第三章 双面の神(5)
5
闇に沈んだ天幕の片隅に、女は身を横たえていた。
じっとり汗ばんだ素肌には、重い外套が掛けられている。草原の王の、群青の。栗色の髪がその端からこぼれていたが、意に介さない様子で、女は虚空を見詰めていた。
彼女の処女を奪った男は、少し離れた壁際に腰を下ろしていた。厚い
『いよいよ悪辣になったな、俺も』 眼を閉じ、溜め息を呑んで、トグルは思った。
『人殺しをしていくらも経たないうちに、その、殺した氏族の女を抱く。……そろそろ、
途中で相手に経験のないことに気づき、乱暴にしないよう心掛けはしたが、苦痛と屈辱を強いられる側にとっては無意味だ。かつてのように嘔吐さえしなかったものの、自己を嫌悪する情は、かれを内側から斬り裂いた。生命を敵前に曝して戦っているときより、容赦なく。
声を出さず、トグルは
己の精神が
何故、思い出すのだろう……。
彼はうすく眼を開け、部屋に淀む闇を見た。灯火の明りに揺れる影を。
久しぶりの女の身体だった。そのせいだろうが、いつにも増して快感を覚えなかったと言えば、嘘になる。気持ちとは無関係に。
ひび割れる、崩れる。その奥から……どんなに抑圧し、隠しても、
トグルは眉根を寄せた。一旦呼吸を止め、そろそろと息を抜く。痛みは消えず、貫かれた場所から生命が流れ出してゆくようだった。
『ハヤブサ……』
鮮やかに、まなうらに浮かぶ。泣き濡れて、焔に照らし出された、紺碧の瞳が。見る者の魂を吸い込むように、美しい。吸い込まれて、以来、彼は抜け出せずにいた。
忘れられるはずがない、あの夜、泣きながら抱かれた彼女を。腕の中で、かすかに震えていた。しっとりと掌に吸い付く肌を求めながら、己が浄化されるように思った。
『違う』 祈るように、トグルは思った。あいつは、誰とも、違う――。
諦めと絶望に、身を委ねる女達……或いは、憎しみに。幼い自分を殺そうとした母親や、そんな女達を、トグルは許せずにいた。
誰より、自分自身を。
己の罪から逃れられずに苦しんでいた彼を、自分が救ったと、隼は理解しているだろうか。
彼女は、男の世界で犠牲者に甘んじている女ではなかった。虚勢でなく――「お前は、戦に敗れたことがあるのか?」
「ならば、判るまい。他人の目に見えることが、本人にとってもそうとは限らない」
「自分の価値は、自分で決める」
凛とした低い声が、囁くような口調が、トグルの脳裡に蘇り、彼をして苦痛に面を歪ませた。……もう、止められない。思い出は、いとしさは、次から次にあふれ、呼吸をさせなかった。
「お前と一緒の時くらい、お前のことだけ、考えさせてくれよ」
「迎えに、来てくれ。約束、してくれ。でないと、あたしは――」
『ハヤブサ』 そろそろと息を吐き、胸の中で、トグルは呟いた。――お前との約束を、俺は、果たせそうにない。
あの時は、確かに、同じものを見ていたはずなのに。離れていても、そうありたいと願っていたのに。俺だけが、
それでも。
『逢いたい……』
身の内に震えが走り、トグルは歯を食いしばった。かたく眼を閉じる。
『逢いたい、ハヤブサ。もう一度。もし、ずっと以前に出会えていたら。俺は、きっと』
きっと……?
