数の影に取り囲まれ、四肢を引き剥がされた無残な亡骸と化したあとだった。


 その背後、重い跫音きょうおんで辺りを震わせたのは、全身を鎧めいた外殻で覆った三十フィート超の巨人だった。


 それに続いて、さらに十フィート程度の取り巻きが四体も駆け出してきた。


 阿鼻叫喚がマクベルを引き裂いた。

 誰もがなす術なく死んだ。手足を千切られ、頭を叩き潰され、臓物を引きずり出され死んだ。


 吐き気を堪え、彼女は走った。

 家族ととともに。

 絶叫を噛み殺し、熱い息を吐き続けた。


 だが理不尽な死の化身は、そう易々と彼女たちを逃がしてはくれなかった。


 まず父が犠牲となった。小型ヨトゥミリスに腕を掴まれた父は、そのまま後方へ放り投げられ、中型の足許で真っ赤な染みとなったのだった。


 反撃を試みた母は、詠唱を終える間もなく、ヨトゥミリスの爪先に蹴られた。くの字に曲がり、五ヤードばかりも弾き飛ばされ、地面には血肉の絵筆がひかれた。


 中でも姉の死は凄惨だった。


 指先で首を絞めあげられた彼女は、ぶくぶくと泡を噴いた後、コルク栓を捻るように首を千切られ絶命したのだ。血管が怒れる蛇のごとく波打ち、おびただしい量の血が噴き出したかと思うと、辺り一面に赤い霧が溜まった。


 姉の頭がごとりと地面に落ちたとき、その目は誰のことも見ていなかった。苦悶と恐怖を綯い交ぜにしたおぞましい表情がはりつき、人ではないなにかへと変わっていた。


 それを認識した途端、大地が凍えた。自分の足がどこにあるのか判らなくなるほど、冷え切っているのを感じた。足を動かそうとすれば、ひび割れ砕けてしまいそうな気がした。喉の奥からなにかがせり上がって、胸が張り裂けそうになって――。


 それから先のことは、あまり憶えていない。


 夜が明けた時、温かなベッドの上で目を覚ましたのはよく憶えている。


 彼女は魔法使いに拾われたのだった。

 保護されたのではなく、魔法使いとしての適性を認められ、国に飼われる立場となった。


 彼女はそれを拒否しなかった。「いつか君は、最前線で刃を振るうことになる」と告げられても、決して首を横には振らなかった。

 記憶の隅に感じられる冷気に誘われながら、ただひたすら血の滲むような魔法の鍛錬に励みつづけた。

 実際に血が飛び、反吐も吐いた。ひと月に一度は骨にひびが入った。ひどければ折れた。


 治癒術師を志した少女は、もうそこにいなかった。

 決して弱音を吐かず、誰かの夢を借りることもせず、強い魔法使いになることだけを望む少女がそこにいた。


 やがて彼女は誰よりも速く戦地を駆け抜け、誰よりも多く血を浴び、誰よりも狂った顔で笑う戦士となった。

 いつしか彼女は、〝赫の踊り子〟と呼ばれるようになった。


                ◆◆◆◆◆ 


 風の扇で粉塵を薙ぎ払い、短い瞑想から醒めたカルティナ・ヨフォンは、頬がはち切れんばかりの笑みを浮かべた。


 その目に映るのは塔の如き巨躯。

 大型ヨトゥミリス。

 カルティナの時間を狂わせた憎むべき敵。


 瞬時に詠唱を完成させ、付与式を再展開した〝赫の踊り子〟は、たちまち地を馳せる疾風と同化した。

 みどりの筆が一文字を引き、大型の足許で次の画をなすまでに瞬く間もなかった。


「てええぇッ!」

 

 カルティナの手許で編み込まれた槍が、円弧を描き、甲皮を打った。

 ところが碧の刃は、耳障りな摩擦音を発するだけで、巨人族を傷つけることはできなかった。

 

 まだだ。まだ弱い。もっと強くなって、こいつらを一匹残らず切り刻んでやる。

 

 外殻に弾かれた反動を利用し、カルティナは後方に一回転した。

 穂先を親指の第二関節へと捻じりこむ。外殻のない部位であれば、魔法は難なくその肌を深くきり裂き、血をしぶかせた。


 カルティナは返り血を舐めた。

 恐ろしく冷たく、毒のように苦かった。


 血を吐き捨て、さらに深く刃を捻じりこんだ。筋繊維の断ち切られる音が〝赫の踊り子〟の胸を高鳴らせた。


「ゴアアガアアァッ!」


 大型の悲鳴が大地へ叩き下ろされた。

 鼓膜がねじ切られるように痛み、全身がぴりぴりと痺れた。魔法使いの何人かは翼を折られた渡り鳥のように、ばたばたと落下した。


 それでもカルティナは集中を切らさなかった。魔法を維持し続け、背中には風の翼を、腕には風の刃を描き続けた。


 肉の中で刃が伸長する!

