1-4.見たもの、見られたもの

 「正直さっきのじゃ「何言ってんだ、こいつ」としか思わなかったから。ちゃんと順序立てて、一から説明して」

 「お、おう! メシ食って頭回るようになったし、任せろ! なんでも質問してくれ!」


 少しばかり鼻息を荒くさせ、自信満々と言ったアピールをするように、胸を軽く叩いてみせる十四郎。

 説明下手であることを認めているのか、無意識かは知らないが――自然と質疑応答式に話を進める運びになる。


 「じゃあ、まず――“昨日の何時頃いつごろ、そのバケモンに襲われたのか”から」

 「えーと……。お前と別れてからエーオンのゲーセンで時間潰してて、出たのが十八時頃ろくじごろだっけな。で、そっから枢木くるるぎと会って、あいつん家まで送ってったんだ」

 「枢木?」


 聞き知った名に、七々緒が思わず復唱した。

 十四郎の言う「枢木」は、七々緒と何かと縁の深い同級生である枢木海里くるるぎかいりのことだろう。彼女の苗字はこの町では珍しい部類だから、恐らく間違いない。

 七々緒と枢木海里は、彼女が小学2年生の頃に転入してきた時から、クラス替えの度に同じクラスになると言う、幼馴染みとは違った意味で長い付き合いだ。


 「あいつ、バイトの面接帰りだったみたいでさ。なんか、色んなとこ受けてるって言ってたぜ。真面目だよな~、春休みくらい遊べばいいのに」


 たしか彼女の家は、母子家庭と聞いたことがある。

 学校内でも真面目で模範的な生徒だった印象がある為、十四郎の「アルバイトの面接帰り」と言う言葉には何の違和感も抱かなかった。

 

 「そんでその後、酒口さかぐちんちに寄ったのが、十九時前しちじまえかな。ちょうどTwitterで“忍魂にんたま”の最終回実況、TLタイムライン見てたし」

 「にんたま?」

 「は? おま、知らねーの? “スカッと忍び魂”! 略して“忍魂にんたま”! 今、大人気の現代忍者ギャグアニメだよ! 現代に蔓延る様々な悪人を、戦国時代から続く忍者の末裔である主人公が、様々な依頼人から依頼を受けて、ファンタジー要素一切なしの忠実な忍術・体術・戦術で退治していくんだ! 学生から社会人まで気分爽快にさせてくれる、今季一番の神アニメだぜ?!」

 「見たことない」

 「勿体ねー! 今度撮りためてるやつ見せてやるから、絶対見ろ! ヒロインのバイト先のセクハラ店長を叩きのめす回なんか、めちゃくそ爽快だから! 基本一話完結でどこからでも見れるし! 作画崩壊少なくて、戦闘シーンとかすっげぇから! 多分、来年には二期やるんじゃねーかと踏んでる!」

 「あー、それはまたそのうちね。それで? 次は、“どこでそのバケモンに襲われた”の?」


 興奮気味にアニメの話へと脱線しかける十四郎を、淡々と元の話へ戻すように質問を続ける七々緒。

 はっとなった十四郎は、悪い悪いと苦笑を浮かべて思い返そうとする。


 「んーとな、うちの地区会館の近くに駐車場あんじゃん? そこ渡った先にちょっとした住宅地あるだろ? そこの……あー、ちょい待ち。ググールの地図アプリで出すわ。——あ、この辺この辺」


 そう言って、十四郎はポケットから傷のついたスマートフォンを取り出し、数秒ほど操作したのち画面を七々緒に見せた。

 そこは七々緒も何度か通ったことのある、数年前まで鉄工所だった新しい住宅地の一角だった。


 「なるほどね」

 「あー……そういや俺、ここ入る前に変なリーマンに尾行つけられてたんだよな。なこと思い出した……」

 「尾行つけられてた?」


 唐突に深い溜息を吐き出した十四郎に七々緒が聞き返すと、十四郎は眉根を寄せながら首肯する。


 「酒口んちまでCD取りに行った時は、いなかったとおもうんだけどさぁ……いつの間にか、尾行つけられてたっぽくって。見た感じ普通のサラリーマンっぽかったんだけど、目がなんかヤバい感じで。なんか……狙われてる感じした」

 「シロの自意識過剰じゃなくて?」

 「言うなよ! そんなこと言われると、そうだったかもって思っちゃうだろ!」

 「思うんだ」

 「思っちゃうの‼」


 目の前のテーブルに顔を伏せるようにして、不貞腐れる仕草を取る十四郎。

 一方で七々緒は、そんな十四郎の姿を眺めながら思考を巡らせる。

 見聞きした情報を整理し、簡潔に纏めた“報告書”を脳裏で作成して、糸電話のように繋がった精神回路に思考を飛ばした時だった。


 「オイ」

 「うわっはぁぁぁぁぁあああぁぁっ!?!?」


 突如十四郎の背後に当たる押し入れの襖が開き、何故かそこからガタイのいい男――半田がさも当然のような顔で、からのワンカップ片手に現れる。

 襖が開いた瞬間、既に部屋中に十四郎の間の抜けた悲鳴が響き渡ったが――途中で半田の姿にもう一度驚いたのだろう。声に高低差のある長い悲鳴だった。

 しかし、半田はそんな十四郎の声に驚きもせず。部屋の中を闊歩し、十四郎の目前——テーブルの上に任侠映画よろしく腰を下ろすと、この世のものとは思えぬほど凶悪な笑みを浮かべた。


