第13話

Mirage-last



別れの時間が刻々と迫ってくる

彼女が淋しそうな顔で俯いて言った



「弘人…もう…さよならしないといけないんだよね」


「そう…だな」


「…私、ここであなたを見送るのは辛い

出会った場所でさよならしよ」


「わかった」



私達は昨夜レセプションが行われた会場に行った



「弘人…」


少し背伸びして彼の首に手を回した

ギューと抱きしめてくれると彼の匂いがした



何をどう切り出していいかわからず、

背中に回した手を離せなくて

ゆっくり顔を見つめておでこをつけた



「沙織、ありがとう

仕事頑張れよ」


「うん、弘人も…

ありがとう」


「弘人、サヨナラ」


「サヨナラ…沙織」



抱き合いながら、お互い呟くように言った言葉が

Parisの空にまるで水蒸気のように一瞬にして消えた



彼との恋は蜃気楼のようにぼんやりとして、それでいて、触れられた身体は火照ったまま、まだ冷めることない



弘人という名前

泣きぼくろ

柔らかい唇

熱い身体


たった、それだけしか知らない


じゃあと手を上げた笑顔をもう2度と見ることはないのだろうか…。


Parisの風景が


昨日と違って見えた






数ヶ月後

Japan


都内で行う海外ブランドのレセプションの為、私は一時帰国した



日本に戻ってびっくりしたこと

それは弘人が超人気グループのvocalだったということ


もし、また会うことがあったとしても、

決して結ばれることはないだろう

そう思ってた




新しくオープンする都内の商業施設でのパーティー

相変わらずの雰囲気に少し疲れ、外の風にあたろうと中庭に出た時




「あの…」


聞き覚えのある声


「え?弘人?」


「やっぱり。こっちに帰ってたの?」


「う、うん」


必死で落ち着こうとするけど震えが止まらない


「沙織、大丈夫?」

「何が?」

「泣きそうだよ?」

「そ、そんなことないよ」

「そう?俺は泣きそう」

「どうしてよ?落ち着いてるじゃない?」

「結構、頑張ってる(笑)」

「もう、相変わらずね」


涙が一筋こぼれた


「ごめん、泣かしちゃった?」


「グスッ、別に弘人のせいじゃないよっ」


「ふーん、そっか」



「沙織」


手を握って引き寄せられるた


「きゃっ」


よろけて彼の胸元に頬が触れ慌てて一歩下がった


それでも離さない手

大きく息を吸って真っ直ぐに私を見て彼は言った





「24時間俺と付き合ってくれませんか?」




「それは…お断りします」


「え?」


「24時間だけなら…お断りします」


ふっと笑って斜め下を見て再び顔を上げた



「時間は延長出来ます。あなたの好きなだけ…」


「なら、いいですよ」




「沙織、ここじゃ、これが精一杯だな」


つまらなさそうに私の指を親指でなぞると耳元で囁いた



「早く、沙織を抱きたい」


「ばっ、な、なに」


「いい?」


「いい…けど、

じゃぁ、また歌ってくれる?」


「いくらでも」


「フフフっ 嬉しい」



今夜は歌声を聞きながら腕の中で眠りにつける




Mirage=蜃気楼


ぼんやりと見える景色の中、目を凝らすと1つの光が見えた


幻だと思っていた景色が消えてしまっても輝き続けた光



それが、あなただったんだね



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Mirage ノン❄ @non_non129

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