第五章 太陽の少女(6)
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〈草原の民〉の軍勢は、実は大所帯だ。
兵士たち――戦時には、ひとつのユルテ(移動式住居)当たり(一家族当たり)、ひとりの成年男子が従軍することになっている。――彼らは、寝泊まりするユルテだけでなく、食糧にする羊を連れて移動する。騎乗する馬に、替え馬も数頭いるため、人より馬の数が多い。餌の干し草も、大量に必要だ。
ニーナイ国の街を攻め陥とした彼らは、女性や子ども達といった虜囚を連れていたため、移動にも時間がかかった。先発してリー・ディア将軍の軍と戦った騎馬軍は、彼らの到着を待たなければならなかった。
スー砦の西方、十キリア(約八.六キロメートル)ほどの場所に、彼らのユルテが集まると、荒野にちょっとした村が出現した。
その中には、兄の軍と合流したタオ・イルティシ・ゴアのユルテもあった。
過日の戦場が一望できる丘の上に、数頭の騎馬がたたずんでいた。
騎乗している男たちの装束は、あつらえたように黒い。外套も、靴も、帽子も、馬具さえも。馬の毛色まではそろえるわけにいかないので、
その流星紋のある黒馬に跨り、トグリーニの族長は、部下が跪いてさしだす敵の首級を見下ろした。
最高級の礼儀をあらわす白布で包まれた青年の首は、すでに清められ、血糊はついていない。鮮やかな金赤色の髪はくしけずられ、生前と同様、綺麗にまとめられている。血は全て出尽くしたのだろう、蝋のように蒼ざめた面に苦悶の陰はなく、瞼はしずかに閉じられている。
つくり物めいたその首を、馬上の男は、無表情に眺めた。
一瞥して最初に考えたのは、『父親に似ている』 ということだ。
数年前、キイ帝国の
向こうに、こちらの人相の区別が出来ていたか否かは知らぬが。
それが、何故。
たっぷり数十秒、男は考え込んでいた。部下は、首級を支えてぐらつきそうになる膝に力をこめ、待った。何も言わず、眉一つ動かさないが、
タオ達が採った戦法は、〈草原の民〉にとって珍しいものではない。はじめは敗れたふりをして敵を油断させ、逃げて追撃させる。巻き狩りの要領で味方の陣中にさそいこみ、矢の斉射と騎馬で掃討する。
妹と示し合わせていたわけではない。戦端をひらいていると知って駆けつけたのだ。
一軍の総大将ともあろう者が、あんなつまらぬ小競り合いの場に、何ゆえ居合わせたのか。若いリー・ディアは兎も角、セム・ギタが、単純な作戦を看破できなかったのは何故か。――敵である彼らの方が、理解できない。
しかし、今さら、仕方がない。
族長は、革手袋をはめた片手を振り、首改めを終わらせた。同時に視線を横に動かしたのは、大将首を得た者に褒美をという意味だ。
部下は首級をていねいに包みなおし、主の言葉を待った。
「タオは?」
男は、ことの発端となった妹の名を、ぼそりと呟いた。殆ど独り言のような口調だ。
「あいつは、どうしている。ジョルメ」
「それが、」
ジョルメと呼ばれた若者は、面を伏せた。
「タオ様は、ユルテ(移動式住居)に籠り、出ていらっしゃいません。怪我はしておられないそうです。『男は来るな』 と仰せで、
『なんだ、それは』 と、声にしない主のぼやきが、ジョルメは聴こえるように思った。わずかに寄った眉根の動きで、それが察せられた。昔から、奔放で気のつよい妹の言動に、この兄は振りまわされている。
ジョルメは、リー将軍の首級をかかえ直した。
「お呼び出しになりますか?」
「……無事ならよい。捨ておけ。負傷者の手当てが先だ」
「
再び頭を下げるジョルメには構わず、族長は顔を上げた。表情のない険しい
「
「は」
「シルカス族のアラル
「御意」
『……この時期に、使いたくはないが』
末尾の言葉は声に出さず、口の中で呟いた。
トグル・ディオ・バガトルは、愛馬の首をめぐらせながら、谷をふさぐスー砦の防壁を顧みた。
矢の斉射をなぎはらい、騎馬の突進をしりぞけた光と風。あの正体が分からぬうちは、迂闊に攻めるわけにいかない。リー家頭首を亡くしたキイ帝国の思惑も――。
自分たちは、いったい、何を相手に戦うことになるのかと、かれは考えた。
~『飛鳥』第一部・太陽の少女~
完
(注1)鞍橋を並べる: 騎馬を整列させる、の意味。
(注2)約三十キロメートル: 一頭の馬が連続で駆け続けるほぼ限界の距離。これくらい間を置けば不意うちは免れるという判断。
ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。
第二部に続きます。
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