第五章 数千の星(3)

*セクハラ発言があります。ご容赦下さい。


            3


 高原の一隅に張った天幕のなかで、隼は、鷲の傷の手当てをした。

 鉤のついたトグリーニ族のやじりは、引いただけでは簡単には抜けないので、傷口を裂いて取り出さなければならない。鷲が自分で無理やり引き抜いた肩の傷は、大きく裂けてしまっていた。

 発達した筋肉におおわれた鷲の背には、鏃が二つ喰い込んでいた。焼いた小刀の先で傷をひろげながら、隼は、呆れて言った。


「無茶なことをするな、お前は……。殺されるかもとは、考えなかったのか」

「お前に会えば、何とかなると思ったんだよ」


 歯を喰いしばって痛みに耐えつつおどける鷲に、隼も、くすりとわらった。傷を絹糸で縫い、滲んだ血を酒を染ませた布で拭う。しろい頬には、浅いが中指ほどの長さの傷が出来、左肩は血に染まっていた。


「帰ったら、雉に治してもらう。殺されなくてよかったぜ。いくらあいつでも、斬られた首を元に戻すのは、無理だろうからなあ」

「……皆、どうしてる?」


 やや沈んだ口調で訊ねる隼に、鷲は、上着の袖を通しながら微笑んだ。


「元気だ。お前のことを心配している。怪我をしたと聞いたが、もう大丈夫か?」

「ああ。治ったよ」

「雉が逢いたがってるぜ、隼」

「……そうか」


 隼は、喉の奥に棘が刺さったような痛みを覚え、項垂れた。

 鷲は、真顔に戻った。


「キイ帝国の大公は、トグリーニ族にリー将軍をころさせるつもりらしい。隼。族長に会えないか? 話がしたい」

「心配しなくても、あいつの方から会いに来るよ」


 隼は、鷲に横顔を向けて答えた。


「お前に会いたがっていたんだ、トグルも。けれど、仲間と話し合う必要がある。……お前達を助けることは、あいつにとっても冒険なんだ」

「だろうな」


 隼の言葉の意味を、鷲はすぐに理解した。彼女が想い悩んでいる風なのを、訝しむ。玲瓏とした雪の彫像のようなかんばせが、どことなく、以前の彼女とは違っている。

 鷲は、首を傾げた。


「お前、少し太ったか? 隼」

「え?」


 気だるい仕草で髪を掻き上げ、隼が振り返る。鷲は、無精髭のはえた顎に右手をあて、しげしげと眺めた。


「感じが変わった。雰囲気が……。何かあったのか? しばらく見ないうちに、色っぽくなったぜ、お前」

「本当かよ」


 隼は、ぎくしゃくと苦笑した。どうしても、うまく笑えない。鷲はにやりと嗤うと、彼女の肩を、右手の甲でかるく弾いた。


「白状しろよ、オイ」

「こんな時に……。何でもないよ」

「嘘つけ。顔に出てるぞ。俺とお前の仲で、今更、隠すこともないだろうが」


 隼は、嘆息した。


「お前こそ。鷹とどうなった? あたしがいない間、うだうだ悩んでいたんじゃなかろうな」

「図星だ」


 鷲は片目を閉じて肩をすくめた。灯火の明かりを反射する瞳が、金色に煌めく。


「何だよ、それ。お前達、ずっと一緒に居たんだろう。いつまで鷹を待たせる気だ」

「いろいろあったんだよ、こっちも。それに、俺の性格を知ってるだろうが。お前に怪我させておいて、そんな気になれると思うのか」


 鷲は、決して声を荒げたりはしなかった。切れ長の眼は優しく、とろけるように隼を見詰めている。彼女が黙り込むと、喉の奥で低い笑声を転がした。


「なんて、言うほど心配はしていない。お前なら、何とかするだろうと思っていた。だけど、建前っつーもんがあるだろうが。……ああ、俺は、あいつに惚れているよ。いい加減、本気で口説こうと思っている」

