第一章 天人(2)


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 矢の斉射をうけて落馬した隼は、意識のないまま高熱をだし、四日間、生死のさかいを彷徨った。

 五日目、やっと開いた彼女の目に最初に映ったのは、心配そうにこちらを見下ろしている、黒髪の若い娘の顔だった。


「気がついたか、ハヤブサ殿。私が判るか?」


 流暢なニーナイ国の言葉で話しかけてくる草原の娘を見て、隼は口を開けたが、途端に身体をつらぬいた激痛に声も無くうめき、身を捩じらせた。

 思わず腹部へと動いた手を制し、タオは眉を曇らせた。


「動いてはいけない。声も出さない方が良かろう。あばらが三本折れているのだ。頭も強く打っている……。私の言うことが判るなら、頷いてくれれば良い」

「……肋骨あばらが? どうりで……」


 呼吸するのにも痛みが伴ったので、隼は、そろそろと息を吐いた。柔らかな柳の枝で編んだ寝台に、身を預ける。額に巻かれた布に手を触れ、苦虫を噛み潰した。

 隼の声は掠れていたが、紺碧の瞳に宿る光は、変わらずに澄んでいた。

 タオは、安堵の笑みを浮かべた。


「ここは、私のユルテ(移動式住居)だ。安心なされよ。男は来ない」

「……何故、あたしを救けた?」


 隼は眼を閉じ、息だけで囁いた。


「どうして、殺さなかった?」

「戦場で女を殺すトグリーニは、いない」


 隼と同年代の娘は、羊の毛を織った厚い敷布の上に胡座を組み、自ら薬湯を煮つめながら、張りのある声で言った。隼が薄目を開けているのを見て、皮肉っぽく嘲う。


「放っておけば、貴女あなたは馬に蹴り殺されただろう。動けない貴女を男どもに任せては、何をするか知れたものではない。故に、私が手当てをした。……良かった、ハヤブサ殿。一時は本当に死んでしまうかと思ったぞ」

「お前、言葉、上手くなったな」


 隼は、他人事のように彼女の台詞を聞き流し、ユルテの中をみまわした。タオは、嬉しげに頬をゆるめた。


「貴女と別れてから、練習したのだ。話すことは出来る。しかし、早口で喋られると、まだちょっと、解らない」

いくさはどうなった?」


 柳の木を格子に組んだ壁には、羊毛を圧した布(フェルト)を重ね、二本の柱で支えられた半球状の屋根のてっぺんには、明りとりの窓が開いている。そこから差しこむ光が、床の敷布に織り込まれた模様を、鮮やかに照らしている。

 トグリーニ族の紋章である黄金の鷲獅子グリフィンを描いた紺色の旗が、壁に架かっているのが目を引いた。


 隼は、タオが黙りこんだのに気づいて、彼女に視線を向けた。長い黒髪を数本の三つ編みにまとめた娘は、薬湯を陶器の椀に注いでいるところだった。


我等われらが勝ったと言えるのだろうが――」


 タオは、濃い緑色の液体を入れた椀を隼に手渡し、言い淀んだ。


「妙なことになっている。リー・ディアの首級を挙げたところまでは良かったのだ。その後、得体の知れない光に、我等ははじき跳ばされた。あれが、天人テングリの力か。ハヤブサ殿、貴女の仕業なのか?」


 隼は薬を受け取ったものの、身を起こそうとして顔をしかめていた。

 タオは、彼女をたすけ起こすと、細い背に枕をあてがった。肩をすくめて続ける。


「あの光のせいで、我等は退却するはめになった。兄上の軍と合流している。スー砦からは、三十五キリア(約三十キロメートル)離れた」

「トグリーニ族の本隊か」


 薬を気味悪そうに見ていた隼が顔を上げると、タオは彼女に横顔を向け、舌打ちした。


「貴女は奇妙に思われるかもしれないが。我等は、リー・ディアと戦うつもりはなかった。私は、兄上に砦の監視を命じられていただけだ」

「…………」

「リー将軍の方も、戦うつもりは無かろうとふんでいた。ところが、戦闘が始まると、奴等はブルクのように突進してきおって……。我々自身を守る為に、リー・ディアを殺さなければならなかった」


