第四章 狼の末裔(6)


             6


 風を渡る咆哮は、トグルの耳にも届いていた。

 夏祭りナーダムが終わり、急速に秋に染まりはじめた草原の一隅で。鷲とアラル将軍ミンガンと並んで歩いていた彼は、足を止め、西の地平へ視線を向けた。

 アラルが、緊張気味に声をかける。


族長おさ


 鷲が、片方の眉を跳ね上げた。訝しむ白い男に、トグルは、ちらりと歯をみせた。


「嵐が来る。少し、騒がしくなるぞ」

「族長!」


 ユルテ(移動式住居)の集落から、ジョルメ若長老サカルとテディン将軍ミンガンが小走りに駆けて来て、鷲に一礼した。

 トグルは、頷いて彼等を迎えると、再びゆっくり歩き始めた。独り言のように会話を続ける。鷲は不得要領だったが、トグルが彼にも判る言葉で話してくれたので、状況がみえてきた。


「何騎だ?」

「およそ、三百。南西から北へ向かっています」

「先触れだな。タイウルト(部族名)か?」

「いえ」

離れ者カザックか……」


 ジョルメと将軍達の緊迫した面持ちにくらべ、トグルの無表情はいわおのようで、低い声は落ち着いていた。歩調も変化していない。

 鷲は感心した。トグルの態度が変わらないので、周囲の緊張が解けてゆくのだ。

 トグルは天幕へ向かいながら、鮮緑色の瞳をジョルメへ向けた。


「オルクト族は、どうしている? 確か、一番近くに宿営していたな」

御意ラー。我等の南東、半日の距離です。風下ですが……」

「伝令を遣れ。日没までに五百騎到着させろ。オーラトと、オロスにも。それまでは何とかするが、翌朝までは待てないと言ってやれ。カブルとタオを、至急――」


「兄上!」


 トグルの言葉に、妹の甲高い声が重なった。彼が苦笑しかけたとき、天幕の傍らに、一群の馬が駆け込んできた。毛長牛ヤクもいる。

 タオと長老達が、来訪者のくつわを捕らえている。困惑した声が、もう一度呼んだ。


「兄上、ワシ殿! ハヤブサ殿が――」


 トグルの唇から笑みが消えた。緑柱石ベリルの双眸に、先頭の馬から軽々と飛び降りる女の姿が映った。


 色が白く、驚くほど痩身な故、まるで重さというものがないかのように見える。敏捷で無駄のない動きも、一陣の風が吹きこんで来た印象だった。

 音もなく、風が、草の上に舞い降りる。細い肢体が柳の若枝のようにしない、すらりと正面に立つのを、トグルは、半ば呆然と見詰めていた。

 男達が、口々に警戒の声をあげる。

 白銀の髪が一拍おくれて肩に垂れ、冷徹な紺碧の瞳が、臆することなく彼を見た。


「トグル」


 凛と呼びかけたものの、隼は、咄嗟に言葉が見つからなかった。

 オダとレイも、いきなりトグリーニ族の本営オルドウに突っこんだ大胆さに驚き、ちょっと茫然としていた。

『この人が、トグリーニの族長……』 レイは、雉の手を借りて毛長牛ヤクから降りながら、彼を眺めた。一目で、そうと判る。他の草原の男達とは一線を画する雰囲気が、彼にはあった。


 《草原の黒い狼》――トグル・ディオ・バガトルは、レイが想像していたより、ずっと若い男だった。若く、美しい……。骨ばった輪郭は厳めしく、野性味がありながら高雅で、貴公子然とした顔立ちをしていた。雉より背が高く、その為に痩せて見える。

 真っ黒な長衣デールと外套をまとい、頭には、黒い革の帽子をかぶっている。そのどれもに黄金の糸で繊細な植物模様が縫いとりされ、彼の漆黒の髪によく似合っていた。前髪の下からこちらを見据える双眸は、噂どおり、眩むような新緑色だ。