 

 もう一押し……ッ!

 

 杖の先から生じた槍の刃を捻じりこんだ。


「ゴアアアアァッ!」


 ヨトゥミリスが苦悶に呻いた。

 嗜虐の悦びが胸の奥の炎にくべられた。


 と同時、炎が凍てついた。足許の感覚が消失し、全身を痺れるような恐怖が覆った。視界の端でなにかが動いたと解ったのはそのあとだった。


 それは瀑布の方角で鞭のように身体をしならせた。


 遅れて角笛の音が轟いた。


 集中の綻びは数瞬だった。

 しかし戦場とは、舌を打つ間に趨勢を傾かせるところだ。


 足場が僅かに浮き上がり、外殻の隙間がバチンと音をたてて塞がれた。大型は自らの指を上向きに反らすことで、外殻を閉じ、風の槍を霧散させたのだ。


 大型はとりついた忌々しい虫を払うべく、足裏をゆっくりと地面から離し始めた。

 地上にぱらぱらと石塊が吸いこまれ、カルティナの足許はぐらぐらと揺れた。


 胃に直接風が吹きつけたような浮遊感。

 ヨトゥミリスの指の間から覗く地上の景色を目に、カルティナは我に返った。

 

 くそっ。

 

 この状況から逃れる術は一つ。指を蹴って上へ跳躍すること。


 しかし彼女の目は、地上で応戦を続けていた一人の魔法使いに縫いつけられた。真っ赤な染みとなって死んだ父が、仲間が思い出され、足許が凍えた。


 カルティナが踏み出した時、その身体は上方でなく、下方へと急降下していた。


 魔法の出力を上げると、まるでそれ自体が生きているかのようにマントが波打った。カルティナの身体は最早、碧の槍のようにしか見受けられなかった。


 大地へ衝突する寸前。槍は、ほぼ九十度に折れ曲がった。軌道上にいた魔法使いが一瞬にして槍の一部と化した。


 急加速の負荷で内臓全部が茨にしめ付けられるような痛みを覚えた。それでもヨトゥミリスに踏み潰されるより、衝撃波で無残なバラバラ死体になるよりマシ――なはずだった。


 一拍遅れて、カルティナたちのいた地点に、圧倒的な質量が叩き下ろされた。


 粉塵を絡めた凄まじい衝撃波が吹き荒れ、一面を土色に染め上げた。大地は土塊の波と化し、地上にあるものすべてを洗い流す。


 それは槍が宙を馳せるよりなお速く、高波の如く巨大であった。

 瞬く間もなく、二人の姿は土の波の中へと消えた。

 カルティナは反射的に向き直り腕を組んで防御姿勢をとったが、風の鎧はたちまちにして砕け散った。全身を槌で打ちつけられるような痛みが反吐を散らした。


 華奢な肉体は弾き飛ばされ、アオスゴルの塁壁にまで叩きつけられた。

 握られた杖が宙を舞い、堀の中で虚しい音をたてた。彼女もまた堀へ落ち、肩から地面へと激突した。


「あ、あっぐ……!」


 カルティナは痛みに呻いた。風魔法がクッションとなったおかげで内臓破裂こそ免れたが、肋や右足には焼けるような痛みが拡がっていた。


 喉を押さえながら咳きこみ、なんとか糸を啜るように空気を吸入する。

 白んだ視界はなかなか元に戻らない。

 目許をこすり、深呼吸を繰り返した。その度に、焼けた杭を打ちこまれるような痛みが胸を侵した。


 やがて視界が回復してくると、先程の魔法使いがぐったりと倒れこんでいるのが見えた。その頭部には斧で割られたような傷がぱっくりと口をあけ、だらだらと血が流れていた。


「……す、すみ、ああっ……」


 傷ついた魔法使いが、かすれた声をしぼり出し、頭を抱えた。


 呻き声は糸が解れるように、弱々しくなっていった。単に彼の命が尽きかけていただけでなく、血を流すカルティナの左の鼓膜は破裂し、上手く音を拾うことができなくなっていた。


