第一章 天人(4)

*R15です。かなり下品な暴言が登場します。ご容赦下さい。



            4


 リー・ヴィニガ女将軍は、約五千人の無傷の軍勢を率いて、スー砦に到着した。


 兄将軍づきだった兵士達は、重傷者をのぞき、砦の外へ出された。建物内へ残っていたルツと雉以外の一行(鷲、オダ、鳩、そして鷹)は、負傷兵の移動の手伝いや、看護用の天幕を張りなおす作業に追われた。

 それで、セム・ギタの部下が彼等を捜しあてたのは、空がくれないに染まり始めた頃だった。長身でめだつ鷲も、外套を頭からすっぽりかぶり、身を屈めて兵士達の手当てをしていたので、判らなかったらしい。

 まだ若い兵士が、鷹の黒髪をみつけて駆けて来た。たどたどしい言葉で話しかける。


「タカ様……デスか? 〈黒の山カーラ〉の天人テングリを呼べと、ヴィニガ姫がオオセで……」

「おう。俺か?」


 鷲が、若葉色の眼を細めて兵士を見上げた。彼は一瞬、ギョッとした。

 鷲は頭巾を脱ぎ、ほつれた髪を掻きながら腰をのばすと、無精髭に埋もれた唇を歪めた。


「ずいぶん気の早い呼び出しだな。お姫様には、兄貴の部下はどうでもいいのか? 俺達を呼ぶより先に、することがあるだろう」


 到着したばかりの新しいあるじの悪口を、さっそく叩く。兵士は、不安そうに辺りを見回した。声をひそめる。


「姫は、興奮シテいる、です。《星の子》を呼んで……今、セム・ギタが話してイます。天人テングリを呼べ、ニーナイ国の公使を連れて来いと……イウのは、大変ココログルシイ、です。喚イテ、参謀殿、手をつけられない、です」


 鷲は、目だけで鷹を顧みた。オダと鳩も、息を呑んでいる。


「セム・ギタは、呼ぶナと話してイます。でも、姫は《星の子》を手討ちにしそう、です。ワシ様、何とかしてクダサル、と――」

「『様』 は、いらねえよ。判った」


 鷲は外套を脱ぎ、傍らの老兵の膝にそれを掛けた。片腕を首から吊った兵士は、曲がった背をさらに屈めて一礼した。

 鷲は、兵士を促した。


「案内しろ。……オダ」

「はいっ」

「行くぞ」

「はいっ!」


 少年の瞳が、ぱっと輝いた。幼さを残した顔が、引き締まる。

 鷹は頼もしい思いでオダを見遣った。鷲は頓着せず、いつもより少し早い歩調であるき出した。鷹とオダは、遅れまいと後を追った。鳩は、ずっとオダの傍について来ている。


 兵士達でごった返す内庭を縫うように歩き、砦の建物に入ると、甲高い叫びが聞えた。


「…………?」


 鷲は立ち止まり、広間の扉を指差した――嫌そうに。案内した兵士は頷いた――おそるおそる。そして、肩をすくめる鷲の後ろへ、彼は下がった。

 オダと鳩も、眼をまるくして扉を見詰めている。

 鷲は再度、天を仰いで嘆息した。


 心持ち勢いをつけて、彼は扉を押し開いた。中にいたルツと雉が振り返る。その顔に、ホッとした表情が浮かぶ。二人は、リー・ディア将軍づきの年配の兵士達に、守られるように囲まれていた。

 鷲は、部屋の左奥へと歩いていく。鳩が、彼の背中にくっついた。


 姫将軍の側近らしい、真新しい甲冑をつけた兵士達が、壁際に並んでいた。突然入って来た一行に注目している。特に、大男の鷲に。

 鷲本人は、彼等の反応を完全に無視した。部屋のほぼ中央まで来ると、左手を腰に当て、左脚に重心をかけて立ち止まった。ゆらりと身体を揺らし、まだ怒鳴り合っている男女を見下ろす。