 トグルは無表情に隼を見詰め、それから、すばやく一行を見渡した。

 レイとオダは、彼と視線が会うと傍から判るほど身体をこわばらせたが、族長の態度は変わらなかった。ただ、オダから隼へ視線を戻したとき、二、三度まばたきをしたのは、驚いていたのかもしれない。


「ハ、ハヤブサ殿」


 タオが、うろたえた声をあげた。隼と、正面から彼女の視線を受け止めている兄を、交互に見る。二人の間のはりつめた空気に、戸惑っていた。

 周りの男達も、困っていた。侵入者を包囲したものの、どう扱えばよいか判らず、顔を見合わせる。

 レイは、トグル・ディオ・バガトルの隣にいる男性に気づいた。


「お姉ちゃん?」


 小さな影が、場の緊張をやぶり、横合いからとび出して来た。男達の視線が、一斉にそちらへ向く。

 長い黒髪を二本のお下げに垂らした少女が、勝気な瞳を輝かせて、隼に駆け寄った。隼の頬が、わずかに緩んだ。


「鳩」

「隼お姉ちゃん! オダまで、どうしてここに? 雉お兄ちゃん、鷹お姉ちゃんの記憶が戻ったの?」

「え……」


 少女の真っすぐな瞳と出会い、レイは動揺した。視界に《彼》が入る。

『ワシさん……』 レイは、息を呑んだ。


 鷲は、トグルの隣に立ち、他の男達の肩越しに彼女を観ていた。レイの夢に現れたそのままの白い肌、銀灰色の長髪に顎髭という、ルドガー神の似姿で。首を一方に傾け、腕組みをしている。

 彼の眼は、哀しいほど澄んだ若葉色をしていた。切れ長のやや上目遣いに見据える双眸は、こちらの心を射抜くようだ。――射抜かれて、レイは竦んだ。肩と膝がふるえ、恐ろしさが心を浸した。

 レイは《彼》から眼を背けたが、横顔に注がれる視線を感じた。胸に、切り裂かれるような痛みが走る。


「ちょっと、どいてくれないか、鳩。……トグル・ディオ・バガトル」


 オダは、自分の前に立った少女の肩をそっと押しのけ、隼の前に進み出た。トグリーニの族長を、正面から見据える。

 トグルは、少年を冷静に見下ろした。

 オダは、一度ふかく息を吸い、抑えた口調で話し始めた。


「トグル・ディオ・バガトル。お久しぶりです。……貴方は覚えていらっしゃらないでしょうが、私は、去年、キイ帝国で貴方にお目にかかりました。ニーナイ国の、神官ラーダの息子です」

「…………」

「突然、前触れなく押しかけた非礼を、お許し下さい。ニーナイ国の公使として、貴方にお願いがあって参りました。単刀直入に申し上げます」


「オダ?」


 少女がちいさく呟いたが、族長は動かなかった。冷たく輝く緑柱石ベリルの瞳を睨み、オダは続けた。


「ニーナイ国の女達を、返して頂きたい」

「…………」

「子ども達を……。貴方がたが、シェル城下より連れ去った人々です。およそ三千人の我が国の民を、お返し頂きたい」

「…………」

「我々は、オアシスに住み、農耕を営む平和な民族です。争いは好みません。しかし、五千人もの同胞を殺され、田畑を焼き払われ、街を破壊されてなお被害者で甘んじるほど、意気地なしではありません。戦う勇気は持っています」

「…………」

「貴方がたの虜囚を解き放ち、二度と我が国を侵略しないと、お誓い頂きたい。そうすれば、私は、この足でタァハル部族の許へ出向き、いくさを止めさせましょう。しかし、彼等をお返し下されない場合は――」

「…………」

「我が国は、タァハル部族とともに、貴方がたと戦います。我ら数十万のニーナイ国民は、子々孫々、貴方がたから受けた仕打ちを忘れず、赦さない。最後のひとりが死ぬまで、戦い続けるでしょう」


