数のおはなし
えのき
第1話 トリトリ
西暦2187年、ついに軌道エレベータの着工式が行われた。
今や243カ国が空間を持ち、第二の衛星として地球を周回する宇宙ステーションは宇宙産業の拠点となり、人類の生活と文化にはなくてはならないものとなっているのだ。しかし、毎回ロケットを打ち上げるには距離が短くあまり効率的でない、と言われていた。
そこで、各国が力を合わせて軌道エレベータを建設しようと持ちかけてから実に27年の時を経て、ついに着工することになったのだ。建設には9年かかると言われている。
34億8678万4401ドルという巨額の建設計画の総責任者に選ばれたのは、
「弥市さん、いよいよですね」
「うん、この事業は人類の歴史を変えることだろう」
この落成式には19683人が動員され、弥市の宣言を待っていた。
「まーた人間どもが妙なことやってるぞ」
「まったく、最近は住処になる森も増えて、よかれよかれと思っていたが、また目障りなものができることになる」
「まあ、そういうな。81年前の世界環境会議のおかげで、俺たちもまともに生活できるようになったじゃないか」
「ふん、人間になんの権利があってここまで世界を破壊したというのだ。243年前に大戦争があっただろ?あのあと世界というのは本当に破滅に向かうのではないかと思ったぞ」
「それではここに、軌道エレベーターの着工を宣言する!」
弥市がそう言うと、世界中から集まった政治家、技術者、経営者、科学者、哲学者、数学者、料理人、警察、主婦、高校生その他がバンザイ!と叫び、拍手と喝采が起きた。
「この計画に携わる全ての方々に感謝を申し上げる。さて、9割が炭素からできているカーボンナノチューブの強化物質がここにあるのだが、これを3の字に折り曲げることによって、1nmの細さで、729gに耐えるという脅威の物質が作られた。これを制作したのはパワーオブスリーという企業で、これから作られた超耐性物質を、7兆6255億9748万4987個積み上げることによって軌道エレベーターを完成させるのである!そして、、、」
「なんだか面倒だな、人間というものは」
「でも面白そうだぜ。簡単に飛んでこれるし、ちょっとどんなもんか工事が始まったら見に来ようぜ」
そして工事が始まり3年が経った。順調に高くなる塔は、まさに現代のバベルの塔である。直径243mの円柱は、2187mの高さになっていた。この時点で人工物としては最も高いものとなった。塔は3本あり、将来エレベータが通る主塔と、工事とメンテナンスの助けとする副塔であった。
「俺たちが飛んでいけるのもこの高さまでだぜ。そろそろ見に行かないと、これ以上高くなったらいくら俺たちでも無理だ」
「よし行ってみるか」
そして、建物の中に入ってみると、なんと複雑に入り組んでいることだろう!半透明の物質に金属の鈍い色が組み合わさり、光が縦横無尽に反射し、なにがなにやらわからない。上が下なのか下が上なのか。塔が永遠の迷宮となり、元来た道を戻るのは不可能となっていた。
「おい、大丈夫か?」
「まさか、こんな複雑だとは。人間のやることは最期までよくわからなかったな」
「おい、まだ諦めるな、抜け出すことを考えて生きるんだ」
しかし苦労虚しく同じ風景が何時間も何日も続く。そして、辿り着いたのは、巨大な灰色の円柱だった。無慈悲な無機物は、そこに生命の存在を許さないように、尊大に立ち尽くしていた。
9年後、3年遅れて完成した軌道エレベータの最終確認として、729人の整備士たちが、27日かけて点検していたときのことだった。
「おい、2羽の鳥が死んでるぞ」
「鳥?」
「鳥だ。どうやって入ったんだ?」
「外から入るのは不可能だ。中の気圧が一定なので、穴が空いているとも考えづらい。工事中に紛れ込んだのだろう」
「うむ、これは抜け出せなくて辛い思いをしただろうな」
羽を広げ、3の字になって死んだ2羽の鳥は弥市のもとに届けられた。果たして2羽の鳥は、塔の守り神として永遠に見守り続けられるようにと、副塔の頂上から3本の塔を囲むようにその亡骸と銅像が安置されたのである。
3の形をした超耐性物質が7兆6255億9748万4987個積み重なったからなのか、それとも3の形をした2羽の鳥が3本のタワーを両側から支えてるからなのか、それとも2羽の鳥が守り神となったからなのか、それは誰にもわからない。ただ、その軌道エレベータは、トリトリと呼ばれるようになったとのことである。
定義:トリトリ
3↑↑↑3=3↑↑7625597484987
=3^3^...(7625597484987個)...^3
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