「わ、鷲殿!」


 夢中で言い合いをしていた男女は、気配を察して振り向いた。セム・ギタと、リー・ヴィニガ女将軍だ。二人とも息を呑んだ。一人は、危険を察知して。もう一人は、声も出せない程の憤りの為に。

 鷲は、ぶっきらぼうに話しかけた。


「何から何までご苦労だな、ギタ。だけど、俺達は、自分てめえで自分のケツを拭えないほど子どもじゃないぜ」


 この台詞に、セム・ギタは恐縮して一礼した。しかし、椅子の傍を離れようとはしない。

 椅子に座った人物は、怒りと殺気にみちた瞳で鷲を見た。


「貴様が、ワシか」

「あんたが、姫様か」


 鷲の声に潜むかすかな侮蔑を聴きとって、姫将軍の頬がひきつった。鳩が鷲の背に――正確には腰帯ベルトに挟んだ上着の裾に、しがみつく。

 鷲は不動で、むしろ飄々としていたが、姫将軍の殺気は、傍にいるオダと鷹の背筋を凍らせ、口の中をカラカラにさせた。


 キイ帝国人特有の金赤毛は、まさに燃える炎のようだった。波をうって肩を覆い、胸に達している。皓い肌に、金の縫いとりを施した白い衣装。紫色の外套が、鮮やかに映えている。

 華奢な身体に似合わず、顔立ちは大人びて美しく、憎しみに歪むさまが痛々しかった。藍色の瞳は興奮して煌めき、もし視線で人を射殺すことが出来るのなら、鷲は即死していただろう。


 鷲は片方の眉を上げ、激情のあまり口の利けなくなった彼女を、しげしげと眺めた。オダとそう変わらない彼女の幼さに驚いたのだ。

 姫将軍は、鷹と鳩を見て我に返ると、張りのあると言うよりとにかく甲高い声を響かせた。


「トグルート(トグリーニ族のキイ帝国での呼び名)までおるのか! 貴様ら、どうやって入って来た!」

「鷹と鳩は、〈黒の山カーラ〉の巫女です。手を出すと、私が承知しませんよ」


 ルツと雉が歩み寄った。長杖を掲げた《星の子》の台詞に、姫将軍の部下達は、戸惑って顔を見合わせた。

 鷲は、肩をすくめた。


「だとよ」

「黙れ!」


 セム・ギタが止めるのも聞かず、姫将軍は立ち、怒りに震える指でルツを差した。


「貴様と同罪だ、《星の子》! 貴様が兄上を、死に追い遣ったのだろうが! 全員、首を刎ねてやる。そこへなおれ!」

「姫様! どうか、落ち着いて下さい」


 セム・ギタが、剣を抜こうとする姫将軍の腕をあわてて制した。ルツは、哀しげな黒い瞳で彼女を見詰めた。鷲も動かない。

 リー・ヴィニガ姫は、セム・ギタの手を振りほどき、懐から見覚えのある紙を取り出した。


「こんな、紙切れ一枚で……!」


 叫びすぎ、喚きすぎて、彼女の声は掠れていた。ギタと鷲に遮られて、それ以上ルツに近寄ることが出来ない。わななく手に手紙を握りしめ、まだ少女とも言える将軍は、吐き捨てた。


「兄上が死ぬと知っていながら、何故止めなかった? 《星の子》! 貴様は国境の守り神でありながら、兄上を見殺しにした! ニーナイ国の公使は何処だ? 国を守る力もない者が、兄上を巻き込みおって!」