「……だろうと思った」

「まあ言ってみれば、ちんちん押さえてうずくまってる状態だ」

「あのな」


 隼は、体中から力が抜ける心地がした。心配するのが莫迦らしくなってきたぞ……。

 鷲はたのしげに笑った。歌うように言う。


「さあ、白状したぞ、俺は。言わせたんだから、正直に言えよ。お前をしおらしくさせるような、どんな天変地異が起きたんだ」

「失礼な奴だな」


 言い返したものの、隼は、頬が引き攣るのを抑えきれなかった。『なんて奴だ。どうしてあたしは、こんな下ネタ野郎と友人なんだ?』 そう思う一方で、温かい感情が胸に満ちる。


 鷲、あたしの親友。仲間で、兄貴で、父親で……。あたしの帰る場所は、いつも、こいつと一緒にあったんだ。


「ある男に、求婚されているんだ」

「へえ」


 片方の眉を跳ねあげる鷲。相変わらず、冗談めかした口調だった。


「求婚。それは凄い。誰だ、その、物好きな野郎は? トグリーニか」

「ああ。族長だ」

「ほえ?」


 鷲を心底驚かせることなど、滅多にない。一ヶ月くらい自慢のネタになる出来事のはずだが、隼は、そんな気にはなれなかった。


「トグル・ディオ・バガトルに、求婚されている。お前達の敵、トグリーニ族の、族長だ」


 おずおずと顧みると、鷲の口は、魚のように開いていた。二、三度ぱくぱくさせたが、言葉が出てこない。

 隼は、瞼を伏せた。

 鷲は、すみやかに真顔に戻った。普段なら笑い飛ばすところだが、これはそういうわけにいかない。


「無理やりじゃあ、ないな?」


 強く眼を細め、鷲は訊ねた。隼は、心からほっとした。


「まさか――俺達のために。人質になるとか言い出したわけじゃないだろうな、隼」

「違うよ、鷲。そんな奴じゃない、あいつは」


 隼は、ゆっくり首を横に振った。


「酔狂だと、あたしも思う……。けど、信じてやって欲しい。あいつは、大公と戦うつもりだ」

「凄い奴だな、お前」


 鷲は、隼から目を離さなかった。言葉は軽薄だが、集中して彼女の考えを読み取ろうとしていた。


「敵の大将を、惚れさせたわけか。昔から、とんでもない奴だとは思っていたが」

「悪かったな」


 隼は苦々しく唇を歪めたが、それでも毅然としている風貌を、鷲は、惚れ惚れとながめた。

 幼い頃から一緒にいる所為もあり、鷲は、彼女を恋愛対象として観たことがない。仲間であり、相棒であり、妹のような存在だ。だが、彼女を慕う男の気持ちは、同性として理解出来る。ただ美しいだけの女ではない。

 しばらく会えないでいるうちに、隼が自分達の手の届かない所へ行こうとしていると理解した鷲は、一抹の寂しさを感じたが、右手を振って感傷を打ち消した。


「で。どうなんだ、お前は」

「どうって」

「惚れているのか、お前の方は。そいつに」


 何だか、当初ここへ来た目的と、話が違ってきた気もしたが。鷲にとっては、そんなことはどうでも良かった。

 率直な彼の視線を受けとめるのが辛く、隼は俯いた。把握しきれない感情に、胸の奥がざわめく。


「……惹かれている、きっと。あいつは、お前に似ているんだ」


 鷲は、意味がわからないという風に眉根を寄せた。己を表現しようとする隼の努力を察し、続きを待つ。


「あたしのことを、解ってくれている。観ていたいんだ、もう少し――自分の気持ちが、どんな風に変わるのか。お前達には、悪いけど」

「……判った」


 笑顔ではなかった。片方の唇の隅を吊り上げて、鷲は頷いた。

 隼は、彼が、自分の言おうとしたことを理解してくれたと感じた。言葉に出来ないところまで。胸を締めつけられる心地がして、口を噤む。


「お前の好きにしろ。俺達のことは、気にするな。――雉のことは。俺から、あいつに言ってやろうか?」

「いや、いいよ。自分で言う」


 泣きたいような気持ちで、隼はかぶりを振った。


「あたしが言わなきゃならないことだ。あいつには、ちゃんと会って……。鷹と鳩にも、会いたいし」

「そうか。まあ、好きにしろ」


 鷲の言葉は素っ気無かったが、口調は優しかった。

 鷲は、少し同情した、隼に……彼女がこれから向き合わなければならない試練を思って。雉に……相棒の苦しみを思って。自分自身をいためずにいられない隼の心のつよさを、鷲は気の毒に思ったが、同時に、その厳しさがたまらなく好きなのだとも知っていた。故に。