音を立てずに、トグルは、長い息を吐いた。ようやく、暴れる感情を捕らえたのだ。残りわずかな意志の力を振り絞り、懸命に抑制する。さもないと、砕けてしまう。
己の心の硬さを、トグルは知っていた。傷つき、疲れ、幾筋も亀裂が入っている。それを、彼は抱えて逝くのだ。
手をつけた以上、途中で投げ出せない。敵を、味方を殺し、隼を……この女を傷つけてまで始めたことだ。やり遂げないわけにはいかない。勝たなければ、意味がない。
だが――。
トグルの吐息を聞きつけたのだろう。女が、かすかに身じろぎをした。衣ずれの音を聞きながら、彼は自問した。『それまで、俺は、生きていられるだろうか。いつまで、正気を保っていられるだろう』
否。『とっくに狂っているのかもしれないな……』
砕け散る魂の幻影を、トグルは見た。それは、薄い氷さながら陽光に透け、きらきら輝く破片となって彼に注いだ。
どうどう巡りを始めた思考をあきらめ、彼は身体を動かした。長衣に袖を通し、
「王、よろしいですか?」
「アラルか」
聞き慣れた声に振り向くと、幕布を揺らして、シルカス・アラルが顔を覗かせた。主の様子を窺っている。彼の背後の人影を見て、トグルは眼を細めた。
「……どうした」
アラルは、こちらに背を向けているタイウルト族の女を気遣いつつ、報告した。
「例の、先日、
「ああ。見つかったのか?」
「それが、その……」
アラルは言い淀んだ。はっきりしない態度を、トグルは訝しんだ。
「
アラルの後ろから、ハル・クアラ部族長が口を挟んだ。一礼して前に出る。東方部族の長は、豊かな髭を動かし、重々しく言った。
「
「天人が、どうした」
問い返すトグルを、部族長は、黙って見詰めた。アラルは眼を伏せている。
トグルは、全身から血の気がひくように感じた。
男達が部屋を出て行く音を、タイウルト族の女は、背中で聞いていた。天幕から人の気配が消えるのを待って、身を起す。
肩にかけられた外套を、胸元に引き寄せながら……彼女は、トグルの去った闇を見詰めていた。
**
病人と負傷者の治療を行うために建てられたユルテ(移動式住居)の周りを、黒衣の男達が囲んでいた。兵士を率いるオルクト氏族長は、鷲とレイを見掛けると、丁寧に一礼した。腰に長剣をさげているが、その態度は落ち着いている。
鳩に呼ばれ、レイとともに駆けつけた鷲は、舌打ちをしてユルテに入った。
「いったい何をやらかしたんだ? お前」
「別に、何も」
「嘘つけ」
長剣を手に立っていた隼は、鷲に訊ねられ、肩をすくめた。あっさり否定されて
雉が、部屋の中央で、男達の傷の手当てをしながら答えた。
「隼のせいじゃないよ」
鷲は、片方の眉をひょいと跳ねあげた。
負傷者は二人居た。うち一人は重傷だ。片方の脚が朱に染まり、衣服のあちらこちらが裂けている。肩には折れた矢も刺さっている。傍らに、緊張しているオダがいた。
雉は、血の気を失って
「おれが頼んだんだ。奴等をユルテから出すように。この男の手当てが終るまで、邪魔はさせない。鷲、お前も、そのつもりで居てくれ」
「それはいいが……。何があったんだ?」
「知らない」
雉は、男の腹部の傷に手をかざし、うめくように言った。
「傷付いて救けを求めて来た者を、追い出すわけにいかないだろう。奴等が追っていたからには、理由はあるんだろうが、それにしても酷い。この傷を見ろ。殺すつもりだったとしか思えない」
「何をしたんだ?」
鷲は隼に説明を求めたが、彼女は首を横に振るだけだった。それで、彼は
全員が、息を殺して、彼の『治療』を見守った。
いつも、こんなことをしていたのか。と、レイは感心した。いつか雨を降らせた鷲のように、雉の掌はぼうと輝いていた。純白の光を浴びて、男の腹部から流れていた血が止まる。
雉は歯を食いしばっている。あらい息を吐く相棒を、鷲は案じた。
「大丈夫か? お前」
