第三章 戦士の基壇(6)


            6


 タサム=リバ山脈の北、トグリーニ族の故郷の草原イリは……何もないところ、だった。

 北のこの地では、秋は、駆け足で過ぎて行く。七日間馬の背に揺られた末に隼が降り立った大地は、黄金色の丈のひくい草に覆われていて、見渡す限り木は一本もなく、ぐるりを地平線に囲まれていた。

 東にはアルタイ山脈の峻厳な嶺が、南にはキイ帝国との国境でもあるリバ山脈の雪峰が連なる。濃い青の空を背景に、ぽつりぽつりと遊牧民の白い冬用のユルテ(移動式住居)が散在し、周辺で草をむ馬と羊の群れが、黒い点のように散っている。遮られることのない風は、思うさま大地を駆けめぐり、隼とタオの外套をはためかせた。


『本っ当に、何もないな……』 何回目になるか判らない感慨を、改めて、隼は呑みこんだ。

 革靴グトゥルの底にあたる地面が、ごつごつと痛い。隼が見下ろすと、黒い土は、凍っているのではないかと思えるほど硬く、生えている草は、枯れているにもかかわらず、針のように鋭く大地に刺さっていた。

 羽織っているだけの皮の外套が肩から滑り落ちるのも構わず、隼は、屈んで土に触れ、その感触の冷たさに呆然とした。

『凄いところに来ちまったな……』

 馬の背より低いところから仰ぐと、天はいよいよたかく、地平線は遠く、隼は、眩む心地がした。



「何もないだろう?」


 控えめな声に振り向くと、タオが、彼女の外套を手に、頼りなげに立っていた。

 隼は、肩をすくめた。立ち上がり、外套を受け取りながら、唇に皮肉めいた苦笑が浮かぶのを、どうしようもなかった。


「なんとも、凄いところだな」

「夏ならば、こんなに寂しい景色ではないのだが」


 強風に飛ばされないように帽子を押さえて、タオは草原を見渡した。


「済まない、ハヤブサ殿。南方生まれの貴女には、どんなにか、ここは殺風景に見えるだろうな……。しばらく、我慢してくれ」

「何を言っている」


 隼は、息だけで笑い、頬にかかる髪を掻き上げた。

 北風に吹き飛ばされてしまうのではないかと思えるほど細い肢体だが、しっかり大地を踏みしめて立っているのを、タオは、羨望を感じつつ眺めた。


「あたしは、自分で望んで来たんだぜ。冬には冬の、夏には夏の、ここの良さってもんがあるだろう。どうせなら、自慢話を聴かせてくれ」

「……貴女に、見せてやりたいな」


 それで、タオも、くすりと笑った。

 編んだ黒髪を風になぶらせて立つ草原の娘の、凛とした横顔を、隼は、眼を細めて観た。


「春に、この草原を埋め尽くして咲く、白い勿忘草わすれなぐさを。夏の陽射しに輝く、馬の毛並みを。冬に降る、満天の星を。そして、秋には――」

「充分、綺麗だよ」


 タオの言葉を受けて、隼も、辺りを見渡した。微笑む深い眸を、草原の娘は見詰めた。

 隼は、己の語彙の乏しさに困った。


「……まるで、夕焼けの海のようだ」

「海」


 風に揺れる黄色い草。黄金の波涛と、たたずんで鼻を鳴らす馬達を表現するのに、他に言葉は見つからなかった。

 おぼろにおぼえている遠い海鳴りに、風の音は似ていた。息づく馬のにおいは、心の奥底にねむる温かい何かを揺り動かした――切ない記憶を。

 彼女の言うことには何でも感心しかねないタオが、例によって大袈裟に相槌を打ったので、隼は、苦虫を噛み潰した。


「そうか。こういうのを、『海』と言うのか」

「そんなに、いいもんじゃねえぞ」


 隼は乱暴に舌打ちをしたが、その仕草さえ、タオには優雅に見えてしまう。


「やめてくれって。お前、絶対に、何か誤解しているぞ。あたしは――」

「タオ」


『あたしは――』 何と言おうとしたのだろう?