 先陣をきって突撃した覚えのある隼は、自嘲して唇を歪めた。タオはそれに気づいた風はなく、溜め息まじりに首を振った。


「私はどうやら、不興を被ったらしい。兄上は、軍を退いてしまった。まさか、キイ帝国と戦うつもりになられた訳ではあるまいが」

「いいのかよ。あたしを救けて」


 隼の口調は、からかいを帯びていた。白銀色の睫に縁取られた紺碧のひとみに見詰められ、タオは口ごもった。


「いいも悪いも。我等が得たのは、リー・ディアの首級と貴女だけなのだから、仕方あるまい。だいたいどうして、ナカツイ王国のカールヴァーン(隊商)にいた貴女が、あんな所にいたのだ?」


 隼は、血の気のない頬に苦笑を浮かべ、瞼を伏せた。

 タオは、呆れて首を振った。


「ハヤブサ殿。私は貴女と、チャガン・ウス(キイ国の小村)での決着をつけると約束した。私が望む決着は、こんな形のものではない。傷を負った貴女と戦って、何がたのしい。キイ帝国との戦のどさくさに貴女を倒したとて、何が嬉しい。私は、正々堂々と、貴女と剣で勝負をしたいのだ」

「……そんなことを、言ったっけな」


 低めの声をひそめて、隼は嗤った。喘ぐように息をつき、苦痛に片方の頬をひきつらせる。

 隼がまだ薬を飲むのを躊躇しているので、タオは哂った。


「変わった天人テングリだな、貴女は。この世の者とは思えぬのに、人間くさい。血を流し、傷つき……不思議な力で、五千の騎馬をなぎ倒す。かと思うと、今の貴女に、敵意も警戒もないように見える」