「……はい」


 緊張で蒼ざめながら、オダが片手を挙げた。姫将軍は、するどく息を吸い込んだ。大きな目が、さらに大きくみひらかれる。次の瞬間、彼女は、本当に剣を抜こうとした。


「貴様が……!」

「いけません、姫様!」


 セム・ギタが剣の柄をおさえた。兵士達も身構えたので、ギタは、彼らにも呼びかけなければならなかった。


「ここでオダ殿を斬っては、ニーナイ国をも敵にまわすことになりますぞ! ルツ様は、オン大公の陰謀を察して、トグルートの力を削ぐ必要があると助言しに来られたのです。殿は、戦で命を落とされようとも、悔いのない覚悟をお持ちだった。姫様が取り乱されては、兄上のお心にもたがえることになりますぞ」

「黙れ!」


 ……鷲が顔を背け、苦虫を噛み潰した。世にも痛そうな音とともに、セム・ギタが――この屈強な兵士が、少女にはり倒されたのだ。彼は尻餅をつくと、その場に跪いた。

 姫将軍は、セム・ギタと彼の後方で跪いている兄の部下達を睨みつけ、小柄な身体を震わせた。


「ギタ! 主を守れなかった者が、偉そうな口を利くな! よくもわれの前に、顔を出せたな」

「お忿いかりは、覚悟しております」


 セム・ギタは、額を床にすりつけんばかりにして答えた。


「我等一同、どのような処分を受けようと、覚悟は出来ております。しかし、表に居る兵士達と天人テングリには、何の責もございません。どうか、ご容赦いただきたく――」

「待てよ」


 姫将軍が息を吸い込んだのと、鷲が声をかけたのが同時だった。ヴィニガ姫が、燃える巻き毛をゆらして振り返る。

 鷲は、苦嘲いしながらギタに言った。


「それが余計だって言うんだ。俺は、命乞いをしてくれと頼んだ覚えはないぜ。こんな小娘相手に」

「何だと?」


 姫将軍の黄金色の眉が、きりりと跳ね上がった。紅の唇から、白い牙が覗く。

 鷲は、目だけで彼女を顧みた。


「小娘を小娘と言って、何が悪い。さっきから黙って聞いていれば、誰彼かまわず当り散らしやがって、通り魔みたいな女だな。お前の兄貴は、もうすこし話の判る小僧だったぜ」

「貴様、兄上を侮辱すると、容赦せんぞ!」


 剣の柄に手をかけたままの姫将軍の袖を、セム・ギタが必死にひっぱっている。

 鷲は、皿のように目をみひらく彼女をじろりと見て、唇を歪めた。


「抜かせてやれよ、ギタ。相手になってやる。こういう女は、殴られて、二、三発ケツの穴にぶちこまれでもしなけりゃ、口の利き方が判らんだろう。もっとも、高貴なお育ちのお姫様のケツには、穴なんか無いのかもしれないがね」


『下品だ……』


 鷹が思わず顔を両手で覆いながら見ると、あまりの言葉に、姫将軍も毒気を抜かれていた。

 鷲の眼は決して笑ってはおらず、ぞっとするほど冷酷だった。


「俺は、わざわざこんな所まで、あんたのケツの皺を数えに来たんじゃねえぞ。ギタだって、ガキの尻を舐める為に生き残ったわけじゃない。こいつらの殉死を止めたのは、俺だ。文句があるのなら、俺に言って貰おうか」

「鷲殿!」

「どういう意味だ」

「リー・ディア将軍を殺したのは、俺だってことだ」


 セム・ギタが叫んだが、遅かった。彼の台詞に、姫将軍の殺気がさらに高まる。彼女の部下達も。

 鷲は、愉快そうに彼らを眺めた。腕を組み、重心を右足へ移す。


「俺達は、ニーナイ国を救けることしか興味はなかった。トグリーニに軍を退かせる為には、互いに牽制しあう両軍を、本気にさせる必要がある。将軍を殺して、そいつをトグリーニのせいにするのが簡単だ」