 少年は、可能なかぎり感情を抑えて口上を述べる努力をしていたが、途中から頭に血がのぼって来たらしい。若い声に力がこもり、頬に朱がのぼり、瞳が煌めいた。晴れた空を宿す眸を、トグリーニの族長は、黙って観ていた。

 草原の男達が顔を見合わせ、指示を求めて族長を見遣る。

 トグルは、心を動かされた風ではなかったが、あまりに永く黙しているのはどうかと考えたのだろう。おもむろに口を開いた。薄い唇から発せられた声は、憂鬱に響いた。


「赦されようなどとは、考えていない」

「…………?」

「お前達に、タァハル(部族)との仲介を頼むつもりはない。奴等の方も、ないだろう。これは、遊牧民同士の戦いだ。ニーナイ国が首を突っ込もうがどうしようが、俺の知ったことではない」

「なっ……!」


 オダは気色ばみ、場の男達に、さっと緊張が走った。同時に、のほほんとした声があがった。


「お前ら――」


 鷲は、自分の顔を片手でおおい、呆れ声で言った。


「――自分達が、どういう状況に飛び込んで来たか、判ってんのか?」

「鷲さん」

「……鷲」

 オダと隼の声に、突然、狼の咆哮が重なった。先刻よりずっと近い、大合唱だ。

 トグリーニの族長の眸に、鋭い光が閃く。

 どおんという鈍い音がして、空が真紅に染まった。


「兄上!」


 タオが呼び、少女が悲鳴を上げた。レイは両手で耳を覆った。熱い突風が、その場に居た全員の頬を叩き、髪と外套を躍らせる。

 トグルは敢然と面を上げた。編んだ黒髪が風に舞い、彼は、舌打ち混じりに呟いた。


火焔瓶ナフサか」


 今頃になって、レイも理解した。先刻から聞えていた遠吼えは、ほんものの狼ではなく、この本営オルドウを攻めようとしている他部族の合図だったのだ。

 草原のあちらこちらから火の手が上がり、爆音とともに、複数のユルテ(移動式住居)が焔に包まれた。悲鳴をあげて、人々が駆け出してくる。怯えた馬が後足で立ち上がり、逃げ惑う羊の声が辺りに響いた。

 うずくまる少女を、隼が庇う。レイと馬の間に雉が入り、手綱を掴んだ。

 トグルは、滑らかな声を張りあげた。


「アラル、テディン!」

了解ラー!」

「ジョルメ!」

御意ラー!」

「カブル、タオ! 羊を連れ戻し、女達を退がらせろ! 東に河がある。そこで死守しろ。翌朝になっても戻らなければ、河を渡れ。オルクトの迎えが来るはずだ」

了解ラー!」


「あたしも行く」


 族長の指示を受けた男達は、すぐに四方へ駆けて行った。タオとともに身を翻す隼を、トグルは見た。――二人の視線が、一瞬出会った。紺碧の瞳と、夜の森のような緑柱石の瞳が。

 疾風のように駆け去る彼女を見送ってから、トグルは、鷲を振り向いた。


「ワシ」

「俺には関係ない。と、言いたいところだが――」

「お兄ちゃん!」


 鳩が、降りかかる火の粉に頭を抱えた。

 鷲は片目を閉じ、首の後ろをぼりぼり掻いた。にやりと唇の端を吊り上げる。ちらりとレイを見て、肩をすくめた。


「――そういうわけに、いかないらしい」

「*****」


 トグルは眉根を寄せ、何事かを呟いた。うんざりした響きは、愚痴のようだった。すぐいつもの無表情に戻ると、彼は、外套を翻して歩き始めた。

 敵の矢が、雨のように降り始める。ジョルメが額に白い紋のある黒馬を引いて来て、トグルは、ひらりとそれに跨った。顧みると、何を思ったか、手を伸ばした。


「来い!」

「…………?」

「お前だ、小僧! 早くしろ!」

「え? ええ?」


 トグルは少年の方へ馬を進め、ギョッとしているオダの腕を掴んで引っ張った。少年が逃げようとする暇もない。馬は速歩になり、半ば引き摺られて、オダの足が宙に浮いた。

 鷲は、平然と見送っている。

 悲鳴をあげる鳩の傍らを駆け抜けながら、トグル・ディオ・バガトルは、片方の腕だけでオダを馬上に引きあげた。天幕の前を横切り、部下からげきを受け取ると、黒馬の腹を蹴って本格的に駆け始めた。逃げ惑う民のもとへと。


