第四章 飛鳥憧憬(3)


             3


 隼の眼が、これ以上はないほど開かれた。乾いた息だけで、囁く。


「何をしているんだ。こんな所で……」

「隠れている」


 トグルは、簡潔に答えた。

 鋭い眼が、彼女が一人であることと扉に閂がされていることを確認する。溜め息とともに前髪を掻きあげる彼を、隼は、呆れて見下ろした。


「天幕に帰ったんじゃなかったのか?」

ジュべだけだ」


 編んでいない黒髪を煩さげに揺らして、トグルは首を振った。片膝を立て、もう一方の脚を投げ出すように伸ばすと、面倒そうに呟いた。


「あんな所にいたら、種馬アズラガだからな。長老どもの説教は聞き飽きた」


 意外だった。ここに居るトグルには、いつもの孤高な雰囲気はない。呟く声には感情がこもり、疲れた仕草も、隼を見上げる眼差しも、温和な青年のそれだった。

 トグルは、口元に僅かな苦笑を浮かべ、問い返した。


「お前こそ、タオと一緒ではないのか」

「吐き気がして来たんでね……」


 隼の口調は、少なからず攻撃的だった。彼は眼を伏せ、頷いた。


「だろうな。女が観て気持ちの良いものではなかろう」

「加わらないのか?」


 隼は扉を指し、意地悪く訊ねた。紺碧の瞳が怒りに煌めくのを、トグルは黙って見返した。


「ええ? 族長が参加しなくていいのかよ。タオも、そのことを言っていたんだろう?」


 トグルは、彼女の挑発に乗る気はなさそうだった。ゆっくり首を横に振る。


「俺も、吐き気がするのだ」


 トグルは、ユルテの壁に背中を預け、力なく囁いた。額に片手をあてがう。


「お前の言いたいことは解る、ハヤブサ。弁解はしない……。だが、俺に、連中と一緒にはしゃげと言うのは無理だ。何も考えずにそう出来たのは、十代までだ」


 両方の膝を立て、その上に組んだ腕をのせる。絨毯に描かれた植物の線をたどる眼は、心の淵を覗いていた。


「父を殺されて後を継いだ俺の、最初の仕事は、仇を討つことだった。オルタイトを、ボルドをたおし、その度に女達を奪って来ては、悪友どもと犯してまわった……。戦争とは、そういうものだと考えていた。氏族に力さえあれば、望むものが手に入る。なら、族長も悪くはないと思っていた」


 トグルは、また前髪を掻きあげた。くらく、沈みこむような眼差しだった。


「心のどこかで、俺は、復讐しているつもりだった。ケレ族に……俺の母を略奪し、二度も犯した男達に。俺の女を奪い、殺した奴等に。俺を父の子だとは一度も言ってくれなかった、母に。――母は、俺のに、敵の男をていた。心を病んでいた母は、幾度か、本気で俺をくびり殺そうとした。……俺は、結局、母を救えなかった」


 トグルは、長衣デールの立ち襟のうえからくびを撫でた。絞められた痕をたどるその仕草を、隼は、息を詰めて見守った。

 彼は、感情を抑制した口調でつづけた。


「母が死んで、気がついた。俺のしていることは、復讐などではない。ケレ族の輩と同じだ。タァハルと。――そう気づいた時、恥ずかしながら、俺は吐いた。女の上で」

「…………」

「以来、駄目だ。ああいう女達を観ていると、かつての自分を思い出す。いつになっても変わらぬ己の愚劣さに、吐き気がする……。女をいとうているわけではないが、奴らは俺にとって、心を病んだ母と同じだ。とても、近づく気にはなれない」