 どうでもいい事だが、トグリーニの族長に言葉を遮られたので、隼は、しばらくこの会話を覚えていた。


 ふかく響く声に振り返ると、濃紺に金糸の縫いとりを施した長衣デールを身につけ、帽子を被ったトグル・ディオ・バガトルが、相変わらず感情の読み取れない表情で、こちらへ歩いて来るところだった。

『ふうん。今日は、族長の顔か』 〈草原の民〉の言葉で妹と話すトグルの横顔を、隼は眺めた。

 ここ数日、隼は、興味をもって族長兄妹を観察していた。それで、この男の持つ数少ない表情の見分けがつくようになっていた。

 冷静で感情の表現に乏しいのが、草原の男達の特徴で、美徳ともされているらしい。トグルの場合、奇妙に思える程、それが徹底されていた。

 妹のタオですら、兄の表情は読めないらしく、時折、彼に向かって脈絡もなく 「兄上、怒っておられるのか? 何か、気に障ることを言ったか?」 と、問い掛ける始末だ。

 そんな時、トグルの方は、大抵ぼんやり考え事をしていただけで、憮然と、或いは明らかに呆れて(それでも無言で)じろりと妹を睨み返すのが常だった。


 リー・ディア将軍のように、王侯や貴族というものは周囲にかしずかれているものだと、隼は考えていた。その見方からすると、タオもトグルも、炊事や馬の世話まで自分でする、およそ貴族らしからぬ貴族だ。

 しかし、彼等の一挙手一投足は、常に氏族の関心にさらされている。そのことが、トグルに、徹底した無表情を作らせたのかもしれない。一日のうち、食事の際しか口を開けないのではないかと思える程、寡黙だった。

 風化した岩石を思わせる険しい風貌で、新緑色の瞳がするどい光を宿している時、隼は、それを『族長の顔』と勝手に名付けた。笑っていようが喋っていようが、眼光の鋭さは変わらない。相手の心の裏側までているようで、容赦がない。そんな彼の面差しを、隼は、鷲に似ていると思った。

 リー・ディア将軍の兵士達を指揮し、隼に自分の考えを話す時の鷲と――謀略をめぐらせ、氏族の者に己の意志を伝える時のトグルは、似ていた。

 守るべきものがあり、果たすべき使命を与えられると、人は――男は、似た表情になるのかもしれない。


 トグルの眼から、鋭さが消えることがある。別人のように雰囲気が和らぐひとときが。

 馬頭琴モリン・フールを奏でる集中した横顔は、キイ帝国に対して策謀をめぐらせている時とは、全く違っていた。

 従軍している少年兵の一人と馬で競争したときには、本当にたのしげで、タオと隼にみつかると、照れたように苦笑して視線を逸らした。

 思慮ぶかく感情をあらわすことに不器用な青年の顔が、大陸全土を震えあがらせる狼の民のおさの顔と、交互に、或いは混在して出現する。

 どちらが、この男の、真の顔なのだろう。――否。どちらの自分を、トグルは、より真のものにしたいと思っているのだろう?

 草原の黒い狼と異名をとる男を眺めながら、隼は、そんなことを考えていた。



「ハヤブサ殿も、一緒に来るか?」


 兄妹が同時に振り返り、トグルの濃緑色の瞳とまともに目が会って、瞬間、隼はドキリとした。


「え?」

「……これから、オボがある」


 特に大声を出す必要のない時、トグルは、独り言のような喋り方をする。ぼそぼそと言う声が、風に吹き飛ばされてしまいそうになるのを、隼は聴き取った。


「オボ?」

「長老達の許しが出たのだ、ハヤブサ殿」


 並んで立つと、いかにもこの兄妹はよく似ているのだが、兄に表情が無さ過ぎるせいで、妹の表情の豊かさが際立つ。タオは、兄と同じ真夏の木の葉色の瞳を喜びにきらめかせ、声を弾ませた。