 隼は思いきって薬を飲み干すと、不味そうに顔をしかめた。タオは、声を出して笑った。


「まあ良い。どうせ、貴女は動けぬ。一緒にいれば、やがて疑問も解けるだろう。ゆっくり養生されよ。私は、兄上を迎えに行って来る」

「……ありがとう、タオ」


 タオは立ち、外套を羽織りながら彼女を見た。新緑色の瞳は鋭く、若いおもてには、生命の力が満ちている。

 タオは、不敵に微笑んだ。


「初めて、私以外で、剣を手に戦う女を見た。剣で、男と対等にわたりあえる女性を。早く元気になって、また勇姿を見せてくれ」


 ユルテを出て行くタオの背を、隼は、眼を細めて見送った――眩しげに。タオが扉を開けた時、外で警護をする男達の姿が、ちらりと見えた。


 扉が閉まると、隼は、そろそろと息を抜いて寝具に身を沈めた。独りごちる。


「良かった。無事だ」


 オダは、鷹は、鷲は。――とりあえず、それが判っただけで、満足だった。

 トグリーニ族の本隊がひきかえし、ニーナイ国は救われた。当初の目的は達せられたわけだ。後は、何とかなるだろう。

 隼は、己のことは殆ど心配していなかった。明日殺されるとしても、安心して逝けそうな気分だった。


『守ったぞ、鵙姉もずねえ……あたしは』


 心の中で、呼びかける。まなうらには、懐かしい、今は亡き仲間の姿が浮かんでいた。


『あたしは、今度は間に合った。あいつらを、死なせずに済んだ。鵙姉、あとを頼む。

 鵙姉、とび。あいつらを、守っていてくれ……』


             *


 隼が次に目覚めたのは、夜中だった。天窓から蒼白い半月が覗いていたので、そう判断した。

 深夜にもかかわらず、ユルテ(移動式住居)の外は騒々しかった。馬蹄の音や、言葉は判らないが言い争う男達の声が聴こえてくる。

 隼は、ぼんやり天井を見詰め、耳を澄ませていた。ユルテ内には彼女しかおらず、毛布にくるまっていても肌寒いくらいだ。

 やがて、人の声が止み、馬の群れの気配が、ユルテの前を通り過ぎた。扉がきしみ、一つ、二つの人影が、すべるように入って来た。

 闇にれた隼の目にも、全身を黒装束でかためた彼等を背景と区別するのは、容易ではなかった。

 彼等は音もなく動いた。隼は、奥歯に力を入れて身体を緊張させたが、声は発しなかった。己の居場所を報せてやる義理はない。


「*****、***。……***」

「***」


 人影は、ひそめた声で、短く言葉を交わした。背の高い方が男で、低い方が女だ。

 隼は、詰めていた息を抜いた。


「何だ。タオか」

「ハヤブサ殿?」


 タオの方が、驚いた。石と金属を打ち合わせる音とともに、闇の中に火花が散る。灯火に、外套を頭から被った人物が、二人、照らし出された。


「起きておられたのか」

「今、目が醒めた。……誰だ?」


 問いながら、隼には見当がついていた。厳格な遊牧民の習慣のなかで、夜にタオのような年頃の女性のユルテ(移動式住居)に入れる者は、限られる。

 灯火が柱に架けられ、室内はにわかに明るさを増した。男は、タオに続いて外套を脱ぎながら、鮮やかな新緑色の瞳で彼女を見た。


東方ヒルディアの訛りがあるな」


 雉よりも低く、鷲ほど太くはない声だと、隼は思った。タオより流暢な交易語だ。


「こいつ本当に、〈黒の山カラ・ケルカン〉の天人テングリか?」

「ハヤブサ殿。私の兄、トグル・ディオ・バガトルだ。ご存知のとおり、我が氏族の十七代目の長だ」


 隼は、外套を無造作にたたんで胡座を組む男を、黙って見下ろした。


 年齢は、鷲と同じくらいだろうか。リー・ディア将軍に会った時と同じ意外さを、彼女は感じた。背はすらりと高く、そのせいで、痩せて見える。顔立ちはタオに似て、同腹の兄妹と言うだけのことはあった。妹よりがっしりとして、荒削りだ。――剥き出しの、岩壁を思わせた。髪は真っ黒で長く、首の後で三本に編み別けられているから、おそらく量も多いのだろう。

 眼にかかる前髪の下に、真っ直ぐな眉と、眼尻のやや吊り上がった切れ長の眼があった。タオと同じ濃緑色の眸は鋭いが、意外にしずかに彼女を見返した。


 しばらく彼等は身動きせずに、お互いの顔を見詰めていた。やがて、トグルはうすい唇を歪めたが、瞳に笑みはなかった


「ハヤブサ、と言ったな。タオは、お前のことを天人テングリと呼ぶが、本当にそうなのか?」

「知らない」


 隼は、囁きで答えた。


「タオやセム・ギタが、勝手に、あたし達をそう呼んでいる。あたしの知ったことじゃない」


 トグルは表情を変えなかったが、わずかに片方の眉を持ち上げた。その仕草は、隼に、仲間の癖を思い出させた。

 彼はまた訊ねた。


「お前はチャガン・ウス(キイ帝国の村)でニーナイ国の子どもを庇い、今度の戦では、俺達をなぎ倒した。あれは、天人の力ではないのか?」

「それは、あたしじゃない」


 声を出そうとして、隼は、痛みに息をついた。トグルのかおは動かない。


「多分……それは、ルツか雉の仕業だ。……あたしにそんな力は、ない」


 タオが、三人分の乳茶スーチーを淹れながら、控えめに声をかけた。


「兄上、ご覧の通りだ。今のハヤブサ殿は、我等と戦うことはおろか、自力で動くことも出来ない。どうかこのまま、私のユルテに、客人ジュチとして留め置くわけにはいかぬだろうか」