「馬鹿、喋るな……!」


 魔法使いの許へ歩み寄ると、カルティナはその身体を背負った。


 肋と右足の痛みで理性が焼け落ちてしまいそうな中、唇を噛みしめ叫びを押し殺し、目尻に滲んだ涙を拭った。


 落ちていた杖を手に取り、消滅した魔法を再展開する。女兵長は堀の中を跳びだし、斜堤にゆっくりと降りたった。


 戦況は凄惨さを増していた。

 カルティナは己の非力さに顔をしかめた。


 アオスゴル付近にまで押し戻された魔法使いは、自分たちを除いても六人いた。

 半分は呻きながらどうにか立ち上がったが、残り半分は白目を剥いて意識を失い、多量に出血していた。


 二本の大河の中には、流されてゆくマントが三つ確認できた。おそらくもっといるはずだ。命が助かる見込みは限りなく低いだろう。


 小隊のおよそ三分の一以上が、戦闘不能に陥っているようだった。戦の趨勢が、一瞬にしてヨトゥミリス側へ傾いていた。


 そんな中にあっても、カルティナはまだ魔力も意地も涸らしていなかった。消耗負荷の疲労は、まだ気力でねじ伏せられる程度だ。とはいえ、ヨトゥミリスの攻撃によって傷ついた身体は、治療を受けなければどうなるか判らない状態でもあった。最悪、肋骨が肺を貫けば死の恐れもあった。


 だが、死を恐れて戦士など務まるはずもなし。


 戦線離脱の選択肢はない。大型は指の一本も失っておらず、その眼は冷酷な殺意に彩られたままだ。あれはまだ人族の恐ろしさを知らない。霜の眼差しを恐怖に濁らせ、首を刎ね飛ばすまで、死ぬわけにも立ち止まるわけにもいかなかった。


「治療致します! 中へ入れますか?」


 不意にかけられた声に、カルティナは反射的に振り返った。見れば、塁壁の上に歳の近い女性治癒術師が立っていた。


 彼女に治療を任せれば、一時間後には万全の状態で復帰できるはずだ。折れた骨まで元通りにできるかは解らないが、死のリスクは極めて小さくなるだろう。


 ただし、一時間があればの話だ。

 カルティナは迷いなくかぶりを振った。


「必要ありませんわ」


 彼女は痛みを押し殺し、努めて穏やかに笑った。


「え、しかし……!」

「わたくしはいいの。ですから、周りの方を治療してあげて」


 当惑する治癒術師を前に、カルティナは目を細めた。

 もし、姉が生きていたら、こうして壁の上に立っていただろうか。


「……」


 彼女は、すぐに「もし」を払い飛ばした。背負った魔法使いを風の力で壁上へ移すと、すぐさま瀑布の方角へ目を転じた。


 先の一撃でヨトゥミリスの周囲は、またも土埃に呑まれてしまっていた。

 しかし親指にダメージを与えたことで力が減退したのか、それは腰の付近で成長を止めていた。


 大型の脇腹で、巨大な風の太刀が閃くのが見えた。

 その一撃で大型は僅かにバランスを崩し、さらにそこへ一人の魔法使いが拳を叩きつけた。ヨトゥミリスと比較すれば豆粒ほどしかないそれは、見た目からは想像できない威力を発揮し、なんと大型に片膝をつかせた。


 とんでもない力だった。あんな高出力の魔法を行使できる者は限られている。風の太刀は無論エヴァンのものだ。拳を振るったのは強化魔法を得意とするゴラス少尉に違いない。どうやら小隊の主戦力たる者たちは、無事戦闘を継続しているようだった。


 次に注目したのは、大型の背後だ。

 右手側の激流――シュム河に佇む新たなヨトゥミリス。

 カルティナは訝しげに目を眇め、それを観察した。

 

 なんだ、あれは……?