 隼は、半ば茫然としながら、寝台に腰を下ろした。彼の言葉が、一語一句うそではないと感じていた。頭で判るのではなく。

 『心を病みながら生き永らえる』 ――あれは、母親のことだったのだと。

 初めて、この男の本当の姿を垣間かいまみた気がした。


 トグルは、ほっと息をいた。夜の森のような瞳に彼女を映し、ゆるく哂った。


「話しやすいな、お前は。利害がないからか……。最近、俺は変だ。お前といると、調子が狂う」

「やめさせるわけには、いかないのか?」


 隼は、そっと問うた。トグルは、少し驚いた風に瞬きをした。――こんな表情も、観たことはない。


「何?」

「お前の命令で、奴等を止められないのか?」


 トグルはかぶりを振った。低い声に苦渋がにじむ。


「俺たち氏族長は、独裁者ではない。何代も続いて来たやり方を変えるのは、困難だ。――お前はここの生活を観ているから、多少は理解できるだろう。家財と家畜を没収された女達に、生きる術はない。全員を隷民ハランとして定住させて養えるほど、草原は豊かではないし、男手なしで百頭以上の家畜の世話など、女子どもには無理だ。……まとめれば、反乱の芽となる。他に方法がない」

「…………」

「これでも、ましになったのだ。〈草原の民〉は、利にさとい。強いものには従い、弱くなれば離れる。簡単に、離合集散をくりかえす。族長になって十年、俺は、戦において敗れたことがない。お陰で部族は大きくなり、氏族同士の諍いは減った。――今回のようなことは」

「…………」

「クチュウトは、俺の許嫁のいた氏族だ。滅ぼしたかったわけではない……。オルクト氏族長とアラル将軍ミンガンは、愛妻家だ。女子どものいたわり方は、よく知っている。タオは同性ゆえ、奴等の声をくんで、便宜を図ってやれる。……俺などが手を出すより、上手くいく」


 隼は、彼の言葉について考えた。確かに、自分はタオに便宜を図られている。充分すぎるほどに。

 すると、これも、彼流の思い遣りなのだ。

 物憂い仕草で前髪をすくい、トグルは独り言ちた。


「タオが『ゴア』となり、女達の立場について言及出来るようになったのは、この二、三年だ。年寄りどもは、簡単には変わらぬ。これ以上となると、何年かかるか……」

「ニーナイ国のときも、そうだったのか?」


 いつしか、隼の口調からは、とげとげしさが消えていた。彼の話を聴きたいと思った。トグル自身が語る彼を。

 彼女の変化に気づいているのかいないのか、トグルは項垂れ、ちいさく頷いた。


「《星の子》から聴いているだろう。かつて、草原と沙漠の境は、エルゾ=タハト山脈だった。今はニーナイの連中が実質支配している土地も――。昨年、キイ帝国の息がかかったタァハル部族が侵入し、なわばりを主張した。俺達としては、見過ごすわけにいかぬ」


 彼の声は苦かった。己の理屈が正しいとは考えていないのだと、隼は察した。

 トグルは彼女に横顔を向け、また考え込んだ。量の多い漆黒の髪を肩にながし、怜悧な視線をユルテの壁へ向けている。壁ごしに、茫漠たる枯れ野を眺めていた。

 隼は、待った。


 トグルは、慎重に、言葉をえらんで語り始めた。記憶のなかのふるい物語をたどる。


「……俺達は、千年以上、遊牧を続けて来た民族だ。五百年ほど前……大陸の南に、〈新しき民〉が現れた。ニーナイ国やキイ帝国のような、蒼眼紅毛の民族だ。幾度かの衝突の末、〈草原の民〉と〈新しき民〉は、互いの生存のために協定を結んだ。……これを、いにしえの契約という」


 隼は、《星の子》の話を想いだして肯いた。

 ニーナイ国とはエルゾ山脈を、キイ帝国とはタハト山脈を国境とする約束だ。ところが、南の定住民が契約を破り、北の草原へ侵入したために争いが生じているのだと――〈草原の民〉の側に立てば、そういう事情となる。

 トグルは、視界の隅で彼女の動きを観ると、低い声をさらに低くして続けた。


「〈草原の民〉は、北のこの地で代を経て、次第に血を濃くしていった。俺達に限らない。タァハル部も、ハル・クアラ部族も……全ての〈草原の民〉は、外の血を必要としている」