 トグルは、お茶を口に運びながら、考え込んでいる。

 タオは、隼と兄を不安そうに見比べていたが、隼が起き上がろうとしたので、またその背に枕をあてがった。

 妹からお茶を受けとる隼の仕草を、トグルは黙って眺めていた。再び話しかける。


「お前の仲間は、スー砦に居るのだな? 《星の子》もか」


 隼は頷いた。トグルの眼が、やや細くなった。


「異国人のお前達が、何故、リー・ディアと共に戦っていた? 〈黒の山カラ・ケルカン〉は、国境を守るのが務めだろう。お前達、《星の子》に何を吹きこんだ?」


 タオは息を呑んだ。

 隼は、次第に鋭くなる男の眼を見詰めた。どこかで見たことがある気がした。そうして、彼が獲物を追う狼さながら唇を歪めたので、思い出した。


「お前達、最初からリー将軍をけしかけるつもりで、聖山ケルカンに向かっていたわけではなかろうな。俺達とキイ帝国を、戦わせるつもりか」

「……その通りだ」


 そろそろと息を吐き、隼は答えた。――ああ、鷲だ。こいつの目は、鷲に似ているんだ。鳶がまだ、生きていた頃の。

 タオが、ぽかんと口を開ける。


「《星の子》は、この戦いでリー・ディア将軍が死ぬと予知した。妹のリー・ヴィニガに連絡している……。ディア将軍が戦死しなければ、お前達は、ニーナイ国から手を退かないだろう。あたし達は、ニーナイ国を救うために、〈黒の山カーラ〉へ向かっていたんだ」

「よく、そんなことを、《星の子》が許したな」


 タオが呆れ声で言った。

 トグルが小刀をとりだしたので、何をするつもりかと隼が観ると、彼は岩塩を削って自分の乳茶に入れていた。味をととのえた茶を、無表情に口へ運んでいる。

 隼は、自嘲気味に哂った。


「あたしは、タオを殺すつもりだった」

「…………」

「タオか、リー将軍か。どちらが死んでも結果は同じだ。なら、リー将軍を死なせるより、タオの方が寝覚めが悪くない……。ところが、結局リー・ディアを殺されて、あたしは、殺そうとしていた当のタオに救けられている。いい恥晒しだ」

「ハ、ハヤブサ殿――」

「……面白いことを言う奴だ」


 タオは蒼ざめたが、トグルは不思議に穏やかだった。敵意もいかりも感じられない、夜の森を思わせる緑の瞳で、隼をみた。

 隼も、彼を見かえした。

 タオは、二人を緊張しながら眺めていた。トグルの方が先に視線を逸らし、残っていたお茶を一息に飲み干した。


「ならば、お前に、その恥を雪ぐ機会を与えてやろう」

「兄上!」

「お前は黙っていろ」


 叫ぶ妹に、トグルは毅然と応じた。決して声を荒げたわけではなかったが、やはり一族の長たる者の威厳があるように、隼には思えた。


「そも、お前がリー・ディアと小競り合いを起こしたから、こういうことになったのだ。立場をわきまえろ。こいつは異国人で、天人テングリだとお前が言うから、敬意を払っている。これ以上、俺にはどうにも出来ぬし、してやるつもりもない」

「何の話だ?」


 タオがしょんぼり項垂れたので、隼は訝しんだ。トグルは、かすかに苦笑した。


「タオがお前を隠した所為で、男どもが騒いでいる。俺達の習慣では、戦場で得た女は、勝った男のものだからな……。リー・ディアの首級を挙げた連中が、褒美にお前を欲しいと言って来た。族長の俺としては、要求を叶えてやらぬわけにはいかない」

「あたし、を?」


 隼は、己を指差して絶句した。

 トグルは、鬱陶しげに唇を歪めた。


「だが。俺の聴いたところでは、お前は、自ら剣を手に戦っていたという。正面からお前と戦って、勝てた者がいたわけではない……。だから、こうしよう。特にお前を欲しいと言ってきた男が、三人居る。お前と戦って勝てたら、その者に、お前を与えよう」

