第5話 特殊浴場に沈む
人生を生きるということにとても疲れていたので何かいやしがほしかった。そこで音楽を聴いたり漫画を読んだりオムライスを食べに行ったりこれぞいやし的なあれこれを試してみたけれどもさっぱりいやされることはなくそれどころか息をはくのも憂鬱でああどうして明日があるんだろう死にたいなあ通り魔がハローエブリワンとやってきていっそわたしを殺してくれれば楽になれるのにと気分が地盤沈下するばかりでそろそろ墓穴となって誰かが埋めてくれるのを待つばかりな気分だった。
しかし、わたしは思いました。世にごまんといる現実を謳歌するリア充なる人種を見よ、彼らは憂鬱など聞いたことすらありませんというアホ面さげて楽しそうに笑っているではないか。彼らには恋人がいる。そしてセックスをしている。閃いた、セックスだ。それがわたしの人生に足りなかったのだ。思えば尊属殺法定刑違憲事件の実父だってさんざん娘とセックスして人生を謳歌していたではないか。これだ、これこそが行き詰った人生を打破するための最高の一手なのだ。
そこでわたしはセックスをしようと決意したが、適当にそこらを歩いている女性を強姦するのはさすがにどうかなあという感じだったし、世の中には性風俗なる素敵ingなものがあるのだからこれを利用しない手はない。わたしはお金をおろしてから特殊浴場に向かった。
雑居ビルの四階にある特殊浴場は少し古ぼけていてほのかに消毒液くさかった。スーツっぽい服装をした男性に時間だとかコースだとか指定だとかを訊かれたのでよきにはからえとばかりに適当に答える。
番号札を渡され、待合室に案内される。待合室には黒いソファが並んでいて、幾人かのこれからセックスハッスル予備軍が座っていた。わたしも黒いソファのはしっこに座ってこれからセックスハッスル予備軍になっているとやがてわたしの番号が呼ばれ、湯女と一緒に浴槽付き個室に向かう。
個室のベッドに腰かけ、わたしと湯女は会話をする。
こんにちは。
こんにちは。
ここに来るのは初めてですか。
はい。わたしは初めてこの店に来ました。
あなたはどうしてここに来たのですか。
セックスをするためです。
どうしてセックスをしたいと思ったのですか。
セックスをすれば幸福になれるからです。
残念ですがセックスをしても幸福にはなれません。あなたが射精するだけです。
なんということでしょう。わたしは雷に打たれたような衝撃を受けた。
それではどうして人はセックスをしたがるのでしょうか。
理由は色々あります。けれど一言にまとめるなら、私達が人間だからです。
人間だから。
ええ。人間だからです。人間は動物です。哺乳類です。雄と雌が交尾することによって雌が妊娠し子供を出産することで次世代を生産します。人間のように賢しらな知恵のある生物に交尾をさせるために交尾=快感という図式を用意しておけばアンアンパンマン交尾するようになります。だからセックスをするのです。
快感は幸福ではないのでしょうか。
快感は幸福ではありません。名前が違います。それくらいわかってください。よしんばあなたがセックスで満たされたとしてもそれは上っ面の充足であってあなたが心底望んでいる充足ではないでしょう。それは無理です。はっきり私が言ってあげましょう。それは無理です。あなたは死ぬまで一生満たされることなく四角い部屋のなかでひとり体育座りしているだけなのですよ。あなたはその四角い部屋に自分以外の誰かが来てくれることを望んでいるようですけれどその部屋に出口も入口もありません。あなたは永遠にひとりです。だからあなたにできることはせいぜい自慰でもして出した精液をペロペロするくらいです。
わたしは湯女のおっぱいをもんだ。やわらかった。わたしは湯女に体を洗われ、マットの上でローションぬるぬるにされ、そしてセックスをした。気持ちよかった。わたしは満たされなかった。
ほらね、私の言ったとおりでしょう。湯女はカラカラと声をあげて笑った。あなたは満たされない。あなたは永遠に満たされないのよ。
わたしは服を着て特殊浴場を出た。
外は雨がふっていた。天気予報は確認していなかった。雨脚はどんどん強くなるばかりでわたしはしかたなく近くのコンビニに駆けこんだ。電子音の歓迎。ビニール傘を探す。
お客様、レジを通す前に商品を開けるのはやめてください。
大丈夫、ちゃんと買うから。
禿げ散らかした老人がポテトチップスのり塩味を開封してポテチポテチと美味そうに食べていた。
お金はあるんだ、ちゃんと買う。ならどうして先に食べてはいけないんだ? レストランで先払いの店なんてないじゃないか。ならコンビニで先に食べたっていいだろ。何がいけないんだ? 何が問題あるんだ? どうして駄目なんだ?
それは。と店員が答えに詰まる。とにかく他のお客様の迷惑にもなりますし。
じゃあ聞いてみようじゃないか。なあ、あんた。俺がこうしてポテトチップスを食べるのが迷惑か?
老人がわたしに尋ねる。
ええ、存在が迷惑です。一刻も早く冥府に堕ちろ。をどうやったらオブラートに包んで言えるかを考え返答できずにいると、老人はどういう思考回路かさっぱり不明だが、わたしは迷惑していないと自分を肯定したと捉えたようだった。
ほら見ろ、俺を迷惑だと言うのはお前だけだ! 老人は店員に対して唾を飛ばして怒鳴る。
だいたいお前年長者に向かってなんて口をきくんだふざけるな親からどんな躾を受けたんだいいかげんにしろ俺が迷惑なはずないだろそうやって若者風情が自分の都合ばかりで年長者を敬わないから社会が悪くなっていくんだぞわかっているのかわかってないだろう自覚しろ俺は迷惑じゃないそうやって俺のことを迷惑だとか言うお前の方がよっぽど迷惑だ謝れ誠意がこもってないんだよ誠意が謝るったら普通土下座だろ!
わたしはビニール傘を見つけたので無事に購入してコンビニを出た。
雨はまだ降っていた。スマートフォンが振動しLINEの通知を知らせる。×××からだった。
そろそろ死のうかなーって思ったら最後にやり残したことってある?
わたしは返答する。
通り魔。
通り魔www え、金属バットとかフルスイングしちゃう?
金属バットより包丁かな。きちんと殺してあげられそ。え、なに、死ぬの?
なわけないじゃん。そーゆー映画みたからきいてみただけ
なるほど。ちなみに×××だったらどうするの?
もちろん通り魔でwww そだ、また行きたいラーメン屋あるからまた行こうぜ
りょうかい。
次はどんなラーメン屋だろうか。中国人はいないといいなと思った。
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