「貴様!」


 剣を抜こうとする姫の腕を、セム・ギタは制止し続けている。


「ルツの予知によると、あいつは死ぬ運命が決まっていたらしい。そう言われると、今度は、逆に救けたくなった」


 鷹には、鷲がどんなつもりでこんなことを言うのか分からなかった。雉とルツは、黙っている。オダも真顔だ。

 リー・ヴィニガ姫の動きは止まっていた。はりさけんばかりに眼を見開いている。


「予定を変更して、タオを殺すことにした。ところが、それが戦いを混乱させ、本気でなかったはずのトグリーニに、将軍を殺させた。俺達も、仲間を一人失った。だが、お陰でトグリーニはニーナイ国から手を退いた。これ以上、無駄な死人を出す必要はない」

「……それで、ほだされたというわけか」


 姫将軍の視線は、炎のように烈しかった。見据えられたセム・ギタと彼の仲間達は、項垂れた。

 ヴィニガ姫は、紅を刷いた唇を歪め、音の出るほど奥歯を噛み鳴らした。


「生き恥を晒すだけでは飽き足らず、裏切り者になろうというのだな。ならば、こちらも情けをかける理由はない」

「違います、姫様! 彼等は敵ではありませぬ!」


 セム・ギタが顔を上げた。鷲が喋ろうとするのを遮り、彼と姫の間に割り込んだ。


「鷲殿、何故そのようなことを仰るのです……。経緯はどうあれ、トグルート軍を退却させたのは、鷲殿の御力です。鷲殿と隼殿は、我等とともに戦っておられました。ルツ様と雉殿の助力がなければ、死者の数は現在の倍になったでしょう。……我々は、裏切ったわけではありません。このことを姫様の御耳に入れぬうちは、死んでも死にきれぬ思いだったのです」


 鷲は顔を背け、大袈裟に舌打ちした。

 姫将軍は、鞘に収めた剣でセム・ギタを指した。


「兄上を裏切り、こやつらの肩を持ったことに変わりはない。どのような力を持とうと、われには関係ない。こやつは、兄上を殺した! 自分達の利益の為に他人の生命を弄んだ。許すべからざる敵だ!」

「姫様」

「そのとおりだ」


 不思議なことに、姫将軍が殺気を高める程――怒りを燃やせば燃やす程、鷲は冷静に、不敵になっていくようだった。ギタにひらひら片手を振った。


「ギタ。頼むから、ちょいと黙っていてくれないか。このお姫様の言い分はもっともだ。有り難くって涙が出るくらい事実を突いているんだから、何を言っても無駄だろうよ。……お前達がいなくても、お姫様は、一向に困らないらしい。殺したいと言っているんだから、大人しく殺されてやろうじゃねえか」

「そんな、鷲殿……」

「どういう意味だ」


 情けない声を出す、ギタ。しかし、リー・ヴィニガ姫の方は、ふいに真顔になった。

 鷲の声には、嘲笑が含まれていた。


「純真なギタをこれ以上騙すのは、やめてやってくれ、と言っているんだ。下手な芝居もその辺で止めないと、いい加減白けるぜ、お姫様。綺麗事を並べるのは止めて、はっきり言ってくれないか。俺達の首が、とにかく必要なんだろう?」


 鷲がこう言った途端、姫将軍は黙り込んだ。

 セム・ギタが、鷲を見上げる。彼の口元には、しまらないにやにや嘲いが浮かんでいた。


「どういうことです?」

「お姫様は、どうでも俺達の首をとらなきゃならないんだ。兄貴がタオなんぞに殺られちまったから、大公と皇帝をなだめる為に、裏切者を片付けるしかないんだろう」


 セム・ギタは絶句して、鷲とヴィニガ姫を交互に見た。

 姫将軍は、しばらく鷲を睨みつけていたが、くるりと踵を返し、椅子の方へ歩き出した。

 鷲は声量を抑え、淡々と続けた。


「俺は、トグリーニ族の力を甘く見ていたから、将軍が死ねば、すぐに奴等とあんたの私戦にもつれ込むと思っていた。だが、今のリー家の力では、奴等には敵わない。大公が奴等と手を組んで挟撃するつもりだと解っていても、成す術がなかった。兄貴は、純粋に人道的な理由で戦ったわけじゃない。一か八かの賭けの口実に、俺達を利用しただけだ」