「無理だ! 兄上」

「あたしが勝ったら――」


 タオは焦っていたが、隼は、首を傾げて考えた。トグルは、初めて、彼女の囁きでない声を耳にした。

 隼は、気だるく訊ねた。


「その全員に、あたしが勝てたら……どうしてくれるんだ?」

「……お前が勝てたら、客人ジュチとして遇しよう」


 トグルの眸に、面白がる光が瞬いた。細い弓のような隼の肢体をざっと眺める。


「負傷しているお前が、奴等を倒せたなら。タオの言う、天人テングリということも信じよう。傷が癒えるまで留まるもよし、仲間の許へ帰るもよし。俺が、お前の自由を保証する。……ただし、戦うのは、明後日だ」

「明後日……」

「兄上! お願いだ」


 タオの声は、悲鳴に近かった。トグルの無表情さは仮面とみまごうほどだったが、さすがに一瞬、顔をしかめた。


「……うるさいぞ、タオ」

「兄上。それでは、あんまりハヤブサ殿に不利というもの。あばら骨が三本折れている上、男が三人相手では――みすみす、なぶり殺しにするようなものではないか!」

「ここは戦場だ」


 トグルの口調は冷静で、隼を映す瞳の色は深かった。吸い込まれそうな気分になるなと、隼は思った。


「こいつは敵で、俺達は、戦争をしている。タオ。剣を手に戦うのなら、男だろうと女だろうと、一人前の戦士スゥルデンだ(注*)。俺達は、戦士として扱う。女として手加減して欲しいのなら、剣など持たず守られていろ」

「…………」

「お前もだ。……天人」


 隼の名を咄嗟に思い出せず、トグルは俗称を口にした。耳慣れない異国人の名を、そうそう覚えられない。軽く舌打ちして、彼は続けた。


「タオに救けられて恥を晒したと言ったな。出すぎた真似をした妹に代わり、謝ろう。……お前が降伏するなら、俺も、無理をさせる気はない。無駄な死人を出すことを、よしとしているわけではない。しかし、そうすると、お前はリー・ディア将軍の首級の褒美として、奴等に与えられることになる。俺は口出しできない。敵の男の子を産むことになっても良いならそうしろ。どうでも戦いたいのなら、戦え。これ以上は譲歩しない」

「いいよ。その条件で……承知した」


 トグルを真っすぐに見て、隼は頷いた。タオは、とび出しそうなほど眼をみひらいた。

 うすい微笑みすら浮かべている隼を、トグルは黙って見ていたが、やがて立ち上がり、外套を肩に掛けた。


「明後日まで養生しろ。タオ、邪魔をしたな」


 そう言うと、夜の中へ出て行った。



 兄を見送って戻って来たタオは、隼が寝台に身を横たえようとしていたので、慌てて手を貸した。礼を言って毛布にくるまる彼女を、タオは叱責した。


「何を考えているのだ、ハヤブサ殿。殺してくれと言うようなものではないか。兄上も、兄上だ。せめて、傷が癒えてからにすべきものを」

「そんなことをしていたら、すぐ冬になっちまうよ」


 隼は妙な気分だった。この兄妹は、どうも憎めない。元々、個人的な恨みや憎しみがあったわけではないが。自分を心配してくれているタオを見ていると、滑稽にすら思えてくる。

 くすりと哂った隼を、タオは、咎めるように見下ろした。


「笑い事ではないぞ。兄上は、冗談が嫌いなお人だ。冗談事ではないのだぞ!」

「いや、ごめん。判ってるよ、タオ。だけど……筋が通っている。これは戦争だ。怪我をしたからといって、容赦してもらうわけにはいかない」

「ハヤブサ殿」

「むしろ、機会を貰えたことを、感謝している。――いい奴だな、あいつ、案外。もっと早く、会いたかったよ」


 微笑んで眼を閉じる彼女を、タオは、呆然と見ていた。

 銀髪の天人は、もう一度、そっと囁いた。


「タオ。こんなことになる前に、会えていたら。あたし達、いい友人になれたかもしれないな……」





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

(注*)スゥルデン: 本来は 『軍神』 くらいの賛辞です。

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