「どういうことだ?」


 隼は、首を傾げた。『血が濃い』 とか 『必要』 という意味が、分からない。

 トグルは、数秒ためらった後、殆ど息だけで囁いた。


「……俺達には、やまいがある。ハヤブサ」


 改めて振り向いたトグルの瞳は、深く、慄ろしいほど澄んでいて、隼は、吸い込まれそうな気持ちになった。

 彼女の裡に言葉が浸透していくのを待って、トグルは瞼を伏せた。


「血が濃くなったせいで生じた、親から子へ、子からその子へ、遺伝する病だ。そのせいで、俺達は、数を減らしている……。純粋な〈草原の民〉を両親に持つ子ども、特に男は、成人する前に死んでしまう者が多い」


 言語の違いはもとより、知識と教養の差はいなめないのだが、かれが重大な秘密をげていると気づき、隼は、息を殺した。トグルは、彼女の反応をたしかめながら、淡々と続けた。


「お前には、観せていないが……ユルテ(移動式住居)で暮らす子どもの十人に一人は、何らかの障碍を抱えている。産まれながら奇形の酷い赤子は、大抵、育たずに死んでしまう。生まれた時には普通だが、成長するにつれて発症する病もある。……いずれも、子孫を残せない」


 トグルは、骨張った右手を眼前にさしのべ、小刻みに震わせた。


「こんな風に、四肢がふるえ、精神錯乱を来たす病がある。親のどちらかが病気なら、子の半分は発病するので、自殺してしまうことが多い。……脚の先から身体が痺れて寝たきりとなり、やがて息が出来なくなる病は、本人の意識はしっかりしているのに、動けなくなっていく……。傷から血が止まらなくなる病、血が真っ白に濁る病。喉に腫れ物ができて、食べられなくなる病……みな、濃くなった血が招いた。俺達は、道楽で女を攫ってきているわけではない」


 トグルの声は徐々に小さくなり、掠れた息だけになった。

 隼は慄然としつつ、言葉を絞り出した。


「知らなかった……。済まない。お前達を、誤解していた」

「なに、氏族長と最高長老しか知らないことだ。タオにも教えていない。しかし、皆、うすうす気づいている。俺達は、もう終わりだと……。ニーナイ国の女達を連れて来たのは。お前のげんを借りるなら、族長の家系は絶えても良いが、民を滅ぼすわけにはいかぬからだ」


 トグルはフッと苦笑したが、眼差しは虚ろで、哀しげだった。


「草原の中だけでは、どうにもならぬ事態だ。年々、産まれる子どもの数は減り、女は、今年は遂に五人に一人に減った。俺が産まれた頃は、三人に一人だったのだがな……。全ての女が、子を産めるというわけでもない。皆、焦り始めている。だが、こんなことは、言い訳にならん」

「トグル」


 強いことばに驚いて、隼はかれを呼んだ。トグルは項垂れていた。


「誰に言われずとも承知している、ハヤブサ。自分達が滅びるからといって、他国の人間を犠牲にしてよい理由はない」

「…………」

「族長が言う台詞ではないがな。お前達の神話で、何と言ったか――先の終末期カリ・ユガに滅んだ人類の生き残りが、俺達だ。滅ぶべきものを無理にのこす必要などないと、時々、本気で考える」

「…………」


 隼は、言葉をうしなっていた。理解したように思った、トグルを。


 何故、鷲と自分に似ていると思えたのか。背負うものが、あるからだ。守らなければならないものが。

 何故、違和感をおぼえたのか。違いすぎるからだ、背負ったものの巨きさが。


 隼と鷲が背負うのは、己が選んだものだ。自分の意志で決めたことなら、後悔せずに生きられる。

 トグルは、常に、氏族のことを第一に考えなければならない。彼の意思は、民族の行く末を左右してしまう。しかし、ときに現れるかれ個人の感情を圧し殺すことに、疲れてしまうのだろう。今日のような日は。

