19話 真相真意の手懸かり

 犯人が見付からない。


 恋路部の廃部について原因のソースであった場所、生徒会に訪ねてみた弥彦。

 しかし生徒会長の美咲や書記の及川でさえ、その情報に対して不分明な反応を返してしまう。免れない結果の真相に行き先が遠退くばかりだった。


 行き場のない意見の始まりはメガネを掛け直す及川から始まる。

 こちらの様子を見て、正直な感想を述べる。


「……どうやら君は嘘を付いていないように見える。嘘を付かない目をしている。生徒会に尋ねた意味を含めて、君も真相を探そうとしている立場だね」


 及川は否定しなかった。

 それと変に偏見をすることもない。


 相手を見極めることが出来る人間はどのような環境下でも冷静に状況を判断できてしまう。たとえ危惧する場面でも自身の執念は揺れない。その及川という書記が、どこまで現実を達観しているのか、考慮する価値はあった。


「まあ、その原因が生徒会にあると、顧問の口から暴露されたものなので」

「けれど生徒会長の私や及川さんも知らない話だったね」


 問題を掻き乱すキッカケとなった生徒会のメンバーの認知。

 上部の情報が行き交うものに真相なんて辿り着けることは難しい。ただでさえ聞き捨てならない遺憾を募る暴走が恋路部に飛んでいるのだから、犯人は余程廃部にしたい人間のようだ。


 相当の恨みのある人物が仕掛けたに違いない。


「会長に尋ねますが、恋路部の廃部について賛成の立場ですか」

「いいえ」


 潔く清々しいほどに首を左右に振る美咲は噂を否定して、代わりに笑顔を返す。

 とりあえず廃部は免れているようだ。


「私には廃部にする権限を持ち合わせていませんし、あくまでも学生の代表だから腰を下げる遠慮はしなくていいよ。お互いの意見をきちんと聞いて、正しい答えを導くのが私の役目ですから」

「我々も君の意見に賛成し協力をしよう」

「……こちらこそ感謝します」


 奥底が届かない暗闇の中に光が差す。

 それは正義感に満ち溢れた者達の強さの象徴であり本当に心強いもの。

 転校して初日から砕かれた弥彦には絶大な協力者だ。後方から支持する形で暗躍を任せる生徒会のメンバーに、敵意だとか偏見だとかそんなのは必要なかったりする。


 彼らは欠けるものがないのだから。

 先輩として、お手本のような存在を否定する者が本来なら居てはならないと。

 そんな有り得ない事態を弥彦は口外する。


「しかし、俺は原因があるのは生徒会の一部のメンバーであると考えている」

「その根拠というのは?」


 美咲は優しく問う。

 反対も賛成も片寄らない真っ直ぐな視線が弥彦に向けられている。

 穏やかな眼差しに含まれた自信に溢れた正義。

 協調性の欠けたご時世の中で現実と向き合う生徒会の学生達は、いかなる状況でも決して背を向けたりはしないだろう。


 誰かに差し伸ばすことの出来る有り触れた強さを、弥彦は持ち合わせていない。


 けれど、現実を伝えられることが唯一の強みだ。

 それが憎まれ役を買える人間の意地である。


「……単純な憎悪。恋路部の印象について、極端に偏見をしている可能性が」

「つまり内部の人間が仕組んだ。という君の判断だね」

「あくまでも推測ですが」


 お茶を飲み干す弥彦は湯飲みを長方形の高級そうなテーブルにすんと置いた。

 出された菓子を全て食べ終えて、勝手に寛ぐ。


 もしも他に真犯人が紛れているというのなら。

 告発されるのは確実に生徒会のメンバーに違いない。身内の可能性はないと見ている弥彦では、知る人物ではないと信じている。


 決して嘘や弱音を吐かない、無限の勇気と覚悟を背負った彼女達が。


「……恋路部を知る人物はごく僅か。知る限りだと二桁は行かない。あのインチキ臭い先生が良い歳して子供騙しをするハズがない。だから、俺の感覚では、知り合い達が犯人だとは到底思えない」


 彼女達に裏切られても別に構わない。

 それは弥彦自身が勝手に決めた判断だから、彼女達には罪を架けられない。

 責任は、必ず果たす。


「俺は最後まで、信じられる人を信じたいんだ」


 毅然とした姿勢は諦めたりはせず、真実を確かめたい弥彦は真っ直ぐと見詰めていく。その先にあるテーブルの向こうに腰掛ける生徒会長の美咲はゆっくりと頷き、もう一度、微笑みを湛える。


 そして、その口元は言葉を返すようにして唇を震わせた。


「分かりました。君の力強い意見に、生徒会は手を合わせることにしましょう」

「……! 本当か!」

「勿論。我々はこの事態について見逃すワケにはいかない。それも内部からの軋轢だとしたら、不透明のまま問題を白紙にさせたくないのでね。是非、張本人の捜索を、君の協力の元でお願いしたい」


 手を合わせて歓迎の意を込めた美咲は嬉しそうに。

 メガネを改めて掛け直す及川。ピッタリと収まったのか調子良さそうに笑む。


 これは夢ではない。

 自分の不透明な意見が取り入れる世界。確かにそこには存在していた。お互いを鼓舞する協力と信頼はこの時代でそう簡単に成せるものではないというのに、視界に映る生徒会の彼らの寛容さは桁違いだった。