「……さて、と」


 取り残された形のレイと雉と鳩に、鷲は近づいた。胸の前で腕を組み、のんびり歩いて来る。若葉色の瞳に、レイはどきりとした。

 鷲は、レイには構わず、雉に片手を伸ばした。


「鷲」


 雉は、笑って彼の手を叩くと、それまでずっと持っていた《星の子》の長杖を差し出した。鷲は、杖を不思議そうに眺めた。雉を見て、杖を見て、また雉を見る。

 意図を理解した彼は、途端に嫌そうな顔になった。雉が苦笑いする。


「世話になっているんだろ。働けよ」

「仕様がねえなあ……。手伝えよ、雉」

「了解」


 鷲は、まだ頭を抱えている鳩を見ると、踵を返し、数歩はなれたところで杖を地面に突き刺した。怒号と悲鳴が響くなか、眼を閉じ、溜め息をついて杖に両手をあてる。

 雉は、そっと二人を促した。


「退がってて、鳩。レイも」

「何? お兄ちゃん」


 鷲は両足をひろげて立ち、動かない。ユルテが燃え、矢が飛び交い始めているというのに。長い銀髪が、肩から背中を覆い、表情を判らなくさせている。

 不安がる少女とレイに、頭巾と外套をかぶらせながら、雉の顔は自信に溢れていた。


「火を消すんだ」

「どうやって?」

「雨を降らせる」


 美しい少女のような雉の面は晴れやかで、己の言葉に何の疑問も持っていない風情だった。レイは、訊ね返すのを躊躇した。彼の視線の先を追い、眼をみひらく。鳩も息を呑んだ。

 立ち尽くす鷲の長身が、青白い光に包まれている。

 草原は炎に赤く照らされ、煙と熱風が、縦横無尽に吹き荒れていた。鷲の身体は、炎でない透明な光にふちどられ、長髪がゆっくり揺れていた。生きものさながらうねり、波をうつ。濃紺の脚衣ズボンを穿いた脚がすらりとして、異様に長く見えた。

 雉がレイに、胸がすくような微笑を向ける。

 遠く、地響きのように、雷鳴が轟いた。木製の杖の先端が輝き、彼等の頭上に、濃い灰色の雲が渦をまき始める。陽射しを遮り、辺りが薄暗くなる。


『この人は、いったい……?』



          *



 オダは、巨大な(少なくとも、オダにはそう思えた)馬の首に、必死にしがみついていた。そうしながら、感嘆を禁じ得ない。彼を引き上げたトグルは、うろたえる人々を落ち着かせるべく、広大な本営オルドウを駆け始めたのだ。

 本営と言っても遊牧民のこと、ユルテ(移動式住居)が天幕の周りに集まっているだけで、どこが果てということはない。炎に驚いて逃げ惑う民を、族長みずから先導し、安全な方向を示す姿は、威厳に満ちていた。


「*****、***!」


 げきを左手に掲げ、右手は馬の背にあてがい、何度も同じ事を叫ぶ。火焔に照らされる凛々しい顔を見上げ、オダは驚嘆していた。自分は堕ちないだけでも大変なのに、彼は、手綱に触れてすらいない。

 左手は長い戟を水平に構え、右手が手綱の輪の中に入っていた。足と声で馬を操っているらしい。革の長靴グトゥルの先端を軽く触れるだけで、黒馬は主人の意図を察し、速やかに走る方向を換えている。