「本来、女が加わることのない祭りなのだが、特別に、客人ジュチの参加を許された。観に行かないか? ハヤブサ殿。貴女が行くのなら、私も一緒に行ける」

「ああ、いいよ」

「観ても、つまらんぞ」


 断ると、タオの方が、がっかりしそうだ。そう思って隼は頷いたのだが、トグルは素っ気なかった。胸の前で腕を組み、片脚に重心をかけ、無愛想に言う。


「ナダム(夏祭り)では、ないからな。特に、変わったことをするわけではない。堅苦しい祭祀と、長老会があるだけだ。退屈だぞ」

「兄上はそうだろうが、」


 くすくす笑い、タオは言い返した。トグルの片方の眉が、戸惑ったように持ち上がる。


「ハヤブサ殿には、ハヤブサ殿の見方があるだろう。私にも。……いいではないか。つまらなければ、勝手に抜けるさ」


 トグルは、隼を顧みた。隼は、肩をすくめた。


「他に、することもないしな」

「……好きにしろ」


 彼女の皮肉はトグルには通じなかったらしく、単調に呟き、くるりと踵を返した。綺麗に編んだ黒髪が、動作に合わせて翻る。タオに貰った剣と同じ長剣を、腰に佩いていた。

 隼は、馬の手綱を手に、彼の後に従った。


『なんだかんだと言いながら、こいつが律儀なのは……何かあると、必ず、タオを寄越すか、自分で迎えに来てくれるところだよな』

 その気になれば、幾人でも、身の回りの世話をする従者を持つことも、妾をはべらすことも出来るのだろうに。ときおりタオが様子を観に行くほかは、完全に独り暮らしを守っている。隼は、タオに預けられていた。

 『客人ジュチを扱うのは、俺の役だ』 という自分の言葉を、忠実に守っている。彼のことを、隼は、どう思えば良いか判らなかった。

 否、どう思っているのか。

 いい奴……だと、思う。しかし、いざという時には、斬らなければならない。――斬れるのか、本当に。斬れなくなってしまうことを、怕れているのか……?

 そろそろ、自分の気持ちに真剣に向き合う必要があると、隼は感じ始めていた。



 軍勢を迎えに来ていた草原の人々が、トグルに道を開ける。殆どが女性だ。

 トグリーニ族の女達は、タオと同じく長い黒髪を三つ編みにして背中へ垂らし、色とりどりの鮮やかな長衣を着て、帽子をかぶっていた。彼女達は族長を目にすると、両膝を着いてしゃがみ、帽子を脱ぎ、額を地に擦りつけんばかりに平伏した。