 そんな懇話の願った僅かな瞬間に、唐突に戸は開き出したのだ。

 新たな影が生徒会室に出入りする。


「ちぃーす。……あれ? 来客でも居たんか」


 やや目付きの悪い黒髪の青年が生徒会に乱入してきたではないか。その青年は黒バックを肩に担いでおり、もう片方の腕には、何かしらのコンビニのレジ袋を持ち下げているようで。


「伊丹くん。お帰りなさい」

「ただいまです。会長先輩と書記先輩の二名様」


 軽く手を挙げる青年は同じく生徒会のメンバー。

 それも弥彦と同年代の可能性がある。しかしながら弥彦の方はやや目付きの悪い青年について記憶に存じていない。多分別のクラスの学生であると三思する。


「それで、……見掛けない客人だな。もしかしてあの噂の転校生か?」

「D組の新藤弥彦だ」

「お、おう。俺はB組の伊丹和樹だ。とりあえず宜しくな」


 一瞬の威圧感で仰け反るような姿勢を取った青年、伊丹いたみ和樹かずきは冷静さを欠けることなく、ごく普通の自己紹介をし終えた。


「……買い物が出来るのか」

「ああ。実は校外でも買い込みは出来るんだぜ。生徒会以外でも利用可能だ。安心して部活動に専念できる仕組みなんだが、正直、雨の日は行きたくはねぇ……」

「ごめんなさいね。ジュースとお菓子を切らしちゃって」


 申し訳なさそうな困った表情を浮かべる生徒会長。

 非常事態の買い入れなら仕方ない。その責任は必ず生徒会のメンバーにあるものだから、客人の弥彦には関係ないものだが、気になった部分があった。


 伊丹が重そうに持つコンビニのレジ袋の中に包まれた質量について。

 ペットボトルの容器が数多く見える事だ。


「それほど飲み物が必要なのか? まるで自分達には含まれていない感じがする」

「まあ、部室の向こうにいる雑務の分だ。……というかお前怖いな。まだ何も言ってないのに頭脳余り切ってんだけど」

「圧倒的に炭酸飲料水が多いからな。見れば大体分かる」


 コンビニのレジ袋に指を差した弥彦は的確な洞察力を周囲に振るう。

 結露で浮かび上がるシルエットはブドウ色だったりコーラ色だったり、炭酸が好きな人には当然知っている飲み物だ。その対照的に違和感を漂わせたお茶のペットボトルが気になる点を余計に生み出している事を目の当たりにしている。


 自分達が飲む物は好みによって決められるものだ。

 だから炭酸が好きな奴が選ぶとしたら、絶対にお茶を飲まない。


「極端に炭酸飲料水を好んでる奴に限ってお茶は飲まない。実際はいるんだろ」

「水のようにかぶ飲みする身内が扉一枚の向こう側に隔てているわな……」


 伊丹はこめかみを押さえて心底呆れていた。

 大量の炭酸飲料水と一つだけのお茶。ペットボトルを長方形のテーブルに並べる生徒会長の美咲は何がしたいのか分からない。顎に手を当てて黙視する及川の方はメガネを光らせるだけ。


「つーか、お前は何者だよ……」

「彼は恋路部の部長を務めている者だ」

「恋路部? なんだそりゃ」

「そういえば伊丹くんは知らなかったね。秦村先生が言うには、恋に悩める人達の為に設立したのが恋愛相談部。新藤くんはその相談を答えてくれるんだって」

「マジかよ……。そんな弁護士みたいな奴がなんで生徒会に居るんだ?」

「その経緯は生徒会長の私が話してあげるわ」


 弥彦が訪ねてきた理由とその問題について、美咲は非常に分かりやすいように伊丹に告げる。恋路部が廃部の可能性があり、発端となったのが生徒会にあると詳しく説明した。


 これらを全て聞き終えた伊丹。

 途端に伊丹は非常に難しい顔を浮かべてしまう事態に。


「あーあ。もしかしたら、そうだよな……」

「……?」


 生徒会室にいる全員が不穏な空気を募らせた。首を傾げる美咲は伊丹の様子を伺い、及川はその場から動かずに状況を見定めている。そして弥彦は微動だにせず、怪訝そうに目に細める。


 その僅かに生まれた膠着を意図も簡単に壊せる弥彦。

 根本的な筋書きを理解する様子は既に核心に当たる部分を捉えている事を。

 後は答えを待つだけ。


「もしかして、伊丹くんは、真相に届いていたりするのかな」


 雰囲気を読み取る美咲は公然とした姿勢で問う。

 いかなる事実を受け入れる数少ない人間の姿は世界が曇ろうとも眩しい。自身の意思を曲げない人だからこそ為せる結果は、正しい方向へ導ける。


 そんな生徒会長の適切でもの柔らかな声の響きに、伊丹の口が開く。

 顔を真っ青にしながら目線を離した青年は、嫌な予感しか思い浮かばないのか。


 自爆してしまう事態に言葉を溢すだけだった。


「……完璧に、生徒会の一部のメンバーがやらかしやがった問題だ」

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やがてヒロインになるであろう彼女達の恋愛フラグを折るための部活動 藤村時雨 @huuren

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