【本編あとがき・参考文献】

本編あとがき



 何よりもまず、百二十万字に及ぶ長話にお付き合い下さった皆さまに、御礼申し上げます。

 おつかれさまです。本当にありがとうございました。


 このシリーズは(『飛鳥』と『Reincarnation』の二シリーズです)、私が十代に入ってから手書きのノートとWeb公開の形で、約三十年にわたり書き続けたものです。途中で何度か中断や書き直しを行い、今回の改稿版の基となる旧版を完結させたのは、2005年でした。その後、短編集や別の長編シリーズ(『EARTH FANG』)を書き終えてから、改めて2017年より全改稿を行いました。

 旧版から約八十万字を削り、三十万字を新たに書き加え、全ての文章を書き改めました。設定や用語など、新しい資料を基に変更した部分が多々あります。しかし、物語の主要登場人物たちの性格や役割、本筋は変えていません。

 (私にとって最長の作品です。これより長い話は書いていませんし、今後も書くつもりはありませんので、ご安心下さい。)


 旧作は勿論のこと、二年以上にわたる改稿版の連載にお付き合い下さった皆さまに、重ねて御礼申し上げます。



 これは、極めて個人的な物語です。

 何度か言ってきたことですが、作中の主要登場人物たち――鷹、鷲、雉、隼、トグル、オダ、鳩、タオ、シジン、デオ、ファルス……には、実在のモデルがいます。それは私の友人や私自身、仕事上の同僚や先輩、患者さんやそのご家族の言葉や経験を基にしています。

 恋愛や友人の事故、虐待やDV、自然災害や、それらに基づく葛藤は、現実の私自身の経験に由来します。これを現代日本を舞台にして書こうとすると、生々しくて私自身が直視できず、大勢の人々を傷つけることにもなると判断したため、異世界ファンタジーの体裁をとっています。

 もともと不特定多数の方にお目にかけようと思ってはいません。自分の精神的な昇華作業のため、親しい友人に読んでもらうために、書き続けてきたものでした。現在もその姿勢に変わりはありませんので、そういうのが苦手や許せないという方は、どうぞそっと捨て置いて下さい。


          **


 本編の主題について、大まかに説明します。

 第一部と第二部の主題は、「アイデンティティの確立」です。恋愛による葛藤も含まれています。

 第三部~第五部では、「記憶と人格の関係」、「遺伝性疾患と障害の受容」、「死へ至る人間の心理過程」、「延命と尊厳死の問題」などを扱っています。

 二十代に同級生の事故(脳挫傷)と先輩の自殺などに遭遇した、私と友人達の葛藤が投影されています。当時はE.キュブラー・ロス博士の『死の受容』に関する研究などを支えとしていました。遺伝性疾患と高次脳機能、認知機能の問題は、現在も私の専門領域です。


 最終部では、「紛争と殺人の心理」、「虐待と心的外傷後ストレス障害(PTSD)」、「自然災害と人的災害」、「進化と環境への適応(淘汰)」を扱いました。

 大学卒業後、私は六年間、救命救急の現場で働いていました。事故や自然災害による外傷、自殺、DV、幼児虐待などに対応してきました。大勢の人の死を目の当たりにし、私自身もセクハラやパワハラに遭いました。

 PTSDとフラッシュバック、親からのDVなどが重なり、一時期はひどいうつ状態に陥りました。妊娠~育児中に相方は単身赴任となり、その間に台風による高潮に被災。赤ん坊を抱いて避難するという、大混乱な時期でした。一昨年には土砂災害もあり、そういう経験を反映しています。


 鋭い方は、これが鷲とトグル――二人の被虐待児(アダルト・チルドレン)の成長物語であることに、気付かれたと思います。二人の親、鷹、隼、ファルス、シジンとオダ、《星の子》も、戦争や貧困・無知や偏見による虐待を受けています。


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 〈草原の民〉の『淘汰』は、ダーウィンの進化論に基づく解釈です。


 中央アジア圏の遊牧騎馬民族に関しては、民俗資料はモンゴル族やカザフ族のものを参考にしています。しかし、実在の民族にするわけにはいきませんので、詳しい方には違いが分かるようにしています。