 隼は驚いて、タオに訊いた。


「いつも、こうなのか?」

「ハヤブサ殿に、しているのだ」

「へ?」


 平然としているタオの言葉に、隼は、眼をまるくした。トグルが、顔だけで振り返る。


「……天人テングリは、遊牧民の神だからな」


 トグルは、かすかに唇を歪めた。


「俺達も、例外ではない。……どうした。嫌ならば、止めさせるぞ」

「是非、そうしてくれ」


 隼の硬い口調に、トグルはわらった。女達に向き直り、彼等の言葉で話し掛ける。

 女達は顔を上げ、きょとんと、トグルと隼を見た。


「おかしな天人テングリだな」


 タオは笑ったが、ただ跪くだけでなく身体の全てを投げだして平伏する彼女達の姿は、隼の背筋を寒くした。ぞっとして呟く。


「化け物と呼ばれる方が、マシだ」

「ハヤブサ殿?」

「何でもない」


 タオは、怪訝そうに彼女の顔を覗き込んだ。隼は首を振った。

 族長に窘められた女達は、互いに顔を見合わせたり首を傾げたりしながら、立ち去っていった。

 トグルは隼を振り向いた。冷たく輝く新緑色の瞳に、深い翳が宿っている。隼は、自嘲をこめて訊ねた。


「悪いな、勝手を言って……。何て言ってくれたんだ?」


 しかし、トグルは答えなかった。容赦のない双眸で、じろりと隼を眺めると、無言のまま踵を返した。

『気を悪くさせたんじゃないかと、気になるな』 隼は唇を舐めたが、彼の機嫌をとる気はないので、黙っていた。


 あの日――隼が鷲の計画をうち明けた時から、トグルも、何事かを考えているようだった。こんな風に、彼女を眺めるときがある。観察しているのだろう。

『こいつ次第なんだよな……』 承知している隼だが、だからと言って、おもねるつもりはない。


 タオが、代わりに通訳してくれた。


「ウル・ケルカン(白の聖山)の天人テングリは、拝礼を嫌う。面を上げよ」


 まあ、そんなもんだよな。――隼は、苦嘲いした。

 隼達が本当は何者なのか、彼女自身にもよく判っていないのだ。ましてトグルが、説明出来るはずもない。

 しかし――と、思う。

 『化け物』 と呼ばれたり、『天人』 と呼ばれたり……。自分というものを、他の何者でもない自分として認めて貰うには、いったい、どれほどの時間と努力が必要なのだろう。


 隼が沈んでいるように見え、タオは気遣った。


「ハヤブサ殿?」

「何でもないよ」


 女達の一人が近づいて話し掛けたのは、馬を預かるということらしかった。

 彼女等が集まっている場所を抜けると、いきなり視界が開けたので、隼は、息を呑んで立ち止まった。



 人と馬の群れを抜け(まだ、隼に拝礼しようとする者がいたが)、トグルが案内してくれた祭祀の場は、正面に雪をいただいたリバ山脈、左手にアルタイ山脈を望む、広大な草原の一角だった。

 中央に儀式のための場を空けて、黒い戦闘服を着たトグリーニ族の男達が―― 一万人を超える軍勢が、東西に分かれて長の到着を待っている光景は、隼を圧倒せずにおかなかった。

 トグルは悠然と、迎えに来た長老に剣を預けている。威厳に満ちた男の背を、隼は見送った。

 タオが彼女を促す。トグルの歩いた道筋に沿って並ぶ長老達の前を横切り、さらに上座へ案内された隼は、ひどく心もとない気持ちになった。


「我々には、多くの神が居るのだ、ハヤブサ殿」


 緊張している隼に、タオは、たのしげに耳打ちした。


「貴女は、知らぬであろうな。草原と大地の神オボは、旅の神でもある。我等の父方の祖狼の故郷であるアルタイ山と、母方の祖霊インカリアイの故郷のハン・テングリ山には、天人テングリが住む。貴女がたがリバ山脈と呼ぶ山の、ほら、あの頂きだ」

「ハン・テングリ?」

「我々は、〈白の山ウル・ケルカン〉と呼ぶ」


 聖山の名を直接口にしてはならないという習慣を持つ草原の娘は、微笑した。


「ケルカンって、一つじゃないのか?」

「聖なる山と言えば、全ての山は、我々には、冒すべからざる聖域となる。ラオスも、カーラも、ブルカンも……。天人テングリの棲む山は特別だ。〈黒の山カラ・ケルカン〉には、月と星の力を司る黒い天人 《星の子》が。〈白の山ウル・ケルカン〉には、太陽の化身である白い天人が棲む。それが、我等の神話だ。……アルタイ山の精霊は、狼に姿を変えて我々の父となり、天人は、白狼インカリアイを創って我等の母となされた。我等の身体には、狼の血が流れている。太陽神は使者として馬を遣わした。ハヤブサ殿。貴女は、ここでは白い天人だ」


 誇らしげに瞳を輝かせるタオを、隼は、まじまじと見詰めた。舌をまく思いで。

『そうか……。だから、最初に逢った時から、やたらとあたし達に愛想が良かったのか』


 隼は、自分達の国の神話しか知らない。化身アヴァ・ターラと呼ばれることは理解出来ても、ルツや雉のような特殊な能力を持つ人間を、天人テングリと呼んでいるのだと考えていた。