「…………」

「ミナスティア王国との盟約を破っても、ニーナイ国と〈黒の山カーラ〉の為だと、言い逃れが出来る。タオを生け捕りできれば、一石二鳥だ……。あんたは、兄貴の考えを知っていたはずだ」

さかしいことをぬかしおって」


 椅子に腰を下ろし、リー女将軍は呟いた。先刻ほどの怒りはもう、口調から消えている。代わりに、ひどく疲れた雰囲気があった。鷲を睨んでいたが、言葉を遮ろうとはしなかった。


「トグリーニには俺達の首を送って敵意のないことを示す。大公と皇帝には、ギタ達の首を渡さないと、将軍家が逆賊の汚名を着せられる。あんたには、例え一時は無力な存在に成り下がろうと、生き残って兄貴の汚名を雪ぐ義務がある。辛いところだよなあ、お姫様」

「姫様……!」

「退がれ、ギタ」


 動揺するセム・ギタを、姫将軍は一喝した。鷲を見て、忌々し気に言い返した。


「こんな事態を招いた張本人に、情けをかけられるいわれはないぞ」

「傍観者のたわ言だ。気にするな」


 鷲は肩をすくめた。

 姫将軍は眼を眇め、用心ぶかく言った。


「その余裕はどこから来るのか。貴様……ワシと言ったか。どうやって、我の心を読んだ。それが貴様の力なのか」


 鷲は、鼻の下の髭をこすり、その手で口元を覆いながら応えた。


「俺の考えでは、今のあんたが出来ることは、三つしかない」

「三つ?」

「一つは、玉砕覚悟でトグリーニと戦って、兄貴の仇を討つ。あんたにそのつもりがあるのなら、ギタ達が生き残ったことを喜びこそすれ、殺しはしないはずだ。トグリーニの軍勢の規模と戦術を知っているのは、こいつらだ。正直、味方の一兵も失いたくはないだろう」


 姫将軍は黙っていたが、藍の瞳は、きらきら輝きながら鷲を見据えていた。

 セム・ギタは息を殺して聴いている。

 鷲の飄々とした態度は変わらなかった


「二つ目は、今あんたがやろうとしている。自軍の兵力を削るのは、他人の注目を集めたくないからだ。トグリーニにも大公にも取るに足らない存在だと思わせて生存を図るには、裏切者を片付けて皇帝に恭順を誓うしかない。……あんた、ここへ来るのに、随分時間がかかったじゃないか。ルツの手紙で知っていたくせに、今ごろ喚き散らすのは不自然だ。――だから 『辛いな』 と言った。大公に、人質でも捕られているのと違うか?」

「姫様……!」

「三つ目は?」


 ギタが、感極まった声を上げる。姫将軍は、溜め息をついて椅子の背にもたれた。肘掛に両腕を預け、苦い顔で鷲を見た。


「憎らしい男よ。だがそれで、お前達の立場が変わったわけではないぞ」

「知っている。だから、切り札は残しておく。もう一つは、あんたは思いつかないだろう」


 鷲は嗤った。姫将軍の形の良い眉がきつく寄せられ、声に今までとは違う怒りが宿った。


「我の択るべき道に、我の思いつかないものが残されているというのか。貴様は予知できるのか。兄上の死のように」


 ルツは、眼を伏せている。鷲は、片手を顎に当て、思わせぶりに言葉を切った。


「……どうやら、喋り過ぎたらしい」

「貴様。我を愚弄する気か?」

「いいや、からかっている」


 セム・ギタとオダがはらはらと、雉が半ば憮然と見守る中、鷲は、人を喰った返事をした。


「愚弄するなんて、とんでもない。真面目にからかっている。あんたがどれほどの人間か、確かめているんだ」


 鷲の台詞の後半には、からかう調子はなく、目付きも鋭くなっていた。


「俺達は、自分の意志でここに居る。ギタのように、あんたに従う義理はない。いつでも、好きな時にここから消え去れるし、敵にも味方にもなれる。――それを決める自由は、こちらにある」