 アルタイ山脈周辺で発見された先スキタイ文化(紀元前8~5世紀)、中央ユーラシアのスキタイ・サカ文化(紀元前5~3世紀)、匈奴(紀元前4~2世紀)、五胡十六国(2~5世紀)、突厥・ウイグル(5~8世紀)、モンゴル・カザフ族(8~12世紀)の考古学資料や歴史記録などから、より基本的な彼等の民俗文化を想像しました。イスラームやキリスト教、チベット仏教などの影響を出来るだけ除き、古代のシャーマニズムと「中間生」の思想などを混在させています。言語や人名はテュルク、モンゴル系(ツングース系)のものに造語を加え、脚色しました。ですので、歴史上も現在も、存在しない騎馬遊牧民です。


 キイ帝国(綺)について。こちらも、歴史上存在した中国王朝をモデルにはしていません。敢えて言うなら、元や明、清代の王朝ではなく、春秋・戦国~後漢、三国時代、同時期に皇帝と各地の王が存在した時代。『漢書』や『史記』に書かれた頃の王朝をイメージしています。


 ミナスティア王国および『寡婦焚死』について。

 ルドガー神、ウィシュヌ神、ヒルダ神など、ヒンドゥー神話を一部モチーフとしていますが、これは〈古老〉の物語です。

 インド史に詳しい方なら、『寡婦焚死』をご存知でしょう。カーストとともに憲法で禁止されていますが、現在も行われている殺人・犯罪行為です。(背景には、宗教だけでなく、教育や貧困など、複数の問題があります。) 十七世紀から、何度も禁止令が出されました。

 我が国のDV防止法、セクシャル・ハラスメント防止法、児童虐待防止法は、2000年以降に施行されています。が、現状は私がここで記すまでもないと思います。


 〈古老〉の設定について。作品中でも一部説明していますが、本格的な内容は、別のシリーズ(長編SF、完結スミ)になります。彼等の姿や能力、使命、《星の子》となったルツと、彼女の娘マナとの関係は、そちらを読めば理解出来るようになっています。(まあその……ネタバレになりますが、彼等は純粋な地球人ではないのです。)


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 最終部の章タイトル「天地不仁」、「藁で作った狗」は、『老子』第五章より引用しました。原文は「天地不仁、以万物芻狗。」 意味は、本文中に書いてあるとおりです。


 最終部、最終章のタイトルであり、シリーズの題名でもある「飛鳥相与還(飛鳥 あいともに還る)」は、陶淵明(365-427年、魏晋南朝時代)の漢詩『飲酒』より採っています。


 『飲酒』 陶淵明


  結 廬 在 人 境 (盧を結んで人境にあり) 

  而 無 車 馬 喧 (而も車馬のかまびすしき無し) 

  問 君 何 能 爾 (君に問う何ぞ能く爾ると)

  心 遠 地 自 偏 (心遠ければ地自ずから偏なり)

  採 菊 東 籬 下 (菊を采る東籬の下) 

  悠 然 見 南 山 (悠然として南山を見る) 

  山 気 日 夕 佳 (山気 日夕に佳く) 

  飛 鳥 相 与 還 (飛鳥 相ともに還る) 

  此 中 有 真 意 (此中に真意あり) 

  欲 弁 已 忘 言 (弁ぜんと欲して已に言を忘る) 


  人里に庵をかまえていますが

  馬車の音がうるさいということはありません

  「なぜそんなに静かに暮らせるのか」と訊かれたら

  心が世俗から遠く離れているので、住むところも辺鄙になります(と、答えます)

  東の垣根の下で菊を摘み

  心をゆったりとして南山を眺めるのです

  山の風景は夕方がすばらしい

  飛ぶ鳥たちが連れ立って(巣に)還っていきます

  この光景のなかに真実があるのですが、

  それを説明しようとして、とうに言葉を忘れてしまいました



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 最初から答えの無い問いを繰り返している作品です。内容にご納得されない方は多いでしょうが、本編に関しては、この改稿で筆を置かせていただきます。あとは、後日譚の外伝『天の仔馬』(12歳になったラディースレンと、トグル父子の物語)を改稿する予定です。


 拙い作品をお読みくださり、登場人物たちを愛して下さった全ての方に、改めて御礼申し上げます。

 本当に、ありがとうございました。




2005年6月 サイト内初出

2019年12月 改稿終了


                作者 拝





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