「ああ。弱っているんだ、この男が。どうしてこんなことになった?」
仲間に支えられた男は、濁った目で雉を見上げたが、答えられなかった。鳩とオダが、雉の指示のもと、彼の大腿を縛って止血する。
雉は少し休むと、再び男の腕を取った。男は、傷の痛みに呻き声をあげた。
「オルクト氏族長なら、こちらの言葉が判るはずだ」
隼が、追い出した氏族長の名を、気まずそうに口にした。細い髪を掻きあげ、鷲に問う。
「連れて来て、説明して貰おうか?」
「そうしてくれ」
「いい、隼。俺が行く」
雉に頼まれて動きかける彼女を、鷲は制した。長身の彼が踵を返す仕草に合わせ、腰をおおう銀髪が揺れるのを、レイは見ていた。
隼は、ひどく困惑していた。眉根を寄せ、首を傾げている。
鷲が扉に手をかけると、外側からそれが開き、黒衣の男が入って来た。続いて一人……もう一人。三人を見るなり、軽傷の方の男が息を呑み、朦朧としていた男も、掠れた声で悲鳴をあげた。
「**! ……****、***」
雉が振り返る。オダと鳩も、身を強張らせた。そして、レイは……服が触れそうな距離に現れた《草原の王》の姿に、後退りした。
「トグル」
鷲が呼び、道を開ける。
トグルは鷲を見て、それから、レイを顧みた。表情の無い、鮮やかな碧眼だ。
トグルは、それ以上なかへは入らずに、全員の顔を眺めた。
「……失礼。いきなり押しかけて、済まない」
負傷している男達は、恐怖に顔を引き
隼は、毅然とした表情を変えず、彼を見詰めた。
雉が、最初に応えた。
「何の用だ?」
肩越しにトグルを見上げ、彼は、硬い声を投げつけた。トグルは、静かに頼んだ。
「その二人を、渡して欲しい」
「駄目だ。まだ、傷の手当てが終っていない。表で待ってろ」
「どうせ、裁判が終れば殺される」
ふだん柔和な雉の目が殺気を帯びるのを、レイは見た。対照的に、トグルは、驚くほど平静だ。後ろに居るハル・クアラ部族長が進み出ようとするのを片手で制し、諭すように言った。
「本来、その場で殺されても仕方がなかった。奴等は、裏切り者だ」
「ならば、尚更、渡すわけにはいかないな」
「何をした?」
腕を組んで二人の会話を聴いていた鷲が、低く訊いた。トグルが、そちらを向く。ほどけた漆黒の髪が肩から背中へ滑り落ちるのを、レイは、息を詰めて見守っていた。狼を思わせる風貌が、心もち弛んだが、乾いた声音は変わらなかった。
「お前達には、関係ない……」
鷲の明るい碧眼が陰る。雉が、
「ああ。おれの知ったことじゃない。しかし、おれに救けを求めて来た以上、守る義務が、おれにはある」
「……成る程」
トグルは、感銘を受けたらしい。
「『傷ついた獲物は、それを射た者でなく、救ける者のものとなる』 わけか……。お前の
「…………」
「そして、法を守らせるのが、俺の義務だ。
「…………」
「二人を渡せ、キジ。理不尽に裁かれたくなければ……。負傷者を治してくれた礼に、お前の顔は立てよう。裁判が終るまでは、殺さないと約束しよう」
「私が、説明致しましょう」
頑なな雉の態度を見かね、ハル・クアラ部族長が進み出た。トグルと雉に、丁寧に一礼する。やや訛りのある交易語で話し始めたので、トグルは窘めようとした。
「*****……」
「いや、
トグルは顔を背けた。精悍な横顔を眺めつつ、鷲は、慎重に訊ねた。
「どういう意味だ?」
「密通です」
ハル・クアラ部族長の答えに、鷲は眼を眇めた。
「敵に通じ、我々の出兵を、狼煙によって報せました。その為、タイウルト部族に作戦が漏れ、多くの戦死者を出したのです……。部族から裏切者を出したとあっては、我が部族の、王への忠誠を疑われます。見逃すわけには参りません」
「…………」
「どうか、お聞き入れを。数百年続いた部族間の対立を、ようやく終わらせた同盟なのです」
「そんなことをしなければ守れない程度の同盟なら、大したことはないな」