 

 エヴァンのような超人的な視力をもたずとも、それが異様な姿をしているのだけは判った。


 腰にくびれをもたない直線的な下半身。

 いや、下半身がどこから続いているかも分からない直線が水の中に続いている。

 明らかに脚と思われる部位がないのだ。


 ヨトゥミリスは巨人族とも称されるように人型をしているのが一般的である。四足で移動するもの、尾をもつ〝尾つき〟こそ散見されるものの、足のない巨人など見たことも聞いたこともない。


 しかもそれが四体もいるではないか。


 ぞわぞわと背筋が粟立つ。嫌な予感が喉を圧した。


 カルティナは思考を閉ざし、呼吸を整えた。

 ここは戦場。余計なことは考えず、ただ目の前の敵に集中すべきだ。あれらが瀑布に留まり続けている以上、まず相手にすべきは、大型ヨトゥミリス――。


 杖を固く握り直し、それを支えに立ち上がる。

 立ちはだかる敵を屠るために。

 魔法をより強固に構築すべく、血の伝う唇から魔法の文言を紡ぎ出す。


「吹き荒べ、我が親愛なる友よ。汝は天よりの清なる羽衣にして、天を統べし翼。汝は我が激情にして、鋼をも貫く剛槍」


 碧の風が大きく波紋をうったあと、肩を臼で挽かれるような疲れが襲いかかった。


 さらに風の力を借りて大きく跳躍すると、右足が悲鳴を上げ、肋が肉を食んで軋んだ。身体中がバラバラになってしまうような激痛に、半ば意識をもっていかれかけた。


 けれど、きつく瞼を閉じれば、まだこの身体は砕けていないと実感できた。眼裏まなうらで明滅する過去は、より悲惨な最期で、愛する家族の痛みはこんなものと比較にならないはずだった。


 奥歯を噛みしめ、途切れかけた意識を繋ぎとめる。

 記憶の中の家族だけが壊されてゆく。

 死体が積み重ねられるほど、心中で燃え上がる怨嗟が烈しさを増す。

 

 慄け、忌々しい殺戮者ども。この〝赫の踊り子〟が、お前らの蒼褪めた身体まで艶やかな赫に染め上げてやる。


〝赫の踊り子〟は瞼を切りひらき、急速に輪郭を膨らませる巨躯を睥睨した。


 肉体を循環する魔力が、無数の粒となって感じられてくる。

 その粒をかき集め、練り上げる。

 潰れた身体に生命の息吹を吹き込むように。歪に曲がった骨肉を鍛え直すように。破裂した血管を編み直すように。


 その口が新たな詠唱を紡ぎ出した。


「生命よ、吹き荒べ。螺旋を重ね、廻れ。刃を織りなし、万の骨肉を断てェ!」


 カルティナの腕に、背丈の三倍はあろうかという碧の巨槍が生み出された。


 キイイイィィィ!


 それは絶えず螺旋を描きながら、解れかけた穂先を鋭く編み続け、万の怨霊の呻きを思わせる金切り声を上げた。


 カルティナはついに大型へと肉薄。

 片膝をついた足から一気に腰まで疾走する。


 振り乱される拳を紙一重で避けると、横腹を叩きつけるような風圧が襲った。右足も肋もメキメキと嫌な音をたてた。


 なおも立ち止まらず、揺らぎかけたイメージを練り直して跳んだ。

 肋の外殻を蹴り、風の力を借りたその身体は、天すら穿たんとでもするように上昇する。


 穂先が睨むは、大型の腋。そこは頸部と同様に外殻が薄く、最も肌の露出されている個所。


 カルティナは、槍の柄となったトネリコの杖を握りこみ、肺が肋に触れるほど危うい呼吸を行った。


「てえええぇいッ!」


 咆哮。

 折れた肋が震え、碧の巨槍が繰り出された。

 身を捩り触れたものすべてを喰らい尽くす逆さの竜巻の如く!


 キイイイィィィ!

 穂先が腋の肉を穿ち、抉り抜く!


「ギイィアアアガアアアッ!」


 大型の喉から凄まじい絶叫の声がしぼり出された。


 腋からは厖大な量の血液が噴出した。さながら血によって形成された星のようだった。


 魔力を過剰に消耗したカルティナは、血涙をながし血を吐いた。

 直後、血の星が彼女を呑みこんだ。

 その身体にはまだかろうじて風の付与が施されていたが、生死のほどは定かでなかった。

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