悪魔崇拝の村 下

 村の奥にある教会に灯りが点っており、人の姿も外から確認できる。

 周囲に人がいないところを見ると、村人全員が教会の中にいるのだろう。

 

 村には結界が張ってあるのか、魔物どもが近付く様子はない。まるでそこに近付いてはいけないとでもいうように、避けるように通り過ぎて行く。

 何者かがセーフスポットにしているのか?


「団長、ただいま戻りました。怪しい物は見つかりませんでした。残すは目の前の教会だけです」

「私も確認して参りました。結界は六つの大きな杭によって構築されているようです。かなり厳重に固定されているため抜けませんでした」


 ……アカネが丁寧口調だとなんか調子が狂うな。

 パルテナのせいだから今更言ってもどうしようもないか。


「パルテナはここで待機だ。フラグメントの展開は維持。俺とクリスで教会に入る。アカネはいつでも対処できるように少し離れたところで待機しておいてくれ」

「承知しました」

「わかりました」

「了解…です」


 何もないのが最良だが、油断はなしだ。



 大きな声は聞こえない。

 時折、小さく聞こえてくる程度。防音対策はしっかりとされているらしい。

 時間を浪費することもないか。


 扉を開けると、黒い外套を纏った村人たちが一斉に視線をこちらに向ける中、正面にある祭壇では男が禍々しい短剣を握って何かの儀式を継続している。

 男の傍には血だらけの男と全裸の女。男は血を捧げるためで、女は贄か。厄介なことになりそうだ。


「クリス、あの男の短剣を破壊して儀式を邪魔しろ」

「司教様の邪魔をさせるかっ!!」


 儀式の邪魔をさせまいと信者たちが襲い掛かってきたが、脅威ではないな。

 拒絶の音。


「ぐはっ!」

「指を鳴らしただけで!?」

「クリス」

「御任せを!」

 

 クリスが放った魔法弾は司教とやらに当たる直前で防がれてしまった。

 漆黒の鎧、漆黒の剣に黒のマントか……。


「暗黒騎士みたいな外見だが、中身は人間だな?」

「死ね」


 問答無用で斬りかかって来た暗黒騎士をクリスが相手をするため立ちはだかろうと動いた瞬間、俺の横を風が走り抜けた。

 静かに駆け抜けたってことは、多少は制御できるようになったみたいだな。


「あっ!」 

「この者は私が貰う!」

「クリス、諦めろ。それよりも、儀式を止める方が先だ」

「はい!『炎斧』『氷槍』『雷剣』『風輪』!」


 群がる信者を蹴り飛ばしている間に、クリスが簡単な魔法をいくつも放つ。

 キチンと制御して四方から襲うようにしている点は流石だ。


 だが、どうやら一歩遅かったらしい。

 あと半瞬で司教に触れるというところで、祭壇にいた全裸の女に全て弾かれてしまった。


「ワレを呼んだのは貴様か」

「はい!」


 司教の男は歓喜の表情を浮かべている。自ら望んで呼び出したのか。

 しかし、『悪魔』か……だが、成功ではないな。今なら殺せる。


「近寄れ」

「ははっ!」


 愚かな。呼び出したモノのことを何も理解していないらしい。

 素直に近付いて来た司教を、『悪魔』は容赦く心臓を抉り出して殺した。


「下等生物の肉体なんぞを器にしよって……頭が高いぞ、人間ども!」


 威圧しただけで信者たちは倒れてしまったか。

 アカネと暗黒騎士も、戦いを中断して状況を見守っている。


 大層不機嫌な様子の『悪魔』は周囲を見渡した後、クリスに目をつけた。


「貴様を俺の奴隷にしてやるからその魔力を寄越せ」

「御断りします。私の肉体は団長だけのものですので」

「ならば死ね!」


 指先から斬撃を飛ばすか!

 クリスを守るために指を鳴らそうとして――やめた。


「ここからは私の出番だ」

「生意気な!」


 いつの間にかやって来ていたパルテナが、クリスの前に立っていた。

 クリスの前には正方形のフラグメントが浮いている。

 パルテナがクリスを守ったのだ。

 アレはパルテナの持つ盾が分離したもの。普段は直径十センチ程度だが、やろうと思えば直径二メートルまで大きくなる。


 パルテナの二つ名は『神盾』。

 『悪魔』がどれだけ斬撃を繰り出そうとも、パルテナのフラグメントは一切傷付かず、決して砕けない。どれだけ放とうとパルテナには届かない。

 パルテナが本気を出せば、何人たりとも後退させることは出来ない。

 絶対防御の盾が全てを防ぐから、彼女の前進を阻むことなど不可能なのだ。



 実際、目の前では近付いてくるパルテナに『悪魔』は必死に斬撃を放つが全て防がれている。

 魔法を放たないところを見ると、魔法を使えないのか、それとも器となった者がそもそも魔法の素養がなかったか。

 どちらにしても、パルテナには関係ないことだ。


「ふざけるな! たかが人間にこのワレが押し負けるというのか!!」

「黙れ」


 大きくなったフラグメントが眼前に迫り、『悪魔』はギリギリで避けた。

 随分と驚いているようだが、悠長にしている暇はないぞ?