 トグルがひとりで背負うには、運命は巨きく、その力は強大だ。人は、己の人生すら思うようには生きられないのに。彼の周囲には、束縛を強固にしようとする者が溢れている。

 だから、タオは怒るのだ。兄が、受け容れてしまうと知っているから。


 優しい男だと、隼は思った。――優しすぎて、己を傷つける。族長としての行動に傷ついた自分を、持て余してしまう。


 トグルは黙って考え込んでいたが、やがて、ぽつりと言った。


「俺が愚痴をこぼしていたと、タオには言わないでくれ。心配をさせたくない」


『そうして、また一つ背負うわけだ……』 思ったが、隼は頷いた。

「教えてくれないか?」


 トグルは、隼の声がやわらかくなっていることに気づき、視線を上げた。彼女があわく微笑んでいるように見え、訝しむ。

『何故、話したのだろう?』 ――答えは既に、手の届くところにある。ただ手に取ることをおそれているのだ。


「お前が兵を退いたのは、その理由か? リー・ヴィニガに、ディア将軍の首級を返したのは」

「……俺は、喪中の女と戦う趣味はない」


 トグルは隼から顔を背け、ぶっきらぼうに応じた。


「リー女将軍には、捲土重来を図れと伝えた。奴等と違い、俺達には、それを恥と思う価値観はない」

「そうか。良かった」


 彼女の声が本当に安堵していたので、トグルは首を傾げた。


「何がだ? ハヤブサ」


 しかし、隼は答えずに首を横に振った。安堵は己の為だと知っていた故に。

 トグルは、首を一方へ傾けたまま、しばし彼女を観察した。そうして内心の動揺が落ちつくのを待ち、きりだした。


「お前、タオを嫁にする気はないか?」

「…………?」


 隼は、今度こそ眼を瞠った。あまりのことに、呼吸まで止まってしまう。

 トグルは至って真面目だった。緑柱石ベリルの双眸には、笑みの欠片もない。

 隼は、喘ぐように息を継いだ。


「……どうして、そういう話になるんだ」

「嫌か? お前に妻はいない。夫もいない。タオを嫁にするくらい、構わんだろう。幸い、タオはお前を気に入っている」

「そういう問題じゃあ、ないと思う」


 トグルが平然としているので、隼は、彼等にはそういう習慣があるのかと思いかけた。弱々しく首を振り、莫迦げた考えを追い払う。

 トグルは、片手で口元を覆い、興味ぶかげに彼女を眺めている。


「俺達は、他部族と盟約をむすぶ際、安達アンダと言って、族長同士が義兄弟の誓いをする。各々の最も貴重なものを交換する習わしだ。……お前があいつを嫁にしてくれれば、俺とお前は、盟友アンダとなる。リー女将軍の為に軍を動かすことは出来ぬが、盟友の為ならば、長老達は納得する」