『あたし達は、本当に、〈草原の民〉のことを知らないんだな……』 今更ながら、苦々しく思った。


 トグルは、馬乳酒アイラグの入った牛角型の黄金の杯を捧げ持ち、小声で祈りのことばを唱えている。――離れた位置から彼を眺め、隼は思った。

『こいつのことも、何も知らない。無茶なことをしているな、鷲。あたし達は』


 慣れた手つきで馬乳酒を天に捧げたトグルが、杯を長老の一人に渡すと、誰かが大声で号令し、男達は帽子を脱いだ。

 トグルは、腰帯ベルトも外して首に掛けた。帽子を持った両手を合わせ、拝むような仕草をする。跪き、地面に触れるまで、深々と漆黒の頭を下げた。

 男達も同じことをした。タオも。ハン・テングリ山に向かって三度。アルタイ山脈に向かって、三度。

 彼等の拝礼が終わるまで、隼は、立ち尽くしていた。


「*****!」


 トグルが立ち、帽子を持った片手を挙げて叫ぶと、男達の間から、うおーっ、おおーっという歓声が湧き起こった。

 帽子をかぶりながら、トグルは、一瞬隼を見遣ったが、隼に、彼の表情は判らなかった。

 男達が歩き出す。列を崩し、表情を崩して。呆然としていた隼の肩を、タオが押した。


「行こう! ハヤブサ殿も」

「あ、ああ……」

 さすがに、これだけの人数が一斉に動き出すと壮観だった。しかし、悪い雰囲気ではない。



 リバ山脈へ向かって丘を登る男達の表情は和らいでいた。若者も老いた者も、肩を組んだり、唄を歌ったりしていた。帽子を振り、腕を振る。

 トグルは、ゆっくりした足取りで歩きながら、腰帯ベルトを直している。口を噤み、物思いに耽っている様子だ。

 隼は、くつろいだ雰囲気は嫌いではないのだが、トグルは逆に、周囲に人が増えると心を閉ざしてしまうらしかった。濃紺の優美な長衣デールが、黒ずくめの男達の間で鮮やかに風に翻るのを、隼は、目で追った。


 丘の頂上には、円錐型に石を積み上げた祭壇オボがあり、周りには白い大きな幟旗のぼりばたが立っていた。風に、ばたばたと音をたてている。

 男達は、手にした柳の枝を祭壇に立てた。一人が一本ずつ。彼等が集団で丘を登るのに巻き込まれた隼は、どうしたらいいか判らなくなり、急いでタオの傍に戻った。

 丘のあちらこちらで、高い笛の音が鳴った。角笛だ。牛角型の杯に盛った馬乳酒アイラグを、男達は、次々に飲み干した。声をあげて笑う。

 タオが、隼の上着の袖を引いて、一本の柳の枝を差し出した。


「ハヤブサ殿も、さあ」

「いいのか?」


 どこから持って来たのだろう、見渡す限り木など一本も生えていない草原から。――思ったが、白髪の長老の微笑に促され、隼も、枝を捧げることにした。

 大柄な草原の男達の間をすり抜けて、祭壇の上に盛られた土に、枝を刺す。よく観ると、細い枝の先には、小さな芽が出ていた。

 タオに勧められるまま馬乳酒アイラグを口にした隼は、軽く眩暈がした――酒に強い方ではないのだ。タオと長老に笑われながら、目で辺りを捜すと、トグルは煙管を片手に避難させて、別の男と飲みを競っていた。


 最後は、小さな布を、風に散らす。蒼天にいます神に願いが届くよう、小さく切った旗を、風に撒くのだ。今年の旅の安全を感謝し、来年が良い年であるようにと、祈る。

 隼の目に、それは、黄金色の草原に咲く白い花に見えた。花びらさながら風に舞い、渦巻いて飛んで行く。

 仲間のところまで届くだろうかと、隼は思った。


『鷲。雉……あたしは、しばらくここに居るよ。知ってみようと思う。〈草原の民〉を』


 トグルがいた。馬乳酒アイラグを零しそうになって、初めて、仲間に笑顔を見せている。隼は、眼をすがめた。

『そうだ。鷲』

 トグル・ディオ・バガトルを――。





~第四章へ~

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