痛烈なのを通り越し、背筋が寒くなる程の嫌味を、雉は吐いた。
トグルは無表情だ。
鷲は首を一方に傾け、じっとトグルを
「……引き渡してくれるか?」
雉は、彼をじろりと一瞥すると、負傷者に向き直り、再び傷に手をかざした。ハル・クアラ部族長が、シルカス・アラル族長と顔を見合わせる。
トグルは、雉の返事を待っていたが……やがて、動き出した。
「隼さん」
オダが、息を呑んだ。レイも。
それまで壁際に立って成り行きを見守っていた隼が、トグルの進路を遮るように進み出たのだ。雉の側に立つ。
トグルは、真っすぐ彼女に近付くと、数歩分の距離を置いて立ち止まった。
「……ハヤブサ」
トグルが囁く。鳩が、これ以上はないほど眼を見開いている。
一対の美しい彫像さながら、二人は互いを見詰め……ぽつりと、トグルは言った。
「法が無ければ、俺達は、ただの野盗の集団だ」
「野盗じゃないか」
隼の声は冷たく、素っ気なかった。
「どこが違うって言うんだ?」
「…………」
「よせ、隼。わかったよ」
トグルの仮面のような
「鷲……」
「続けてろ、雉。トグル、お前等の事情は判った。で? どうすればいいんだ?」
「……どう、とは?」
「どうすれば、お前の法を変えられる?」
トグルは、鷲を見た。鷲も、彼を見詰め返す。雉と隼が顔を見合わせたが、長身の男達は、
鷲は、シルカス・アラル族長とハル・クアラ部族長を見遣り、続けた。
「お前等の法で、こいつらが死刑に値するのは判った。それが悪いとは言わない。はっきり言って、俺にはどうでもいい。だが、それじゃあ雉は納得しない。隼もだ……。罪は罪として裁かなければならないが、殺すのは反対だ。それが法に触れるなら、例外を望みはしない。俺達の罪は、どれくらいになるんだ?」
トグルは、すうっと眼を細めた。
「何を、言っている」
「裁判、結構。裁いてもらおうじゃねえか」
鷲は、
「いい加減、お客様あつかいには厭きた。真綿で首を締められるみたいに、こっちの意志の通じない所で事を運ばれるのも、頭に来る。……こいつらのしたことは、俺に責任がある。裁くなら、俺を裁けよ。その代わり、こっちの言い分も聴いてもらう」
「莫迦を言え」
トグルの声に、呆れた調子が混じった。アラル族長とハル・クアラ部族長が、目だけで互いを見る。
「お前達を、我々の基準で測れと言うのか。そんなことが、出来るはずがなかろう」
「部外者だもんな。俺も、そう思っていた。だが、そうも言っていられない。――ここに居る以上、俺達は、お前の法に従おう。なら、逆に法を変える権利も、俺達にはあるはずだ。違うか? 俺を、
トグルは、忌々し気に舌打ちをした。新緑色の瞳に、複雑な影が過ぎった。
「莫迦げている……。何故、
「何が俺達にとって大切なのか、拘らなければならないかなど、お前の知ったことじゃない」
鷲の口調は淡々として、気負う風はなかった。しかし、そこにいた全員の視線を集めるには、充分だった。
「一時の自由より、大切なものがある……。俺を、クリルタイに参加させろ」
「…………」
「
アラル族長が、トグルに、控えめに話し掛けた。
トグルは、鷲から視線を逸らさずに、彼の言葉を聴いていた。暫く考えた後、雉を見下ろした。
「……傷が癒えるまで、二人を、お前に預ける」
雉は、硬い表情で頷いた。鳩とオダが、ほっとして顔を見合わせる。
トグルの目が、ちらと隼を映し……瞼を伏せ、鷲に告げた。
「その間、《
「光栄だね」
「ただし。二人を逃がせば、今度は、お前達を敵とみなし攻撃する」
トグルの
「
「判った。ありがとさん。で、いつ出陣だ? 裁判には、どれくらいかかる?」
鷲は、嬉しそうだった。髭に埋もれた唇で、にたにた笑っている。
トグルの方は、少し疲れていた。
「オロスから報せが入り次第、出撃する。今日か明日……。タイウルトと決着をつける。裁判は、それからだ」