 自分が彼女にしてやれることは、一つしかない。

 振り仰ぐ彼の目に、天幕の入り口に現われた男の姿が映った。




「トグル」


 隼が、小声で呼ぶ。

 先刻はろくに観ている余裕がなかったが、トグル・ディオ・バガトルは、鷲が考えていたよりも、やはりずっと若い男だった。


 真っ黒な戦闘服にすらりとした体躯を包み、肩には、同様に黒く重たげな革の外套を羽織っている。その外套の下から、黄金色の縫い取りを施した腰帯ベルトと、鈍い光を放つ長剣の柄がのぞいていた。そっくり同じ形の剣が、隼の腰にも提がっていることに、鷲は気づいた。

 毛皮の帽子の下、漆黒の長い髪を数本の辮髪(三編み)に束ねて、肩から背中へ流している。何もかも黒ずくめの異様な風体のなか、前髪の下からこちらを見詰める新緑色の双眸が、印象的だ。岩を粗く削った彫刻のような、厳しく精悍な顔立ち。

 鷲は、タオに似ていると思いかけ、妹なのだから、タオの方が兄に似ているのだと思い直した。大柄と言われる自分と同等の体格だ。

 隼が、もう一度囁く。


「トグル……」


 トグルは無言だった。背後から、オルクト氏族長が、のっそりと現れた。


「失礼しますよ、天人テングリ


 彼がトグルの倍はある巨体をかがめ、愛想よく微笑みながら天幕へ入って来たので、鷲は、軽く身を引いた。先ほど馬上からげきを突きつけて来た男だと気づく。

 オルクト氏族長は、鷲と隼の向かいに胡坐を組むと、立ったままのトグルを顧みた。


「……傷の具合は、どうだ?」


 トグルの声は低く、落ち着いていて滑らかだ。帽子を脱ぎ、独り言のように訊く男を、鷲は、眼を細めて眺めた。


「大したことはない、お陰さまで」


 トグルは戸惑っているようだった。隼を見て、鷲を見て……再び、隼に視線を戻す。

 鷲は、片方の眉を持ち上げた。オルクト氏族長は、簡易炉に鍋をかけ、お茶を沸かしはじめる。

 トグルは隼に、ぼそりと言った。


「カザ(砦)の門が開いている。この男が出て来たことには、気づいていないらしい。俺達にも」

「そうか」


『あたしにでなく、鷲に言えばいいのに』 一応頷きながら、隼は考えた。

 トグルも判っているらしい。鷲に視線を戻し、その前に腰を下ろした。胡座を組み、狼を思わせる鋭い双眸で、じろりと彼を見た。


「……俺は、トグル・ディオ・バガトルという。お前達がトグリーニと呼ぶ氏族の長であり、部族の盟主だ」


 彼が先に名乗ったので、鷲は、不敵に嗤い返した。オルクト氏族長が、陶製の椀にお茶を注いだ。


わしは、オルクト・トゥグス・バガトルと申す。どうぞ、天人テングリ。ハヤブサ殿も」


 慇懃に勧められたので、鷲は毒気を抜かれた呈で器を受け取った。隼も(普段なら、オルクト氏族長が手ずから茶を淹れることなどなかろうと思いながら)、椀を口に運ぶ。

 トグルは胸の前で腕を組み、自分の茶には目もくれなかった。


「お前が、ワシか? 天人テングリ

「判るのか」


 トグルは、薄い唇を歪めた。


「思い切ったことをしたな。ひとりで、俺に会いに来たのか」

「仲間は、カザ(砦)に監禁されているんでね。リー・ヴィニガも」


 隼は、驚いて面をあげた。初耳だ。


「監禁? お前、ここに来て大丈夫なのかよ。留守中に何かあったら――」

「ああ、大丈夫だ」

「それは、なかろう」


 鷲とトグル、二人が同時に答えたので、隼は言葉を呑みこんだ。ごくりと、唾を飲む。

 男達も意外だったらしく、鷲はにやにやと、トグルは憮然と、互いの顔を見た。数秒、視線で牽制し合ったのち、トグルが説明した。