 遊牧民なのだから当然と言えばそうなのだろうが、その度に振り落とされそうになるオダにとっては、大変な出来事だった。


 どうしてこういうことになったのか、オダは、未だに良く判っていなかった。確か、トグル・ディオ・バガトルに使者の口上をあっさりかわされ……突然、敵が攻めて来たのだ。

 トグリーニ族の敵――と言うと? オダは、頭から血の気が引くのを感じた。

 タァハル部族か……。とにかく。今、自分はトグル・ディオ・バガトルの馬に乗せられている。大陸全土を震撼させる、《草原の黒い狼》。その愛馬に、彼とまったく身体を接して乗っているのだ。

 現状を正確に把握したオダは、密かに身を震わせた。


 そろそろ、本営オルドウをひとめぐりしただろうか。

 避難する人々を見送ったトグルと、オダの目が出会った。真夏のタマリスクを想わせる鮮やかな緑の双眸に、少年は息を呑んだ。仮面のようなかおのなかで、眼尻の吊りあがった切れ長の眼が不思議なほど静かなことに、オダは気づいた。


「……どうした。しっかり掴まっていろよ」


 低い声は、からかいを含んでいる。トグルは右手を挙げ、傾げた帽子を直すと、唇の端をわずかに歪めた。


神矢ジュべ(馬の名)には、俺でも、油断すると振り落とされるからな」

「どうして、僕を乗せてきたんですが?」


 オダはごくりと唾を飲み、思い切って訊ねた。途端に、舌を噛みそうになる。

 トグルの左の眉が、ひょいと跳ねた。


「お前は、天人テングリの足手纏いになる」


 トグルは、馬の向きを換えながら呟いた。周囲の騒音にかき消されそうな声だったが、オダはどきりとした。


「せっかく治ったハヤブサの肋骨あばらを、再び折らせるわけにはいかぬ」

「…………」

「図星か」


 茫然とするオダを見て、突然、トグルはわらった。薄い唇から、白い牙がのぞく。喉の奥で、転がすような声を立てた。


「あいつがただで傷を負うはずはないと思っていたが。タオの前にとび出した阿呆と言うのは、やはり、お前のことか。ニーナイ国のオダ……確か、カザ(キイ帝国の要塞都市の名)で会ったな」

「覚えていらっしゃったんですか」

「いや。ついこの間まで、忘れていた」

「…………」

「気を悪くするな。あの時期、天人テングリ以外の連中は、大抵、影が薄れる。まして、こんな子供では。――面白い」


 気を悪くするも何も、驚きすぎて、オダは言葉を失っていた。まさか、トグリーニの族長からこんな言葉を聞かされるとは、思っていなかったのだ。

 トグルは無表情に戻り、ぐるりと草原を見渡した。ひとりごちる声は地を這った。


「これで、ことを起した張本人が、全員集まったわけだ。この草原イリで。さても、天神テングリは何をさせようというのか……」

「トグル・ディオ・バガトル――」


 オダの台詞を遮り、純白の光芒が世界を包んだ。続いて、頭が割れそうな轟音がとどろく。

 トグルは平然としていたが、さすがに馬は驚いて棹立ちになった。オダは、再びしがみつかなければならなかった。今度こそ、舌を噛んだ。

 馬が姿勢を戻すのと同時に、雨が滝のように降って来た。大粒の水滴が、衝撃とともに少年の頬を叩いた。トグルの肩も。

 炎が、みるまに小さくなる。

 天を仰いで畏怖する族長の頬には、ほつれた黒髪が貼りついていた。


「……ルドガー神の能力か。これが、ワシの」

「これで終わりですか?」


 ユルテ(移動式住居)を包んでいた炎が、水の蒸発する音とともに、つぎつぎ消えて行く。煙の代わりに湯気が立ち、急に風が肌寒く感じられた。

 かすれ声で訊ねた少年を、トグルは冷然と見下ろした。オダはふと、懐かしさを覚えた。緑柱石ベリルの奥に宿る影は……『隼さんと同じだ』 気づき、呼吸を止める。


「これから、騒ぎを起した連中を狩りに行く。掴まっていろよ、小僧」


 呟くと、トグルは愛馬に声をかけ、ジュべは、黒い疾風となった。





~第五章へ~

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