 フラグメントは一つだけでは終わらない。

 次々に迫る壁をなんとか避けているが、捕まるのも時間の問題だろう。


「うおおおぉぉ!!!」

「耳障りだ」


 埒が明かないと思ったのか、それとも決死の覚悟か、『悪魔』はパルテナへ一気に跳躍して迫った。

 接近戦に持ち込めば勝機はまだあると思っているようだが、それは下策だ。


「チッ! 外したか――なっ!?」


 四方と頭上を大きくなったフラグメントで囲まれ、箱に捕らえられた状態に。

 残された勝機に安易に飛びつくからこうなる。

 閉じ込められた『悪魔』は焦った様子でフラグメントを殴るがビクともしない。

 このままではマズイと悟ったのか、先程までの偉そうな態度はどこへやら、パルテナに取引を持ちかけた。

 

「と、取引をしよう! ワレは人間に手を出さない! だから解放……」

「圧し潰せ」


 しかし、パルテナは『悪魔』の言葉に耳を貸すことはなかった。

 四方を囲っていたフレグメントのうち、『悪魔』の左右に位置する二つが一気に圧し潰しにかかる。

 なんとか両手両足でフラグメントを押し留めているが、長くはもたないな。

 不動のフラグメントを押し返すことなど不可能。少しずつ、確実に、空間は狭まっていっている。


 やがて、力尽きた悪魔をフラグメントは容赦なく圧殺。

 存在ごと圧し潰したため、もはや残骸もない。


「結局、今回もパルテナの焦る姿を見ることは出来なかったか」


 振り返ると、クリスは圧倒的で一方的な戦いに何も言えずにいた。

 まあ、この戦い方を初めて見たら誰でも頭が真っ白になるよ。

 ドロシーも、「……は?」って言ったくらいだからな。

 

 放心しているクリスはひとまず放置して、アカネの方を確認するか……って、もう決着がついてたか。

 四肢と胴を斬られた死体が転がってる。

 相手の剣が砕けてるところを見ると、三連撃で殺したようだな。


「具合はどうだ?」

「問題なく。少し魔力を流しただけだが、この鎧を抵抗なく斬れた。どこまで通用するのか試し斬りしてみたいな……」


 手に馴染んでいるようでなによりだ。

 以前ならもう少し手こずっていただろう相手も、今では問題なく倒せている。

 鍛錬の成果もあるが、武器を使いこなせているからこそ、流れるように連撃を放てたはずだ。成長しているようでなによりなにより。



 さて、司教の死体を漁らせてもらうか。

 『悪魔』はそこらで聞いて簡単に呼び出せるような存在ではない。

 必ず触媒となる物があるはず……これか。


「団長、何か見つかりましたか?」

「これを見ろ」

「これは……血ですか?」

「ただの血じゃない。『悪魔』の血だ」

「え!?」


 『悪魔』が出現すれば嫌でも感知する。

 今回のは人間――しかも女で、おそらく魔法の素養のない者だったからよかったが、これが魔物やデーモン、実力のある人間だったらこれほど簡単に退治できなかったはず。パルテナと俺が全力を出さなければならないのは確実だ。


 この村の人間では『悪魔』に接触することも不可能。誰かが渡したのは確実だ。

 ……考察は帰ってからでいいか。今は撤収だ。



※※※



 執務室で報告書をまとめていると、扉が厳かに開かれた。

 

「団長、終わったよ」

「パルテナか。御苦労だったな。少し休憩していけ」

「はい♪」


 今日のこれまでの態度から一変、今は笑顔で執務室のソファーに腰掛けている。

 相変わらずオンとオフの差が激しいな。


「普段からそうやって笑えば、団員ももう少し接しやすくなると思うぞ」

「駄目です! 誰かが規律を正さねば、このギルドはすぐ無法地帯に変わってしまいますから!」


 確かに、パルテナが目を光らせてないと毎日が戦争状態になりそうだ。

 『女王』同士の諍いとか、本気でヤバいしな。

 俺かドロシーか、他の『女王』が出張らないと……いや、『女王』は駄目だ。被害が拡大するだけだ。火に油どころでは済まない。


「パルテナには悪いが、これからも目を光らせておいてくれ」

「御任せください!」


 どこか来た時よりも元気になってる気がするが……下手につつくと女は機嫌を損ねることを学習してるから何も言わないでおく。

 ソファーでくつろいでアイスを食べてる様は子供っぽいから、この姿を見慣れると普段の厳格な姿に違和感を覚えるんだよな。




 パルテナは以前、とある国で皇族に守護騎士として仕えていた。

 彼女は確かに守り切った。守るべき皇族を。

 だが、それ以外の一切の人間を見捨てた。切り捨てた。

 既にその国は滅亡してしまったが、皇族だけは今もどこかで生き残っている。 


 その経験が、過去が今の彼女を形作っている。

 規律は重んじるが縛りつけない。それは自分自身にも適応されている。

 彼女は規律を重んじているだけで、弟子以外の団員には厳しく接していない。

 それでも彼女が恐れられているのは、あの一件以降だろう。

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ギルド『秘密の花園』 蒼朱紫翠 @msy

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