「――カザ(邑)は、リー家の本貫地だ。この地で女将軍を害し、兵士達の反感を買うほど、大公は愚かではない。むしろ、安全だ」


 鷲は、お茶を口へ運びながら、上目遣いにトグルの表情を窺っている。トグルは、硬質な眼差しを彼に返した。


「オン・デリク(大公)は、俺にリー将軍をころさせたいはず。その為の足止めだろう」

「そういうことだ」


 鷲は、隼を安心させるように哂った。


「監禁といっても、牢じゃない。ちゃんとした部屋で、鍵と見張りがついている。護衛だと言えなくもない」


 そう言って、肩をすくめる。トグルは冷静に訊ねた。


「仲間は、何人だ?」

「《星の子》と鷹、雉、鳩、オダ……リー・ヴィニガにセム・ギタが一緒だ」


 隼は、がっくりと肩を落とした。情けない声音になる。


「鳩とオダまで連れて来たのかよ……」

「仕方がないだろう、ついて来ちまったものは」


「用件を聴こう」


 トグルは二人の遣り取りには構わず、腕を組みなおした。鷲は、単刀直入にきりだした。


「リー将軍と、手を結んで欲しい」

「断る」

「…………」

「リー家は、俺達の天敵だ。女将軍の方も、俺を憎んで余りあろう。祖父と父と兄、三代の仇なのだからな……。俺の首を斬り落とし、大公に叩きつけたいのではないか」

「そう言われると、思ってたぜ」


 鷲は、のほほんと言って頭を掻いた。鼻から息を抜いて眉根を寄せ、視線を逸らす。彼が、トグルをそれ以上説得しようとしないのを、隼は奇妙に思った。

 沈黙が降りる。

 トグルは、用意されていた乳茶スーチーの器を手に取った。音をたてずに数口飲み、おもむろに告げた。


「……だが、無視はできる」


 鷲は彼を顧みて、隼は瞬きを繰りかえした。オルクト氏族長が、愉快そうに微笑む。

 トグルは無表情のまま、淡々と語った。


「オン・デリク(大公)は、俺に公女を与えると約束し、スー砦から兵を退かせた。ところが、今度はリー女将軍をころせと言う。公女を寄越すつもりはないのだろう」

「…………」

「俺達は、大公の使者を追って来た。ただすために。その後は、東へ向かい、ハル・クアラ部族の『冬の狩り』に加勢する」

「ハル・クアラ?」


 首をかしげる鷲に、オルクト氏族長が説明した。


「ルーズトリア(キイ帝国の首都)の北の草原をなわばりにしている、〈草原の民〉の部族です。毎年、この時期に長城を攻めるのが恒例でしてな。トゥードゥ(ルーズトリアの北にある城塞都市)の砦を護るハン将軍と戦っているのです。我らとリー将軍のような間柄ですよ」

「リー女将軍がどこにいるか、


 トグルは眼を半ば伏せ、平然と言った。


「長城内に孤立して、キイ帝国の民衆を敵にまわすつもりはない。トゥードゥ邑とルーズトリアに租税として集められた小麦が手に入れば、長居は無用だ。……ハン北方将軍は、リー西方将軍と祖を同じくする元王家だ。オン大公に対しては、思うところがあろう……。今は俺達の相手で精一杯だろうが、リー女将軍が駆けつければ、たすかるに違いない。まして、大公がカザの門を開けたとあれば」


 鷲は、かなり真剣に、トグルの話を聴いていた。隼も――リー女将軍を見逃すというだけではない。トグルは、キイ帝国内における彼女の今後の身の振り方を提案している。

 オルクト氏族長は、興味深げに眸を煌めかせて、三人を観ている。

 鷲は、唇を舐め、慎重に問い返した。


「お前達は、それでいいのか」


 トグルは、唇の端に、酷薄な嗤いを形づくった。


「ハンとリー、二将軍が大公に反旗を翻し、キイ帝国が内乱に陥れば、重畳……。ただし、条件がある。お前達――天人テングリと《星の子》が、〈黒の山カラ・ケルカン〉へ還ることだ」