 「随分面白そうな話してんじゃねェか。ちぃと俺にも聞かせろや。な?」

 「はっ、やっ!? なんっ、おしっ、かっ!?(※や、社さん!? なんで押し入れから!?) ……てか、酒臭ッ!?」

 「あァ!?」

 「ンッ!! ナマ言ってスンマセンッ!!!」

 「そこ、座るところじゃないんで降りてください。そっちに座布団あるんで、それ使ってください」


 十四郎はあまりに突然過ぎるかつ意外過ぎる半田の登場に、まるで肉食獣を前にしているかのように身を竦ませ、呂律も回らなくなっていた。

 それを一瞥しつつも、七々緒は淡々と座椅子の隣に置かれていた座布団を指す。

 半田は七々緒を一見してから、小さな舌打ちと共に腰を座布団へ移した。

 しかし、十四郎は暫く震え竦んでいた。間近に迫るあの鬼気メンチは、大抵の人間を震わせる。


 「な、なななななんで社さん、押し入れあんなとこからでっ出てくるんすかっ??」


 震えは止めず、疑問も止めず。恐れ交じりの訝しみを、果敢に半田に向ける十四郎だったが、


 「あ?」

 「ンッ」


 何の変哲もない半田の鋭い眼光に、三秒持たずに退散。十四郎が勢いよく身を引いたことで、畳の上で座椅子が滑る。

 そんな様子を視界に入れつつ、七々緒はつい深めに息をつくと。


 「また人の押し入れで酒飲んでたんですか。布団にこぼしてないでしょうね」

 「フン。ガキじゃあるめェし。常闇の中だろうと、酒だけは一滴たりとも落としゃしねェよ」

 「て、てか、何故に七々緒の部屋の押し入れに……」


 余程疑問に感じていたのか。小声で何度目かの質疑。それに答えたのは七々緒だった。


 「客室へやで飲んでると酒の匂いが付いて、掃除しに来た母さんに苦言を呈されると気付いたからかな」

 「じゃあ、飲まなきゃいいじゃん! てか、見てきたかのような分析だなおい!? 常習なの!?」

 「うるせェな。俺の給料で買ってる酒だ。それをいつ飲もうが、俺の勝手だろうが」

 「じゃ、じゃあ、堂々と飲めばいいんじゃ……」

 「だから今、堂々と飲んでんだろ」

 「さ、さいですね……」


 ――意外と女には頭が上がらないタイプなんだろうか――。


 苦笑顔の十四郎の顔には、そう書かれていた気がした。精神介入の必要が無いほど、何を考えているのか筒抜けである。

 苛立ったような半田の舌打ちが四郎に向かって吐き捨てられたことを、十四郎本人が気付いていないのだから、筒抜けどころか“間抜け”もいいところだ。

 七々緒はテーブルを囲む二人を観察しながら、そんなことを考える。


 「ンなことより、十四郎」

 「あひッ!?」

 「さっきの話の続き、聞かせろや」


 音もなく十四郎の肩に回された半田の筋肉質な腕は、端から見ていると大蛇に首を絞められているようにも見えなくもない。

 腕の圧か、半田の圧かは知らないが。筋骨隆々の半田に捉えられた十四郎の姿は、完全にカツアゲにあったか弱い若者である。


 「その“変なリーマン”とやら、どんな奴だった? ん?」

 「え、ど、どんなって……え、えっと……め、目がヤバい感じの……」

 「ほォ? だがよォ、そんな奴がこんな田舎町歩いてたら、即座に噂になるんじゃねェのか? この辺りは噂好きのおばはんどもがいるだろ?」

 「え、え、あ……い、言われてみれば……で、でも……、ような」


 その瞬間、半田の淡褐色の瞳が細くなり、大きく揺らいだ。


 「へェ、そーかい。もっとよォく思い出してみろ。——“お前が昨日の夜に見たもの、全て”」


 半田の言葉が部屋の中に溶けた瞬間、ざわりとした異質な空気が渦巻く。

 半田に身体を捉えられたままの十四郎は、徐々にその面持ちを虚ろなものへと変化させると、ぽつぽつと言葉を吐き出し始めた。


 「…………俺が、見たもの……霞んだ月……スーツの男……誰もいない住宅地……小太りのおじさん……脱げたスニーカー……白い、のっぺらぼう……小さな赤い、角のある男と……弁慶みたいな恰好の――恰好、の………っぁ」


 そこまで淡々と言葉を吐き出していた十四郎だったが、次第に言葉に迷いが現れだす。

 虚ろな面持ちも眉間に皺が寄り始め、薄っすら不快感が滲み出していた。

 それを間近で目にした半田は小さく舌を打ち、十四郎の肩に回していた腕を徐に退ける。


 「——ここまでか」


 その瞬間。糸が切れたように十四郎の身体が揺らぎ、座椅子に身体を全て預けるようにして倒れた。

 端から見れば、座椅子で居眠りをしているような姿の十四郎を傍観していた七々緒は、その隣で訝しげな顔をした半田に視線を移すと。


 「——オイ」

 「はい」


 神妙な面持ちで名を口にされたかと思えば、半田は静かに立ち上がって言った。


 「出掛けんぞ。昨夜きのうの肉の塊、ただの“はぐれ”じゃねェかもしれねェ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る