第2話 円周率
「しょーらいおおきくなったらけっこんしようね!」
「うん、やくそくだよ!」
6歳のころ、俺と2の二人はいつでも円を描いて遊んでいた。一人では半分も円を描いたら崩れてしまっていたが、2がいると、不思議と一周円を描けたものだ。
それからというもの、2と俺はいつも一緒だった。2は不思議なやさしさがあって、いつも俺の足りないところを助けてくれた。いつだったかcosineという土地に旅行に行ったとき、気づいたら町の反対側に来ていたが、2が来てくれたおかげで帰ってこれたのだ。そのうち2と俺は自他ともに認める恋人になっていた。
でも、2は大人気者だった。いろんなところにひっぱりだこだったし、ルートプロダクションなんかにスカウトされてはp/qとかいうグループを組んでアイドル活動をしていた。そんなp/qなんて存在しないことを俺は知っていたが。
そんなときは俺は独りぼっち。たまには素数計数関数のふりなんかしてカッコつけて遊んでいたが、一番始めに考えてしまうのはやはり2のことだった。
ある日cosineに一人旅に出かけたら、そこで、sineとかtangentとかいう町に来てみないかと誘われた。それで行ってみたら、sineとかtangentは俺一人でもちゃんと戻ってこれる町の構造だった。ずいぶん気に入っちゃって、遊びまくったもんさ。
そんなとき、バーに入ったんだ。なんだかそこでは微分が流行ってるんだと。そこにすっごいかわいい子がいてね、いままで2しか恋人じゃなかったけど、たちまち虜になってしまった。2が対数プロダクションにもスカウトされていて、おれは一人だった。そんなときにそんなかわいい子がいたらついふらふらとなってしまっても仕方ないだろう。
その子の名前はネイピアっていうんだ。かわいい名前だ。なんだか気が弱そうだったが、微分おやじに絡まれても全然動じずやり過ごしている。それで、ちょっとお酒でも飲ませて仲良くなったらもう気があうのなんのって。そして、二人で街を歩いたんだ。初めて2以外の女の子と二人で夜の街を歩いたな。そりゃ魅力的だった。そして、俺は2のことを忘れて、ネイピアと恋人になった。
「俺たち23歳だろ。もう大人だよな」
「ふふっ、そうね」
「お前も・・・、いいだろう?」
そして、俺はネイピアの上に乗った。
「愛してるよ、ネイピア。俺の愛を受け入れてくれ」
そして、俺はずっとネイピアとの恋人生活を楽しんでいた。それは若者にありがちな堕落した生活であり、だんだんと負のオーラをまとってきていた。だが、ネイピアの前に俺はすっかり腑抜けになっていた。
そんな生活は長くは続かなかった。
事件は突然始まった。ネイピアは対数プロダクションのアイドルだったのだ。それをずっと黙って俺と付き合っていたことがわかった。もちろん、俺はアイドルだったから嫌だというわけではない。しかし、よりによって対数プロダクションとは・・・。そして、Xデーは訪れた。ネイピアと一緒にいるとき、2とばったり会ってしまったのだ。もちろん、2とネイピアは知り合いだった。
「あら、ネイピアさん・・・、あれ?なんで円周率と一緒なの?」
「私の恋人よ」
「どういうこと?説明してくれない?」
「なに怒ってるんです?」
「円周率は私の恋人だったのに!」
「え?そうなの?」
俺の方を見る。ああ、もう絶体絶命だ。
「俺が悪かった。二人とも騙してしまった。許してくれなんて言えた義理じゃないが・・・」
先に声を掛けたのはネイピアだった。そして、2に背中を向けてこう言った。
「ねえ、私に対する愛は本物だったの?」
「もちろんだ。お前と付き合ってから、2と連絡を取ったこともない。本気で愛していた」
「なら、私はあなたを信じるわ」
「何後ろ向いて話してるのよ!こっちを向きなさい!」
2は突然俺を引っ張って180°回転させた。
「私は円周率のことも好きだし、ネイピアのことも尊敬してたわ。そして、これからもそれは変わらない。でも裏切るような真似だけはしないで。私もフィボナッチ協会、カラタンプロダクションにも声を掛けられてるし、アイドル業が忙しくて全然かまえなかった。もちろん円周率と付き合う資格ももうなくなってしまったと思う」
一呼吸おいて、言った。
「でもあなたたちはネガティブなオーラが出過ぎよ。このままじゃ尊敬できなくなっちゃう。しっかりしなさいね!」
2は涙をためていたが、すぐに後ろを向いて走っていった。
俺は、今でもネイピアと一緒だ。よく似たもの同士といわれる。2との連絡も途切れず続いている。2はあらゆる方面で活躍しているようだ。もちろん俺もネイピアも、その世界じゃ一流と呼ばれるようになってきた。だがまだまだ世界は広い。いろいろな世界に行こう。俺たちを待っている人は多いはずだ。
定義:円周率
直径に対する円周の比で、その値は3.1415926535897932384626433832795028841971693993...
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