 隼は、しみじみと嘆息した。


「最初から、そう言えよ。笑えない冗談だぜ」

「勿論、冗談だ」


 さらりと言うトグルを、隼は睨んだ。途端に、彼に笑いだされてしまった。

 彼女の表情がよっぽど可笑しかったのか、トグルは珍しく声をあげて笑った。夜の森の色をした瞳が、ふかく優しいことに気づき、隼は困惑した。顔を背け、小声で抗議する。


「何がそんなに可笑しいんだよ……」


 トグルは、笑いを呑み下し、片手を振って真顔に戻った。隼は、こころもち頬を染めている。


「悪かった。だが、お前が男なら、迷わずタオを遣るところだ。あいつがこれほど入れ込むのを、初めて見た」


 隼は、苦い想いで首を振った。


「タオは、誤解しているんだ、あたしのことを。そんな、御大層な人間じゃない」

「……お前は、時々そんなことを言うな、ハヤブサ」


 トグルは、首を傾げた。


天人テングリと言われるのが嫌か? 不必要に己を卑下しているようだ。理由は判らぬが」

「関係ないだろう? お前には」


 反射的に拒絶するようなことを言ってしまい、隼は、後悔した。『そうだ。トグルやタオには、関係ない。それなのに、あたしは何を甘えているんだ?』

 トグルは驚きもいかりもせず、静かにこちらを見詰めている。隼は恥じ入った。


「済まない……生意気な口を利いた。許してくれ」


 トグルは肩をすくめ、淡々と応じた。


「俺の方こそ、立ち入ったことを言った。……お前が己をどう思おうと、タオはお前を好いていると、言いたかっただけだ。言葉を歪めて解釈するな。物事を己の都合の良い方に曲げる奴は多いが、お前は、正反対だな。人好きはするが。どちらも、やっかいだぞ」

「……そうだな」


『これも、立ち入っているが』 トグルは思ったが、隼は、今度は素直に聴いていた。内心、感謝すらして。

 隼は、気をとり直して言った。


「だけど、結婚すれば、タオは名を奪われてしまうんだろう?」

「それがどうした」


 トグルの口調が真摯だったので、隼は顧みた。今更だが、表情の変化に乏しい分、この男は目でものを言うのだと気づく。両腕を膝の上で組んでこちらを見詰める眼差しが、一片の躊躇もなく心へ入ってくるのを、彼女は止められなかった。


「ハヤブサ。己の価値は、己自身が決めるものだ。お前は、そう言ったろう。名を奪われ、氏族を追放されたとしても、タオはタオだ」

「…………」

「化け物あつかいされようと、天人テングリとして崇拝されようと、お前はお前だ。その程度で変わるものは、大した部分ではなかろう。……もっとも、他の連中やタオ本人は、違うことを言うかもしれぬがな」


 トグルは諦め気味に呟いた。

 隼は、舌を巻く思いだった。この男には、時々、本当に驚かされる。鷲とは違う角度から、こちらの考えや感情を読みとり、つきつけて来る。鷲のように遠まわしに表現したり、冗談めかして言ってくれたりはしないので、おそろしく感じた。


「お前が男でなくて残念だ。別の方法を考えなければならないな……」


 呟きながら考えるトグルを、隼は、警戒して眺めていた。たいして間をおかず、トグルは彼女を顧みた。いつもの無表情で、

「こういうのは、どうだ」

 他人事のように言う。


「お前、俺と、結婚しないか?」

「…………」


 くらりと、眩暈がした。


 トグルにはもう何度も驚かされた隼だったが、一生のうちでもこんなに度肝を抜かれたことは他になかったと、後で思えた。呼吸を止めて彼を凝視みつめ……気持ちが立ち直るまで、しばらく待たなければならなかった。

 やっとの思いで、訊き返す。


「新手の冗談か?」


 トグルは真っすぐ彼女を見て、何事かを言いかけた。鮮やかな緑の瞳から、隼は逃げ出したくなった。

 その時、

「ハヤブサ殿! 居るのだろう? 開けてくれ、私だ」


 どんどんと扉を叩く音のなかに妹の声を聞きとったトグルは、やや憮然と口を閉じた。視線が外れたので、隼は、かなりほっとした。

 隼が扉の閂を外すと、草原の娘が、転がるように入って来た。


「ハヤブサ殿! 兄上も、ここにおられたか」

「煩いぞ、タオ。お前が取り乱してどうする」


 トグルは、妹には厳しい。


「兄上、悠長に構えている場合ではない。リー将軍が……!」

「リー将軍が、どうした?」


 隼は、息を呑んで訊ねた。トグルは彼女の言わんとすることを察し、小さく舌打ちをした。

 タオは、何度か唾を飲み、つっかえながら言い直した。


「違う。リー将軍の母親が、殺されたのだ。大公に! 戦争になるぞ」

「……ハヤブサ。ついて来い」


 トグルは、短く言って立ち上がり、外套の裾を翻して歩き出した。





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