「了解した。仕度して待ってるよ」
トグルは、数秒間もの言いたげに鷲を眺めていたが、黙って踵を返した。オダが焦って声をかける。
「僕も、一緒に行っていいですか?」
「好きにしろ……」
投げやりに呟いて、トグルはユルテを出て行った。族長達が、レイ達に一礼して、後に従う。
閉じられた扉の向こうで、合図の声と、男達の去って行く足音が聞えた。
鳩が、ふうっと大きく息を吐いた。レイも。緊張して、呼吸を忘れていたのだ。雉は、胸の前で腕組みをする鷲を、疑わしげに見上げた。
隼が、苦い声音で問う。
「鷲、どうするつもりだ?」
「どうって?」
「本気で、奴等と一緒に行くつもりなのかよ」
非難するべきか感謝するべきか迷っている彼女を、鷲は見下ろした。
「隼。お前の気持ちが解った。いい奴だなあ、
「……は?」
隼は、毒気を抜かれて呟いた。鷲は、のほほんと繰り返した。
「うん、いい男だ。俺が女だったら、間違いなく惚れただろうな」
「……何を言っているんだよ、お前」
呆れる隼。鷲は、悪戯っぽく笑った。
「なあ、雉もそう思わないか? 俺が惚れそうな男だろ、あいつ。あいつに惚れて、間違いなく、雉と付き合っていそうだよな、俺」
「何だよ、それ」
雉は、オダの手をかりて重傷の男を寝台に横たえながら、苦笑した。
「おれは、あいつの代わりかよ」
「そういうわけじゃないが。お前とは、なし崩しに付き合っていそうな気がするんだよ」
「莫迦」
全員、ほっとしていた。追い詰められていた男達も、トグルが何もせずに去ったので、安堵していた。
隼は頬を引き締めた。柳眉を寄せ、苛立ちを含む口調で言った。
「鷲。どうして、あんなことを言ったんだ。解っているだろう? 《
鷲は、長い髪を首の後ろで束ねながら、にやにや嘲っていた。
「そんなことは、どうでもいいんだ。要は、あいつと同じ場所に立つ口実が、欲しかったんだ」
「……え?」
「別に、そいつらに同情したわけじゃない」
軽く顎をしゃくった鷲は、負傷した男達と目が会って、眼を丸くした。相手がこちらの言葉を理解出来ないことを思い出し、『何でもない』と言う風に片手を振る。皮肉たっぷりに続けた。
「だから、しっかり見張っていてくれ。逃げられて、トグルに叩っ斬られるのは、御免だからな」
「判った」
雉は顎を引いて頷いた。心配と呆れと諦念をこめ、肩をすくめた。
「後のことは、引き受けたよ」
「ああ、頼む。それと、ルツの杖を借りるぞ。必要になるかもしれない……。オダ、一緒に来るか? タオに言って、馬を借りよう」
「はいっ」
「鷲……!」
隼が呼び、少年とともに行こうとした鷲は、足を止めて振り向いた。手に《星の子》の長杖を持ち、長髪を無造作に束ねた姿は、神話の暴風神・ルドガーのようだと、レイは思った。
不敵に輝く若葉色の瞳で、仲間たちを見遣り……にやっと、少年のように笑った。
「大丈夫。ちょっくら行って来る。元気で待っててくれ」
鷲は、ひらひら片手を振ると、ユルテを出て行った。踵を返す瞬間、彼が片目を閉じたように、レイには見えた。
オダが、急いで後を追う。
雉は溜め息をつき、鳩の頭を軽く撫でた。寝台脇の椅子に腰を下ろし、軽傷の男の手当てを始める。仙女めいた美麗な面からは、どんな感情も読み取れなかった。
鳩は少し躊躇ってから、男の傷に布を巻く作業に戻った。
扉を見詰めていた隼は、レイの視線に気づき顔を背けた。雉と鳩の作業を眺め……ゆっくり、だんだん大きく、首を振る。踵を返し、早足で歩き出しながら、舌打ちまじりに呟いた。
「……可愛げのない女だよなあ。ったく」
『ハヤブサさん……』
夜に出て行く彼女を、レイは、黙って見送った。雉は、二人に背を向け、振り向きすらしなかった。
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