 兵士達は困惑して、身近の者と顔を見合わせた。

 リー・ヴィニガ姫は、じっと鷲を凝視みつめた。鷲は、片方の眉を跳ね上げ、挑むように彼女を見返した。

 やがて、姫将軍は舌打ちして視線を逸らした。口調は忌々しげだったが、声から怒りは消えていた。


「小賢しい奴だ。兄上を戦にまきこんだ時も、そうであったのだろうな。……ギタ」

「はい」

「こやつらを地下へ幽閉しろ。お前達は持ち場へ戻れ、われの部下として。正式な職務は、追って定める。まずは、兵達を休養させよ」


 兵士達の間から、安堵の溜め息がもれた。元々、同じ国、同じ将軍家に仕える者達だ。一方がもう一方を裏切者として扱わなければならないなど、身を斬られる思いだったのだ。

 不安げなセム・ギタに、ヴィニガ姫は首を振って応えた。


「言うな、今は。後で考える。……まったく、やっかいな者を、兄上は残して逝ってくれたことよ」


 セム・ギタは恐縮して項垂れたが、鷲は他人事のように片耳をほじっていた。

 姫将軍は、苛立って声を張り上げた。


「お前達、〈黒の山カーラ〉の天人テングリどもを、さっさと幽閉しろ! 特に、その男の顔を、二度と我に見せるな!」


 弾かれたように四、五人の兵士達が動いて、彼等をとり巻いた。雉とオダが、身構える。


「ちょっと待てよ」


 鷲は、腕を捕らえようとする兵士に抵抗はしなかったが、のんびり言った。


「トグリーニでも、女子どもの扱いは心得ているというぜ。まして、ルツは病人だ。手荒に扱うなよ。……代表者は俺だ。閉じ込めるんなら、俺一人にしろや」


 兵士達は、セム・ギタと姫将軍を顧みた。彼等には《星の子》を敬う気持ちがあり、黒髪のルツと鷹と鳩には、手を触れようとしなかった。大柄な鷲と雉も恐ろしいらしく、二人の視線を避けている。

 セム・ギタには決断する権限がない。彼は、新しい主人を見遣った。

 リー・ヴィニガ姫は椅子から立ち上がり、部屋を出ようとしながら、言い捨てた。


「我は知らぬ。よきに計らえ。その男が切り札とやらを話す気になるまでは、姿を見せるな。我の気が変わるか、こやつ等の首が必要となる時まで、砦から一歩も外へ出すでないぞ。セム・ゾスタ、ギタ! 一緒に来い」


 呼ばれて、姫将軍の参謀らしき中年の男とギタは、彼女の後に従った。

 セム・ギタは、心配そうに彼等を振り向いた。ルツは、優しく微笑んでみせた。


 主たちが部屋を出て行くと、兵士達は鷲を囲んだ。一人が彼の腕を引く。上着から引き剥がされてしまった鳩は、代わりに雉の腕にしがみついた。


「鷲、おい!」


 雉が呼ぶ。鷲は、兵士の後について行きながら振り返り、にやりと嘲った。仲間の顔をざっと眺め、鷹と目が会うと、申し訳なさそうに微笑んで、片手を小さく振った。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


鷲:「鷹に下品ってゆわれた……(がーん)」

雉:「下品だろ。間違いなく」

ギタ:「失礼ながら……下品ですね」

鳩:「下品よっ! お兄ちゃん!」

鷲:「さ、三段攻撃……(立ち直れない)」

オダ:「え? 何か言ったんですか?(聞いていない)」


 鷲は地下牢でしばらく反省させます(違う)。

 くれぐれも、よいこは真似をしないでください。作者より

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る