第7話 わたしの事情聴取

 結局×××は六人を殺害し、八名に重軽傷を負わせた。並大抵の努力ではない。きっとわたしではこうもいかなかっただろう。

 ×××の所業は世間を騒然とさせた。テレビもネットも新聞もみんなみんな大騒ぎだ。×××の顔写真や経歴が当然のように公開され、もっともらしく否定的なことが述べられる。現代社会の若者の未熟な心の闇が云々。命のリアリティのない世代が云々。単なるキチガイ云々。わたしはできる限りこれらの見当違いな愚かさの発現に目を通し、ときに嘲笑い、ときに憤った。大抵は嗤った。だって馬鹿げたことだ、×××がまるで自分たちとは構造の異なる生物かのように扱うなんて。あいつが気違いなら他の人間も同じだけ気違いだ。

 事件からしばらくして、わたしは警察に呼ばれ、事情聴取を受けることになった。最後に連絡を取った相手がわたしだったからだ。

 警察署はどこか薄暗い印象がぬぐえず、警察官は丁寧だがどこか冷たかった。取調室に案内される。事務机と椅子しか見るべきものがない殺風景な部屋だ。

 取調担当の警察官が名乗る。強面だがどこにでもいそうな中年の男性だった。わたしは×××と知り合った経緯やどれくらいの頻度で会っていたかを正直に話した。

 それで。警察官が言う。あなたは×××が今回の事件を起こした動機や理由について心当たりはありませんか。

 動機……、動機ですか。きっと生きるために殺したんですよ。牛や豚を屠って食肉にするように、あいつは生きるために殺したんです。

 わたしの答えに警察官の顔が醜く歪む。

 何を馬鹿な。

 馬鹿ですね、ええ、馬鹿ですね。きっとあなたたちはそう言うのでしょう。社会という水槽で泳げない魚はそのまま溺死しろと言うのでしょう。生きるために抗うことを悪だとなじるのでしょう。我々に迷惑をかけるくらいならさっさと死ねと言うのでしょう。そうでしょう、そうでしょう。それが人間なのでしょう。わたしは悲しい。とても悲しい。だけどわたしも人間なのです。わたしはそれも悲しい。

 ところで。とわたしは尋ねる。×××は死刑になるのですか。

 まあ、これだけ殺したんだ。これまでの判例からすればなるでしょうね。

 そうですか、本当に非道い話です。×××は殺さざるを得なかったんです。それなのに死刑だとか。わたしが裁判官だったら自信をもって無罪、いや、まあ、無罪まではいかないかな。それでも懲役何年かで済ませますよ。だいたい×××が殺したようなやつなんてどいつもこいつも人生に疲れているようなやつらばかりじゃないですか。あいつは彼らを人生から救ったんですよ! その点だけでも死刑がいかに的外れな刑罰か明らかじゃないですか。ああ、いつだってそうだ。責められるのはみんなから外れたやつなんだ。憤る気すら起きない。

 あなたが言っていることは何一つ理解できません。殺人は犯罪ですし、大量殺人を犯したイカレポンチは死刑にすべきです。あなたの発言は被害者を蔑ろにしていて非常に不愉快です。嫌悪します。なんでクソみたいな加害者に同情しているんですか、この社会不適合者。

 どうして犯罪者に同情してはいけないのですか。犯罪者は自分たち健全な一般人とは違うからですか。犯罪者もそうじゃない者も同じ人間ですよ。一歩分しか違いません。それなのにひとたび間違えれば同情される資格すらないというのですか。わたしは×××がかわいそうだと思いますし、同情しています。感謝すらしています。あいつはわたしの人生を救ってくれました。赦してくれました。わたしと×××は友人です。それはあいつがちょっとばかし人を殺したところで変わりませんし、これからも変わりません。

 理解できない。正直なところ、できることなら私は今すぐにあなたも逮捕して刑務所に入れておきたいところですよ。

 でもできない。何故ならわたしはまだ犯罪者ではないから。社会のルールを逸脱した人非人であるというレッテルがまだ貼られてないから。

 そのとおりです。社会はあなたのような害悪にしかならない人間に対して甘すぎると思っていますよ。

 いいえ。私は社会が普通から半歩ずれることにすら極めて不寛容であると確信しています。

 警察官は腰にさげていた拳銃を構え、六発わたしに連射、しなかったが、それは法律が許可していないだけであり、もし許可があれば遠慮なくわたしの体に六つの風穴を空けたに違いなかった。

 それからも事情聴取が進みわたしの供述書が作られた。警察官が読み上げたそれに間違いがないことを確認し署名押印をする。こうして事情聴取が終わった。

 わたしはラーメンを食べてから家に帰った。



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