 鷲と隼は、互いの顔を見合わせた。トグルは、お茶で口を湿らせ、面倒そうに続けた。


「よもや、ルーズトリアまで出向くつもりではなかろうな……。〈黒の山〉の《星の子》は、中立を保つのが掟。かの巫女の能力ちからを、大公に利用されては困る」


 もっと厳しい条件を予想していた隼は、胸の奥がしくりと痛んだ。

 トグルは(彼には珍しく)、フンと鼻で哂った。


「スー砦で、俺の兵馬をなぎ倒したのは、誰だ?」

「あ、俺だ」


 鷲が決まり悪そうに片手を挙げたので、隼はぎょっとした。トグルも、眼をみひらき、わずかに身を引くそぶりを見せた。


「正確には、俺の能力ちからを、ルツが解放してああなった」

「……あの場に、俺もいた」

わりィ」


 ぽりぽりと首の後ろを掻き、鷲は項垂れた。


「あれから、能力は使っていない。今後も、使うつもりはない。と言ったところで、信用はされない、ん、だろうなあ……」

「お前達は、幼い子どもを連れていると聞いた」


 トグルの切れ長の眼が和んだように、隼には見えた。


「ハヤブサもだが――女子どもを人質にとられ、強いられて、力を使わずにいられるのか。そんな能力ちからの持ち主を、キイ帝国に行かせるわけにはゆかぬ」


 鷲は、痛いところを突かれた、という表情で黙り込んだ。片手で顔の半分を覆い、眼を閉じる。隼は、二人の横顔を、交互に観た。トグルがこれまで天人の能力について言及しなかったのを、不思議に思う。

 トグルはお茶をひとくち飲み、静かに説明した。


「かつて、《星の子》が降臨した際、〈草原の民〉三部族、キイ帝国、ナカツイ王国、ニーナイ国の当時の首長らは会合し、処遇を相談した。《星の子》は〈黒の山〉に居住し、下界に能力の影響を及ぼさぬこと。代わりに、聖地に在る限り、自由と巫女の身分を保障すると……首長らは誓い、《星の子》も納得した、はずだった」

「…………」

「超常の能力ちからをもつ者にうろつかれては、下界が混乱する。お前達には、自重してもらいたい。……《星の子》とともに〈黒の山ケルカン〉へ還るなら、女将軍は無視しよう」


 鷲は、顔から手を離したが、すぐには答えなかった。天幕の壁を睨んで眉間に皺を刻む相棒を、隼は観ていた。

 彼の葛藤を察したのか、トグルは、諭すように語りかけた。


「リー・ディアを巻き込んだことを気に病んでいるのだろうが……。《星の子》は、完成した未来しか予知できぬ。お前たちがいたということは、そも、そういう運命さだめだったということだ。……キイ帝国と俺達は、お前達に関わりなく戦ってきた。ニーナイ国も。ここから先、奴等は、自らの力で生きるべきではないのか」

「……判った。お前の言う通りにしよう」


 鷲は溜息をつくと、トグルに向き直った。夜の森を思わせる深い緑の眸を見詰め、神妙に言った。


「ひとつ、訂正させてくれ。俺達は、能力ちからがあるから、関わったわけじゃない。使いたかったわけじゃない。……スー砦のあれは、俺にとっては、事故だ」

「……信じよう」


 トグルは頷き、椀の乳茶を口へ運んだ。鷲に向ける眼差しが温かいことに気づいて、隼は胸が苦しくなった。

 オルクト氏族長が、大きく息を吐いた。口髭を揺らして微笑むと、野太い声で提案した。


「食事にしませんか。ワシ、殿? 天人テングリの口に合うかは分かりませぬが、流した血は取り戻さないと。明日に備え、休みましょう」


 そう言って豪快に鷲の背を叩いたので、鷲は、顔をしかめて苦笑した。トグルが、フッと哂う。

 隼は、三人の男達を、黙って見守っていた。





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